住宅地に潜む盛土リスク

住宅地に潜む盛土リスク
もしも、我が家が足元から突然崩れたら…。

かつて人工的に造成された住宅地。

崩壊のリスクが潜んでいることが、最近、明らかになってきています。

しかし、対策はほとんど進んでいません。

(NHKスペシャル取材班)

土砂に消えた母と祖母

今も残された門柱と表札。

28年前、1995年1月17日の地震で、兵庫県西宮市の仁川地区で、住宅が土砂にのみ込まれました。

医師の中村順一さん(57歳)は、この家に住んでいた母の洋子さん(当時57歳)と祖母の水本アグリさん(当時83歳)を亡くしました。

地震の激しい揺れのあと、大阪の病院で勤務していた中村さんは、何度電話しても連絡がつかない実家を心配し、車で仁川地区に向かいました。
中村さん
「まぁ、生きているだろうなと思いながら、車で上がって来て、最後の橋を渡る時にバッと見たら、土の塊がありました」
中村さんの目に飛び込んできたのは大量の土砂。

実家は土砂に飲み込まれて見えなくなっていました。

母と祖母が土砂の中から発見されたのは、翌日の夜でした。
中村さん
「2日間ほど土の中で彼女らも寝てたから、もう本当に触ったら氷みたいで、体がね。実家はなくなる、母もばあちゃんも一瞬でなくなる。寂しさだけっていうか」
中村さんは自ら2人の死亡診断書を書き、裁縫用の針と糸を借りて、傷ついてしまった、母・洋子さんの顔を縫いました。育ててくれた2人への最後の親孝行でした。
中村さん
「地震が起きるまで、誰も地滑りが起きるなんて考えていなかった。帰る家が一瞬でなくなる。2日前まで生きていた家族がなくなる。こんなになんともならないことってあるのか、と壮絶なまでの喪失感でした」
この地区では、中村さんの実家を含めて13の住宅が被害にあい、あわせて34人が犠牲になりました。

原因は「盛土」だった

中村さんの実家を襲った土砂は、川を挟んで反対側にあった造成地の斜面が崩れて発生したものでした。

幅100メートル、深さ15メートルにわたって崩れ、大量の土砂が突然襲ってきたのです。

その後の調査で、崩れた場所は、もともと谷だったところに、1950年代に浄水場を建設するため、土を盛ってつくった「盛土造成地」だったことがわかりました。
もともとは谷だったために、地下の水が集まりやすく、水分を蓄えて重みが増していきます。

そこに地震で強い揺れが加わったことで地盤が緩み、盛土が崩れてしまったと考えられています。

増える盛土 繰り返す被害

実は、こうした「盛土造成地」は、全国に多数存在しています。

1950年代後半の高度経済成長期。
急激な経済成長に伴う住宅需要の高まりで宅地が足りなくなると、開発は郊外に広がりました。

もともとは谷や沢だった場所を土砂で埋める「谷埋め型盛土」。

傾斜地に土砂を盛って擁壁を付ける「腹付け型盛土」。

あちこちに平らな土地をつくって、夢のマイホームがつくられていきました。
当時は、盛土した場所は時間の経過とともに、上からの圧力を受けて締め固められ、どんどん頑丈になると考えられていたため、管理の必要性も十分に認識されていませんでした。

こうして広がった盛土では、1995年の阪神・淡路大震災以降も、新潟県中越地震(2004)、東日本大震災(2011)、熊本地震(2016)など、地震のたびに被害が相次ぎました。
今もいつ崩壊してもおかしくない盛土は全国各地に眠っています。

リスク調査すら始められない?

国の本格的な対策は2006年にようやく始まりました。

自治体に対して、一定以上の規模の盛土造成地を探して、住民に周知することを求めました。

これを受けて自治体は調査を始め、「大規模盛土造成地」がある自治体では、現在、「大規模盛土造成地マップ」を公開しています。大規模盛土造成地は全国で5万1167か所に上ります(2022年3月時点)。
ただ、すべての盛土造成地に差し迫った崩壊の危険があるわけではありません。

国は自治体に対して、公表した大規模盛土造成地について、現地調査や崩れやすさの計算を行って「リスク評価」するように求めています。危険な盛土をあぶり出し、対策工事を進めるためです。

ところが、今回、NHKが全国の都道府県庁所在地と政令市に取材したところ、リスク評価のための調査に着手できていないところが約6割に上ることがわかりました。

国が本格的な対策に乗り出して15年以上が経過したにもかかわらず、半数以上の自治体で、調査すら始まっていないのです。

※自治体へのアンケートの詳細は、文末に掲載しています。

「進んでやりたい自治体は少ない」

なぜ、工事の前段階のリスク調査すら進んでいないのか。

ある自治体の担当者が匿名で取材に応じました。
この自治体では、大規模盛土造成地のうち、とくに崩壊のおそれがあり最優先でリスク評価をする必要があるとされた造成地が1か所あります。

ところが、その事実を住民に伝えておらず、調査もできていないということです。

理由は「高額な費用」と「住民の理解を得る難しさ」だと言います。

NHKが今回行ったアンケートでも、対策のハードルについてその2つをあげた自治体は7割を超えています。
取材に応じたこの自治体では、もしリスク評価で「すぐに工事が必要」と判断された場合、費用は地域全体で億単位になる可能性があるということです。

国の補助制度もありますが、自治体の負担は少なくありません。

そもそも住宅地は個人の資産ですから、所有者が対策を進めるのが原則です。対策工事に税金を投じることには反対の声もあがる可能性があります。

一方、住民に負担を求めても、費用は1軒あたり数百万円に上る可能性があり、「そんな金額は払えない」と賛同を得るのは難しいのが現状です。

国土交通省によると、全国で事前に対策をしたケースはまだ3例しかなく、いずれも全額公費で行われました。原則どおり所有者も費用を負担して進んだケースはまだないのです。
取材に応じた自治体の担当者
「住民に工事費の負担を求めても協力を得られることは難しいし、自治体は財政的にも厳しくてできない。進んでやりたい自治体は少ないと思います」
この自治体でも、「大規模盛土造成地マップ」がインターネットで公開されています。しかし、住民からの関心は少ないと言います。

そのことについてこう語っています。
取材に応じた自治体の担当者
「マップが公表されていても、住民から問い合わせはなく、盛土に誰も気づいていないことに、正直、助かっています」
安全対策を早急に進めるため「費用は自治体が負担する」という方針の自治体でも、困難に直面しています。
宇都宮市は、震度5弱相当の揺れで崩壊するリスクのある3か所の盛土造成地について、2023年度、対策工事を実施する予定です。

費用は3か所合わせて10億円以上と見込んでいました。

ところが、工事に向けて詳細な調査を行った業者から、思ったより地盤の強度が低く、対策には当初の想定の8倍の費用がかかると告げられてしまいました。

工事を別の方法に変えても費用は大幅に増える見通しで、市では借金にあたる「市債」を活用することも検討しています。
宇都宮市財政課 小林謙一課長
「多額の借り入れになればなるほど将来的には返済が厳しくなってくるのは間違いないので、この負担によってどんな影響が出てくるか、予測がつかないところです」

足元に潜む「隠れ盛土」

盛土の問題をさらに複雑にさせているのが、「隠れ盛土」とも言える盛土の存在です。

自治体が公表している大規模盛土造成地マップに載っているのは、あくまでも大規模な盛土のみ。しかし、住宅数軒ほどの規模の小さい盛土も、多数存在しています。

今回NHKは、大手測量会社の協力を得て、首都圏のある地域で、公表されていない盛土がどれくらいあるのか検証しました。

検証したのは、約50万人が暮らす縦4キロ、横3キロほどの範囲。

検証には、現在と戦前の地形図を使います。
現在の地形図では、色が濃い場所が谷、白っぽい場所が平地。

戦前の地形図では、青く示した範囲まで谷になっていました。
2つの地図を重ねると、古い地形図では谷だった場所の一部が平地になっていることがわかります。こうした場所は谷が盛土で埋められた場所の可能性があります。

古い地形図の測量誤差などを補正しながら検証し、実際に現場を歩いて盛土の形跡がないかも調査しました。

その結果です。
緑色は自治体が公表している大規模盛土造成地で21か所。

黄色は今回の調査で盛り土の可能性が高いことがわかった場所です。あわせて235か所に上りました。
調査にあたった アジア航測 千葉達朗さん
「最初に想像していたより多かったです。小規模な、家の庭先を盛ったようなものが結構あるのだなと。そういったところにも目を配っていくことが大事です」
盛土造成地は全国各地のいたるところにあり、自治体がそのすべてを把握して対策をとることは現実的ではありません。

公表されている情報だけをもとに「我が家は安全だ」と考えることも危険なのです。

不動産会社は説明する義務ない?

盛土の場所を確認することは、簡単ではありません。

私たちが住宅を購入する場合、不動産会社による「重要事項説明」という手続きがあります。

これは「宅地建物取引業法(通称、宅建業法)」に基づいて行われる手続きで、売り手が購入者に対して、住宅周辺の環境や代金の支払い方法など「購入の判断に影響する大切な情報」を書面で説明するものです。

自然災害のリスクも説明する項目に含まれていて、例えば、住宅が「土砂災害警戒区域」に含まれている場合には、購入者に必ず伝えなければならないことになっています。

ところが、単に盛土というだけでは、「重要事項説明」の対象外。

「すべての盛土が危険なわけではない(国土交通省)」というのがその理由です。

土地の履歴は、自分で調べるしかないのが現状なのです。
宅地の被害に詳しい吉岡和弘弁護士は、重要事項での説明を義務化するなどして、多くの人が土地の履歴に関心を持てるような仕組みが必要だと指摘します。
吉岡弁護士
「知らないうちにリスクのある物件を購入してしまうケースが多くあります。所有者の意識を高めるためにも、土地の履歴は重要事項説明に加えるべきです。ただ、業者が土地の履歴を調べることも限界があるので、地盤の専門家である地盤品質判定士の調査を義務づけるなど、第三者の視点を取り入れることを制度化すべきです」

自分と家族の命と財産を守るために

リスク情報は資産価値にも直結するため、自治体などが情報開示に慎重になるのは、しかたがない面もあります。

ただ、リスクを知らないままに被害が出るような事態は避けなければなりません。しっかりとした情報の開示が急務だと感じました。

家の購入は、多くの人にとって一生に一度の買い物です。

家を買うとき、建物の耐震性を気にする人は増えてきましたが、どんなに建物が揺れに強くても、足元の地盤が弱ければ、不十分です。

自分と家族の命、そして財産を守るために。みなさんも足元の地盤について改めて考えてみませんか?
NHKスペシャル取材班
記者 宗像玄徳 藤島新也 内山太介 武田麻里子
ディレクター 金武孝幸 田隈佑紀 向真菜子 家坂徳二 村田裕史
自宅の地盤が盛土かどうか、盛土だった場合のリスクの調べ方などを、下のサイトにまとめています。

自治体アンケートの詳細

今回、NHKが全国の都道府県庁所在地と政令市に取材した、大規模盛土造成地数や盛土詳細調査の状況などのアンケートの詳細は次のとおりです。
※以下、上記の表と同じアンケート結果です。
回答は、大規模盛土造成地数/盛土詳細調査の状況/課題(複数回答) 自由記述は太字
▼札幌市 183/着手済/「住民理解」「対策見通し立てにくい」「その他・対策工事後の維持管理が不明確」
「高齢のため宅地の安全性を高めることに重要性を感じない住民や宅地売却を考える住民にとっては対策費の負担は納得できず、合意形成が困難」
▼青森市 63/未着手/「費用」「優先度低い」「数が多く時間要する」
▼盛岡市 70/着手済/「費用」「優先度低い」「数が多く時間要する」
「調査だけでも1か所数千万円かかり、すべての盛土だと費用は計り知れない」
▼仙台市 750/未着手/「住民理解」「費用」「数が多く時間要する」
▼秋田市 240/着手済/「住民理解」「費用」「国の補助不十分」
▼山形市 6/着手済/「課題なし」
▼福島市 139/着手済/「住民理解」「費用」「数が多く時間要する」
「“東日本大震災でも被害がないから対策必要ない”などの意見が出て、対策への合意が難しいおそれ。行政がすべての盛土を監視することは限界」
▼水戸市 19/未着手(盛土の安定性は確保できていると判断したため「調査未着手」)/「費用」「優先度低い」「合意難しい」
▼宇都宮市 84/着手済/「費用」「国の補助不十分」「数が多く時間要する」
「すべての調査は財政や職員の数から見て極めて困難。国にはより安価で効率的に安定性を把握できる調査手法を示していただきたい」
▼前橋市 30/着手済/「住民理解」「費用」「対策見通し立てにくい」
▼さいたま市 198/完了/「その他・事業をすでに終えている」
▼千葉市 672/着手済/「住民理解」「対策見通し立てにくい」「数が多く時間要する」
「個人資産の宅地の対策に行政がどこまで介入すべきか多様な意見がある」
▼東京都(東京は都が主体となって実施) 1584/未着手/「費用」「数が多く時間要する」
▼横浜市 3271/着手済/「課題なし」
▼川崎市 1093/完了/「住民理解」「費用」「数が多く時間要する」
▼相模原市 75/着手済/「住民理解」「費用」「国の補助不十分」
▼新潟市 0 ※大規模盛土造成地なしのため未回答
▼富山市 17/完了/「住民理解」
▼金沢市 97/未着手/「住民理解」「費用」「合意難しい」
▼福井市 110/未着手/「住民理解」「費用」「合意難しい」
「どこまで公費負担をすべきか意見が分かれ、かつ、受益者負担を求めても地権者は応じない可能性が高い」
▼甲府市 0 ※大規模盛土造成地なしのため未回答
▼長野市 4/未着手/「住民理解」「国の補助不十分」「対策見通し立てにくい」
▼岐阜市 97/未着手/「費用」「数が多く時間要する」
▼静岡市 42/未着手/「住民理解」「費用」「優先度低い」
▼浜松市 545/未着手/「住民理解」「費用」「数が多く時間要する」
▼名古屋市 635/着手済/「住民理解」「費用」「数が多く時間要する」
▼津市 118/未着手/「住民理解」「費用」「国の補助不十分」
▼大津市 113/未着手/「住民理解」「費用」「国の補助不十分」
「調査に入る時点で住民の不安をあおり、資産価値への影響が出る可能性がある」
▼京都市 245/完了/「住民理解」「優先度低い」「対策見通し立てにくい」
▼大阪市 0 ※大規模盛土造成地なしのため未回答
▼堺市 191/未着手(専門家の意見などを踏まえ「被害のおそれなし」と判断したため「調査未着手」)/「費用」「国の補助不十分」「数が多く時間要する」
▼神戸市 405/完了/「住民理解」「優先度低い」「数が多く時間要する」
▼奈良市 223/未着手/「住民理解」「国の補助不十分」
「数十年前に宅地造成された場所では高齢化が進んでいる。経済負担を伴う事業に協力が得られるかどうかという問題がある」
▼和歌山市 181/未着手/「住民理解」「国の補助不十分」「対策見通し立てにくい」
「土地所有者は当市の住民とは限らず、全員の所在を明らかにすることは困難」
▼鳥取市 22/着手済/「住民理解」「費用」「合意難しい」
▼松江市 39/未着手/「住民理解」「費用」「国の補助不十分」 ※現地確認の結果、変状がなかったため対策は「経過観察中」
▼岡山市 126/未着手/「住民理解」「費用」「対策見通し立てにくい」
▼広島市 333/未着手/「住民理解」「国の補助不十分」「数が多く時間要する」
▼山口市 47/未着手/「住民理解」「費用」「優先度低い」
「法的根拠がないため住民に断られた場合、事業が進まないと思われる」
▼徳島市 31/未着手/「住民理解」「費用」「優先度低い」
▼高松市 35/未着手/「住民理解」「費用」「その他・風評被害対策や費用負担の整理が必要」
▼松山市 57/未着手/「費用」「国の補助不十分」「数が多く時間要する」
▼高知市 388/未着手/「住民理解」「費用」「数が多く時間要する」
▼福岡市 620/未着手/「住民理解」「費用」「国の補助不十分」
▼北九州市 1697/未着手/「住民理解」
▼佐賀市 26/未着手/「費用」「優先度低い」「合意難しい」
「調査に多額の費用がかかる見込みで、国の補助はあるが、予算確保困難な状況」
▼長崎市 323/未着手/「住民理解」「費用」「国の補助不十分」
「対策事業に該当しない、小規模、中規模盛土造成地の宅地耐震化推進のあり方が課題」
▼熊本市 91/未着手/「住民理解」「費用」「合意難しい」
▼大分市 339/未着手/「住民理解」「費用」「対策見通し立てにくい」
▼宮崎市 288/未着手/「住民理解」「国の補助不十分」「優先度低い」
▼鹿児島市 991/未着手/「費用」「対策見通し立てにくい」「数が多く時間要する」
▼那覇市 112/未着手/「住民理解」「費用」「国の補助不十分」