TSMC進出 台湾企業幹部が語る “根回し”より“スピード”

TSMC進出 台湾企業幹部が語る “根回し”より“スピード”
「日本企業の経営システムは根回し、根回しで時間が遅れる。クイック・レスポンスを出さないと遅れてしまうよ」

思わず耳をふさぎたくなるようなニッポン企業の問題点を指摘したのは、台湾の世界的な半導体メーカー「TSMC」のサプライチェーンを担う、台湾の大手企業の経営トップだ。TSMCとともに、熊本県への進出を決めた企業のトップが語ったこととは?(熊本放送局記者 馬場健夫)

めまぐるしく変化する町

熊本市の中心部から車で40分ほどの場所にある、菊陽町の工事現場。
車で向かうと、遠くからまず目に飛び込んできたのが、空に向かってそびえ立つ複数のクレーンだ。

トラックが行き交うなかを、重機が忙しく動く。
工事は24時間態勢で行われ、夜中もこうこうと照明が灯っている。

台湾の世界的な半導体メーカー「TSMC」が主導し、日本の「ソニーグループ」と「デンソー」も出資する合弁会社「JASM(ジャスム)」の巨大工場がその姿を見せ始めた。

TSMCは、半導体の受託生産が世界一で、技術は世界トップレベルとされている。

工場はいよいよ年内(2023年)に完成し、来年(2024年)12月にはスマートフォンなどに使われる画像センサー用や車載用の半導体の出荷を始める予定だ。

一帯には、半導体関連の企業が国内外から相次いで進出。

もともと農地が多い地域の様相は、一変しようとしている。

台湾の企業も進出

「初めて現場に行ったが、非常にいいところだった」

去年11月、進出に動く台湾企業のうち、TSMCと深い関係を持つ「崇越グループ」を率いる郭智輝会長(69歳)に、熊本で話を聞く機会を得た。
「崇越グループ」は、半導体の製造工程で使うシリコンウエハーやレジストなどの材料を取り扱う商社で、従業員は約1500人。

業界ではよく知られた台湾の大手上場企業で、日本の半導体材料関係の企業と、台湾で合弁の工場も持つ。
日本企業と40年以上にわたりビジネスをしてきたという郭会長は、日本語が堪能だ。

インタビューでも、流ちょうな日本語で熊本進出への大きな期待を語ってくれた。
郭智輝会長
「日台関係がTSMCによって、サイエンスの分野でもっと結びつくと思う。日本は研究開発が強い。材料、機械、自動化。手を組めば世界化になると思う。それが私の夢」

日本企業“根回し”で時間が遅れる

一方で、強烈な印象を受けたのが、日本企業の体質への警鐘だ。
郭智輝会長
「日本は何か問題があった時、考え過ぎる。時間がかかる。TSMCはすぐに決める。なぜかというと、半導体は2年間で※1世代が変わる。そこまでの経験判断で、クイック・レスポンス(素早い反応)を出さないと遅れる。これがTSMCの文化。一方で、日本の会社の経営システムは、根回し、根回しで時間が遅れる。1世代が10年の産業なら、日本が勝つ。ただ、この2、3年間で1世代が変わる半導体の産業では、ついていけない」
※半導体産業では回路の幅を“できるだけ細くして”性能を高める「微細化」の技術開発を競っていて、サイズごとに「○世代」とも呼ばれる
「また私は長年、日本の会社にお世話になってきたが、日本は幹部の決裁権が弱い。TSMCは責任範囲内なら全部部長クラスで決まる。別に稟議とかはいらない。現場のことなら課長クラスで決まる。これが多分、日本では難しい」
TSMC進出を日本の半導体産業の活性化につなげていくには、変化を見すえた、リスク覚悟の“スピーディーな経営判断”こそがカギを握るという指摘だった。

かつて日本企業は世界の半導体産業で先行していたが、スマートフォンなどの普及に伴う急速な需要の高まりに対し、巨額投資に乗り出した台湾や韓国勢に追い抜かれる形となった。

インタビューを行ったちょうどこの時期。

東京では、官民を挙げた先端半導体の国産化に向けた新会社の設立が発表された。会社の名前は「Rapidus(ラピダス)」。
ラテン語で「速い」という意味が込められているという。

日本の半導体産業が世界で劣勢となった要因の1つとされる“スピード感”。

日本のビジネスを知り尽くす郭会長の言葉だけに、ズシリと重たかった。

“人材”がいない?

課題の指摘は、ものづくりの体制にも及んだ。

郭会長の会社では、ことし後半に熊本県大津町に倉庫と事務所をつくることを計画しているほか、再来年頃(2025年)には、加工工場を作ることも検討しているという。

会長がまず挙げたのが、「専門人材がいないこと」だった。
郭智輝会長
「一番心配することは人。人がいない。100人以上とりたいと言っても、なかなかとれない。その辺をものすごく心配している。工場は結構自動化しているから、それほど人は使わないが、それでもやはり人がいる。だからエンジニアがとれないと非常に困る。もし人がとれないならば、我々の投資方針も変わる。(熊本の行政が)協力しないと大変だ。せっかくこういうチャンスが出ているんだから。もっといいエンジニアに移住してもらって働くとか。国際人材、外国のエリートが熊本に集中したほうがいい」
また人材確保のカギとなるのが、外国人とその家族の受け入れ体制を整えることだという。
郭智輝会長
「台湾から来る駐在員が家族と一緒にきたら、教育の問題が大変です。インターナショナルの小学校とか中学校が必要。外国人は単身赴任が少ない。生活条件を国際化してもらいたい。そうすれば、自然と優秀な国際人材が集まる」
注文は、地域のインフラそのものにも及んだ。

会長が問題だと指摘したのは、企業進出に伴って深刻化が懸念されている、一帯の「交通渋滞」だ。
郭智輝会長
「せっかくTSMCがここまで来たんだからね。熊本市から工場までの大通りをつくらないといけない。今の通りがちょっと狭い。だからかなり渋滞している。かなり行列になり大問題ですよ。きのうも、その辺から熊本空港に行くつもりだったが、途中で諦めた」
こうした指摘に呼応するように、地元ではいま、さまざまな対策が始まっている。

熊本大学は再来年度(2024年度)、半導体などを学ぶ新たな学部や学科にあたる組織を設置する計画を明らかにした。

県は交通アクセスの改善に向け、工場周辺の道路の車線を増やす計画を進めるほか、熊本空港につながる「空港アクセス鉄道」の整備ルートも見直した。

熊本市の学校では新たに「インターナショナル小学部」を作る計画も立ち上がっている。

このほか地元での人材獲得競争の激化や、地下水の環境保全など、課題は山積している。

“黒船”がやってきた? 問われる真価

NHK熊本放送局の取材班は、世界トップ企業の工場進出の衝撃を“TSMCインパクト”と名付け、幅広い分野でニュースを発信し続けている。

地元の銀行は、県全体の経済効果は10年で4兆円に上り、関連産業も含めると7500人の雇用が生まれると見込む。

人口減少や過疎化が加速する地方にとって巨大企業の進出は明るい出来事で、地域活性化のインパクトは計り知れない。

一方で、TSMCインパクトにはもう1つの意味が含まれている。

自動車や電機メーカーを中心にアジアをけん引してきたとも言える日本が、今度はアジアの資本に頼り、知恵とアイデアを享受していく…。

日本は、そんな時代の変わり目に立たされているのか?ある企業関係者は、TSMC進出のインパクトを「黒船がやってきた」と表現した。

郭会長は「今までは日本企業が台湾に進出してきたが、これからは台湾の企業が日本に進出していく」と語った。

そして、日本企業との提携や買収の可能性も示唆した。

半導体の市場は、電気自動車、自動運転、ロボット、6G、そして軍事分野と、ますます拡大している。
経済安全保障の強化がうたわれる世界各国で、半導体産業こそが国家の強さを表す時代に入っている。

米中のみならず、国家主導で産業を支え、企業が大規模な投資に乗り出す官民一体の取り組みは、もはや当たり前。

それゆえ日本政府も、日本企業が参画するTSMCの工場への期待は大きく、投資額1兆円のうち半分を補助することになった。

年内に完成し、来年12月には操業を始める新工場が、日の丸半導体産業の巻き返しに向けた起爆剤となりうるのか。

日本企業、それに国や自治体それぞれの“スピード感”ある対応の真価が問われるのはこれからだ。
熊本局記者
馬場健夫
中国・広州駐在時に米中対立が激化
ファーウェイなど中国ハイテク企業を取材
2020年に熊本に赴任し
TSMCの動向を追いかけている。