ジーンズ姿の社長が“古い社員たち”を生まれ変わらせた

ジーンズ姿の社長が“古い社員たち”を生まれ変わらせた
終身雇用に年功序列、事業部組織…。多くの日本企業が今“時代遅れ”とされている。明治41年創業の大手化学メーカー「昭和電工」が今月、社名を「レゾナック」に変更。“昭和”の冠を捨て、生まれ変わろうとしている。ロングTシャツにジーンズ姿で出勤する高橋秀仁社長は「古くさい会社」だと言う。異彩を放つ社長の姿に、長年勤める社員たちは好奇の目を向けていた。高橋社長が進める社内改革は、古い社員たちを切り捨てずに、どう生まれ変わらせるか。社内で今、何が起きているのか取材した。(経済部記者 嶋井健太)

“ジーンズ姿”の社長

1月4日、オンラインで開かれた新年の社内訓示の会場。
社員たちに語るのは1年前に就任した高橋秀仁社長だ。グレーのロングTシャツにジーンズをはいている。

創業115年の老舗企業、スーツ姿の人たちが並ぶ光景を予想していた私はいきなり面食らってしまった。そして、そのあとの光景にさらに驚いた。

参加した社員たちが遠慮なくどんどん質問し、高橋社長が直接、フランクに答えているのだ。
高橋社長
「昭和電工で社長に質問なんてできなかった。ものすごく変わりましたよ。それをどんどん常識にしていくのが、僕はおもしろくてしょうがない」

創業115年の老舗企業 昭和電工はどんな会社?

昭和電工という名前は多くの人が聞いたことがあるかもしれない。どんな会社なのか?

創業は明治41年(1908年)。沃度(ヨード)の生産を手がける会社が前身だ。
1980年代~90年代には石油化学製品やアルミニウム製品などが主力事業となり、その後はハードディスク事業なども手がける複合企業となった。

2020年に9600億円を投じて日立グループの御三家の1つ「日立化成」を買収。2倍を超える差の時価総額で、当時「小が大を飲む買収」として大きく注目された。

三菱銀行出身でGE=ゼネラル・エレクトリックと渡り歩いたあと、2015年、昭和電工に入社した高橋社長が経営幹部として中心的な役割を果たした。
日立化成は半導体関連事業を得意とし、昭和電工は高橋社長のもとで事業のポートフォリオを整理。8つの既存事業を売却し、半導体事業を会社の成長事業に位置づけて改革を進める。

その一環として今月、社名を「レゾナック」に変更した。

古い社員たちを切り捨てずに、どう生まれ変わらせるか

終身雇用に年功序列、事業部組織…。

高橋社長が今、取り組むのは「HR(ヒューマン・リソース)改革」だ。

老舗企業で大なたを振るうジーンズ姿の社長。これまでの社内文化に染まりきった中高年社員たちを大胆にリストラするのかと思いきや、そうではないと言う。
高橋社長
「岩盤層のミドルマネジメント、どういうふうに気持ちの変化を促せるか、どういうふうに気持ちの変化を伸ばせるか。そして、本当に促しても、どうにもらならない人たちにどうやって対応していくか。その2つが大きな課題」
「不平を持つ人たち、幸せではなくなった人たちがいっぱいいると思うが、全員は幸せにはできないと僕は宣言しています。なぜならば、変革って既得権益を奪うことになるから、勝ち負けは出る。でも僕は幸せの総和を必ず大きくする。幸せの足し算を絶対に増やしますというふうに約束しました」

ラウンドテーブル

就任以来、導入した取り組みの1つが「ラウンドテーブル」だ。会社経営にとって最も基礎となるのが価値観の共有だという。国内外延べ70の工場や事業所を回り、座談会形式で開いている。
掲げる価値観の1つは「機敏さと柔軟性」。変化の激しい時代だからこそ、今までのやり方にこだわらず、必要であればやり方を変えていくことを社員に求める。

参加した社員からの感想には「全く共感できない」といった声も一部にはあったが、多くは前向きなものだったという。

高橋社長は、例え成果を上げていても、価値観が受け入れられないなら会社を去ってもらうこともやむをえないと考える。ただし、価値観の共有の試みをした結果、それでも受け入れられなかった場合だ。
高橋社長
「会社の価値観に納得しないのはしかたがない。ただ、走っている人の足を引っ張ろうとする人たちには辞めてもらおうと思っています」

モヤモヤ会議

そして、さらに踏み込んだ新たな取り組みも始めている。

その名も「モヤモヤ会議」。会社全体の生産性を高めるのがねらいだという。
高橋社長が現場に足を運ぶことはこれまでと変わらないが、従業員が日頃悩んでいるけれどもなかなか言い出せない職場の問題を従業員自身に提起してもらう。
高橋社長
「若者がモヤモヤしなくなると、会社の生産性がすごい上がるんですよ。何がいいかって、モヤモヤ会議が浸透すると、僕ら(経営層や幹部)がやらなくても、現場が勝手にやるようになるんですよ。みんなでモヤモヤしてもしょうがないから、場に集まって話そうと。スピード感をもって、話して解決策が出てくる。解決策を少しでも出してくれると、やっぱりみんな心が落ち着くじゃないですか」

社内公募の強化

背番号のように○○部署出身という働き方にも高橋社長は否定的だ。

そこで、もともとあった社内公募制度を強化した。希望する職場や職種に、年次や所属にとらわれずに応募することができる。去年1年間で180件を募集し、170人が応募して70人が実際に異動したという。
高橋社長
「取られたら取り返せと。取られっぱなしということは、その職場に魅力がないということでしょうと。魅力ある職場に変えなければいけないっていうモチベーションが発生するのは、社員にとってすごくいいことなんだという話をした。さすがにあまりにも埋まらないポジションが出てきたので、今は本当に困ったら人事部門が面倒をみてあげてねと言うようにしています」

新入社員たちへ

そして、終身雇用や年功序列が日本の会社を衰退させていると語る高橋社長。

会社に入ってくる若い新入社員たちに対して、こう伝えているという。
高橋社長
「終身雇用なんかを保証する会社はろくな会社じゃないですよと。なぜならば、40年後にこの会社がどういう姿になるのかなんて、僕にすら想像がつかないと。それは産業構造の変化があるから。その代わり僕は君たちに約束しますと、君たちがどこに行っても通用する人間に育てます」

冷徹なのか、優しさなのか

高橋社長の取り組みは、冷徹なのか、優しさなのか、どちらなのだろう。インタビューを終えてそれが頭に浮かんだ。

高橋社長のことばから感じたのは、若い人材にどのような気持ちで会社に入ってもらうか、そして古い社員たちに対してきちんと正面から対応すること。

この2つを大事にしているということだ。
高橋社長
「世の中の流れや変化に対して会社の変化がついていけていない伝統企業で、そこそこ規模が大きくて上場企業だから自分たちはまだ大丈夫っていうのは、僕は安楽死への道って呼んでます。もっと真面目に経営しようよって僕は思いますけどね。日本の経営者のみなさんには」
老舗企業に身を置きながら現状を冷静に分析し、伝統ある事業の切り離しや、離れていく社員がいることもいとわないとストレートに語る高橋社長。

ここまで踏み込むかとインタビューの最中に戸惑うこともあったが、厳しくも聞こえる高橋社長の発言には、人はいつになっても変わることができる、気持ち次第でどこまでも成長できるという、従業員一人一人への信頼のようなものを感じた。

会社で働くということ、その意味自体が大きく変わっているのかもしれない。
経済部記者
嶋井健太
2012年入局
宮崎局、盛岡局を経て現所属