安倍元首相銃撃事件 山上容疑者を起訴 裁判の争点は

去年7月、奈良市で演説中の安倍元総理大臣が銃で撃たれて殺害された事件で、奈良地方検察庁は山上徹也 容疑者を殺人と銃刀法違反の罪で起訴しました。

起訴されたのは、奈良市の無職、山上徹也 被告(42)です。

起訴状などによりますと、山上被告は去年7月、奈良市で演説をしていた安倍元総理大臣に対して、至近距離から手製の銃を2回にわたって発射して殺害したほか、この銃とそれに適合する弾丸数発や火薬を所持していたとして、殺人と銃刀法違反の罪に問われています。

検察は被告の認否について明らかにしていません。

捜査段階の警察の調べに対し、山上被告は、母親が多額の献金をしていた「世界平和統一家庭連合」、旧統一教会に恨みを募らせた末、事件を起こしたなどと供述し、安倍元総理大臣をねらった理由については、「教団と近しい関係にあると思った」と供述していました。

奈良地検は、去年7月から今月10日まで半年近くにわたって「鑑定留置」をして精神鑑定を行ってきましたが、刑事責任能力があると判断しました。

鑑定結果に加えて、山上被告が銃を製造していたことや安倍元総理大臣の演説の予定を把握して周到に銃撃を計画していたことなどを踏まえたとみられます。

今後、裁判員裁判で審理される見通しで、事件の経緯や動機がどこまで明らかになるかや山上被告が法廷で何を話すのかが今後の焦点となります。

山上被告「安倍元総理が教団と近しい関係にあると思った」

捜査段階の調べに対して、山上被告は母親が多額の献金をしていた「世界平和統一家庭連合」、旧統一教会に恨みを募らせた末、事件を起こしたなどと供述しています。

警察は、山上被告の供述や親族の話などから母親が死亡した父親の生命保険金や、家族が所有していた不動産を売って得た金などあわせて1億円近くを長年にわたって旧統一教会に献金したとみています。

また、安倍元総理大臣をねらった理由について、山上被告は「政治信条への恨みではなく、安倍元総理が教団と近しい関係にあると思った。これまで教団の総裁をねらっていたがうまくいかず、新型コロナの影響で来日しないため、安倍元総理を標的にすることを決めた」などと供述していました。

使われたのは「手製の銃」

安倍元総理大臣を銃撃した際、山上被告は、手製の銃を使っていました。

警察はこれまでに、この銃のほか自宅から構造が似たほかの手製の銃、少なくとも5丁を押収しています。

山上被告はこれらの銃について「インターネットの動画を参考に製造した」と供述しているということです。

これらの銃について、警察から鑑定の依頼を受けた科学警察研究所が分解するなどして構造を詳しく調べたり、実際に銃を撃つ発射実験で弾丸のスピードや威力を測定したりする鑑定を行ったところ、殺傷能力が確認されたということです。

また、火薬についても山上被告は「自分で材料を混ぜてつくった。つくる方法はネットで調べた」などと供述していました。

これまでの捜査で山上被告はおととし3月ころから、自宅とは別に部屋やガレージを借りていたことがわかっていて火薬を製造する際に乾かす目的だったとみられています。

さらに、山上被告は事件の前日には、奈良市内の旧統一教会の施設で試し撃ちをしたと供述していて、隣接する会社の壁には銃弾が当たったような跡が確認されました。

こうしたことから警察は山上被告が周到に準備をしたうえで銃撃を実行したとみています。

警察は今後、自宅から押収した手製の銃についての銃刀法違反や武器等製造法違反、火薬類取締法違反、それに前日の試し撃ちの際の銃刀法違反や建造物損壊の疑いでも追送検する方針にしています。

今後の裁判 争点は

山上被告は殺人罪などで起訴されたことから事件は裁判員裁判で審理される見通しです。

裁判の前には、裁判官、検察官、それに弁護士の3者が集まって「公判前整理手続き」を行い、証拠や争点を絞り込んでいきます。
捜査段階の調べで、山上被告は母親が多額の献金をしていた「世界平和統一家庭連合」、旧統一教会に恨みを募らせた末、事件を起こしたなどと供述し、安倍元総理大臣をねらった理由については「教団と近しい関係にあると思った」などと供述しています。

検察は、およそ半年かけて行った精神鑑定に加えて、被告がみずから銃を製造し演説の予定を把握して周到に銃撃を計画していたことなどを踏まえ、刑事責任能力があると判断しています。

検察は国政選挙の期間中に大勢の人が集まった場所で総理大臣経験者を銃で殺害するという極めて危険で社会に大きな衝撃を与えた凶悪な事件だとして厳しい刑を求めていくとみられます。

一方、弁護側は検察に精神鑑定の結果などの証拠を開示するよう求めた上で、起訴された内容についての弁護方針を検討していくことにしていますが被告の境遇など刑の重さに情状面を十分考慮するよう求めていくものとみられます。

また法廷で、被告の家庭環境や信者だった母親との関係などの事件の経緯や動機がどこまで明らかになるかや、山上被告が何を話すのかも裁判の焦点となります。

元裁判官 刑の重さは…

元刑事裁判官で法政大学法科大学院の水野智幸 教授に今後行われる裁判でどういった点が考慮されるかや想定される量刑・刑の重さについて聞きました。

水野教授は参議院選挙の応援演説中に元総理大臣を銃撃した点について「選挙結果に影響を及ぼしかねない犯行で、民主主義への重大な脅威があった」と指摘しています。

さらに手製の銃を使った点について「日本では銃器が簡単に手に入らないなかで、被告は自ら銃を作って、事件を起こしており、ほかの殺害方法に比べて重く評価されるのではないか」との見方を示しています。

一方、刑の重さについては総理大臣経験者が殺害された重大事件だとしつつも「政治信条に対するものではなく、母親の宗教の影響で人生が大変なものにされたという個人的な恨みが動機につながっていると思う」としたうえで、殺害された被害者が1人ということも考慮されるとみています。

そして「最高裁の死刑判決の基準では、利己的な考えで人を死に至らしめた場合に死刑が選択されるが、裁判では、被告には酌むべき事情があると判断されると思うので、極刑は考えにくい。被告の犯行動機を同情できるとみるか、あるいはどの程度同情できるかということが量刑の大きなポイントになる」と話しています。

また今後の裁判に向けては「法曹三者による公判前整理手続きが行われるがこの事件では、膨大な証拠があると予想され、証拠の開示に時間がかかるという懸念がある。ただし、犯行自体にはそこまで争いがないと思うので法曹三者が協力して一日でも早く準備を終えて初公判を開くように努力すべきだ」と話していました。

山上被告の弁護団コメント

山上被告の弁護団は「刑事弁護人の職責として、引き続き、依頼者である山上徹也氏の権利利益の擁護に努める所存です」とするコメントを出しました。

また、「山上氏が臨む刑事裁判で、真相を明らかにし適正な判断を受けるためには十分な準備とそのための時間が必要です。その間、行き過ぎた報道がなされたり事実とは異なる情報が拡散されたりすることのないよう、報道機関及び市民のみなさまに慎重な配慮をお願いします」としています。

今回の事件が社会にもたらした影響

安倍元総理大臣の国葬は事件のおよそ2か月後に行われましたが、その意義や実施を決めたプロセスについて、世論は大きく分かれました。

旧統一教会をめぐっては、事件をきっかけに高額献金の被害について相談が相次ぎました。

この中には従来の法律では救済されない被害もあるとして、先の国会では、悪質な寄付の勧誘行為を禁止する新たな法律や霊感商法などの悪質商法による契約を取り消せる「取消権」を行使できる期間を10年に延長する改正消費者契約法などが成立し一部を除き今月、施行されました。

また、信者の子どもいわゆる「宗教2世」たちが、次々に声を上げました。

望まない信仰を強制されたり、進学を諦めざるを得なかったりして、心理的な虐待や人権侵害を受けたと訴え、これに対し、厚生労働省がことばで脅して宗教活動に参加を強制することは虐待にあたることなどを明示した指針を全国の自治体に通知するなど、対応を迫られました。

一方、事件をきっかけに旧統一教会と政治との関わりについてもクローズアップされました。

地方議員を含め、政治家は教団や関連団体と接点があったのかどうか問われ、関係が相次いで明らかになったことで閣僚の辞任につながったケースもありました。

“宗教2世”の女性は…

山上被告の起訴を前に、両親が旧統一教会の信者だという20代の女性に話を聞きました。

女性は、両親が旧統一教会の熱心な信者で、幼いころから教会の行事に参加していましたが、現在は信仰せず教会との関係を断っています。

女性は山上被告について、事件を起こしたことは許されることではないとした上で「旧統一教会と政治家につながりがあったことなどを考えると、事件が起きなければ宗教2世の問題が注目されなかったと思う。被告はこれから裁きを受けることになるが、同じ宗教2世としてどのような境遇でどのような考えで事件を起こすに至ったのか知りたいという気持ちがある」と話しました。

女性の家庭では銃撃事件の少し前、生活が苦しい中で両親が高額な献金を行い、教会に返金を求めた結果一時的には返金されましたが、その後、また両親が献金してしまったといいます。

両親は、事件後も熱心に信仰を続けていて、女性は信仰を強制されたり、教会内の人との結婚を迫られたりする状況が続いているということです。

事件からの半年間について、女性は「いまも両親や教会内部で信仰を続けている人は、特段変わったことなく過ごしていると思う。内部にはこんなにも響かないのかと嫌な気持ちになってしまい、報道されていることや、世間の動きとのギャップで疲れてしまった部分もある」と振り返りました。

そして、被害者救済を図るための新たな法律などが施行されたことについては、「救済法ができたことはよかったと思う反面、どこまで実効性があり、機能するのか不安だ」としています。

また、旧統一教会などをめぐって、厚生労働省が、信者の子どもに対して宗教に関することを理由に消極的な対応をとることがないよう全国の自治体に通知したことについては、「小学生のころ、親が韓国で行われた行事に参加するため長期間不在にすることがあり、誰かに相談したかったが、いじめられるのではないか、差別されるのではないかという不安から、学校の先生や周囲に話すことができなかった。宗教という複雑な問題が関わる中で、周囲がどのように状況を把握し対応するのか、まだ課題はあると思う」と話していました。

山上被告 社会復帰できたら「大学へ行きたい」

山上被告の伯父によりますと、被告は、今月10日まで大阪拘置所で鑑定留置されていた間、接見した妹に対し、将来、社会復帰できたときには「大学へ行きたい」などと話したということです。

山上被告は、母親が旧統一教会、「世界平和統一家庭連合」に入信し多額の献金をしたことなどで、家庭が困窮し大学に進学できなかったといいます。

大阪拘置所では、いつか大学に入れるよう勉強をして過ごし、親族からは英語の資格の教材や英和辞典が差し入れられ、特に英語に力を入れて学んでいたということです。

拘置所には全国から服や菓子などの差し入れが大量に送られてきました。

中には、「服役後の費用として使ってください」などとする現金書留も届けられていて、去年10月ごろには金額は100万円を超えていたということです。

一方、山上被告の伯父は、今回の事件で母親の献金額などが明らかになったことを受けて、旧統一教会に対して返金を求め教会側の弁護士と文書でやりとりをしていますが、母親は「旧統一教会に対して申し訳ない。お金を返してもらいたくない」などと話しているということです。

専門家「『孤立』を防ぐ『安全基地』を」

犯罪心理学に詳しい、追手門学院大学の増井啓太 准教授は、今回の事件は、社会の価値観を大きく変えるきっかけになったとしたうえで、社会が孤立を防ぐ環境を作るべきだと指摘しています。

増井准教授は「犯罪を犯す一因として『孤立』や『孤独』があるが、旧統一教会をめぐる問題では、苦しむ人への十分な支援制度などがこれまでは無く、救済が難しかった。被害者救済を図るための法律ができて、家庭環境など恵まれていない人たちへの支援につながり、社会の価値観が大きく変わるきっかけとなった」と指摘しました。

一方で、「この法律で実際にどれくらいの人が救われたのか、法律の有効性を検証していくことが必要だ」と話しています。

増井准教授は、あってはならない事件だとした上で、「犯罪を抑止するためには、『孤立』を防ぐために落ち着ける『安全基地』と呼ばれる場所を作ることが重要で、家族だけに限らず社会がその環境を補うことが大切だと思う」としています。

警察庁 統一地方選挙に向け対策を急ぐ

今回の事件を受け、警察庁は、ことし春の統一地方選挙を前に、要人が遊説で訪れると見込まれる場所に職員を派遣し、危険度の分析を行うなどして必要な対策を急ぐ方針です。

去年7月、奈良市で行われた参議院選挙の応援演説中に安倍元総理大臣が銃撃されて死亡した事件を受け、警察庁は、警護専門の課を設置し要人が地方を訪れる場合などに地元の警察が作成する「警護計画」について事前にすべて報告を受けるなどの再発防止策を進めています。

警察庁によりますと、事件翌月から12月にかけておよそ1300件の警護計画の報告を受け、警察官の配置など計画を修正するケースもあったということです。

事件後初めての大規模な選挙となることし春の統一地方選挙では、多くの要人が各地を遊説で訪れると見込まれることから、警察庁は現地に職員を派遣して周辺の危険度の分析を進めることにしています。

選挙期間中は、警護対象と有権者の距離が近づく中で、隙を生まない警備態勢をどう構築するかが課題で、現場の地形や交通量などを把握した上で、早い段階から必要な対策を検討し警護計画に反映させる方針です。

また、上空から警戒を行うドローンや警護対象の周囲に設置する防弾ガラスなどの新たな資機材についても、導入に向けた準備を急ぐことにしています。