変わる「定時制」 外国にルーツを持つ人たちの学び場に

変わる「定時制」 外国にルーツを持つ人たちの学び場に
「働きながら学ぶ生徒が通う学校」

夜間の定時制高校に、そんなイメージを持つ人は多いのではないでしょうか。

しかし、愛知県では外国にルーツを持つ生徒の学ぶ場として、その存在感が高まっています。

生徒たちの「学びたい」という思いにどう応えていくのか。

現場の取材から探ります。

(名古屋放送局 記者 佐々木萌)

午後5時から午後9時まで4コマの授業

愛知県豊田市にある豊田西高校です。

午後5時になると、生徒たちが続々と登校してきました。

夜間定時制の生徒は、午後9時まで4コマの授業を受けます。

全日制と異なり、多くの生徒は、4年で卒業します。

4年間、同じメンバーと過ごすため、クラスには家族のような一体感が生まれるのも特徴のひとつだといいます。

“じっくり日本語を身につけたい”と定時制に

生徒のひとり、17歳の赤嶺エリアスさんです。

父親がボリビア人、母親はブラジル人で、家庭では、スペイン語やポルトガル語、英語で会話をしています。

4年前に来日し、中学校に通い始めたものの日本語がわからず、辛い思いをした経験を持つ赤嶺さん。

じっくり日本語を身につけながら高校の勉強をしようと、夜間定時制に進学しました。

日中は日本語を独学で学んでいます。
赤嶺エリアスさん
「中学校では、最初、何も理解できなかったです。先生の言うことや友だちが面白い話をしても理解できずに、とっても悲しかったです。日本語の勉強も頑張りたいという思いがあったので、自分で勉強しながら通える場所を選びました」

生徒の半数近くが外国にルーツ

豊田西高校の夜間定時制には87人が通っていますが、このうち半数近くが外国にルーツがある生徒たちです。

県内の夜間定時制では、その比率が増加傾向にあり、6割にのぼる学校もあります。

こうした生徒の中には、働きながら学び直しに取り組んでいる人もいます。
安里ブルーナさん、34歳。

日系ブラジル人の両親とともに3歳のころに来日し、日本とブラジルを行き来してきました。

16歳で働き始めたため高校は卒業していません。

2人の子どもを育てながら、日中は通訳の仕事をし、夜は大学進学を目指して勉強しています。
安里ブルーナさん
「職場の人から『大学に行ってみない?』と言われたんですけど、『高校卒業してないから、先に高校行かないといけないね』って言われて、通っています。年齢も年齢だし、もう一生勉強できないな、というのが自分の中でもあったし、仕事と両立できることもあって、すごく助かっています」

定時制 新たなニーズに応える場に

定時制は、戦後、仕事をしながら高校教育を受けられる機会を確保するために制度化されました。

日中に数時間の授業を行う「昼間定時制」も含め、1955年には全国に3000校以上ありましたが、その後は減少の一途をたどっています。

2018年には639校にまで減り、最近も、各地で定時制を廃止する学校が出ています。
一方、愛知県の状況は対照的です。

在留外国人が2022年6月末の時点で28万912人と、東京に次いで全国で2番目に多い愛知県。

夜間定時制では、日本国籍の生徒も含め、母語による学習支援を受けている生徒が、2012年の122人から、2021年には466人にまで増加しました。

夜間定時制は、こうした外国にルーツがある生徒たちの「日本語を身につけながら高校を卒業したい」というニーズに応える場となっています。

日本語教育の難しさ

しかし、課題は日本語教育です。

通訳の仕事を長年続けてきた安里さんも、日本語の読み書きには不安があるといいます。
安里ブルーナさん
「ほとんどが、独自に勉強してきたものばかりで、漢字はテレビの字幕などを見ながら勉強したのが主です。この漢字はこういう意味だとなんとなく頭には入っているんですけど、別の読み方とか具体的な意味が身についていないものもあって、今でも苦労しています」
豊田西高校に通う生徒たちは、ブラジル、フィリピン、ネパール、ボリビア、ペルー、中国と、世界各地にルーツがあります。

それゆえ、母語とする言語もばらばらで、日本語の習熟度もまちまち。

高校以前の学習内容の理解度も一定ではありません。

それぞれの生徒の母語を使い、学校生活をサポートする支援員もいますが、生徒たちが学習支援を受けられるのは、週2回の授業時間前だけです。

日常的には、教員が日本語の指導も担っていますが、国語の教員も日本語を教えることが専門ではなく、難しさを感じていると話します。
国語の教員 鈴木洋平さん
「コミュニケーションで苦労はしないんですけど、学習になるとやはり日本の文化とか日本で生きていく中でのボキャブラリーが必要になってくる。授業中に、例えば『円満』と『満足』と『得意』とか、感情の差異を、文化も違う子たちに説明しようとすると時間がかかったりするので、違う難しさがあります」

日本語教育を充実へ 愛知県教委が新たな取り組み

こうした現状を踏まえ、愛知県教育委員会は、今後、日本語教育の充実を含む学校の改革を進める方針を明らかにしました。

そのひとつが夜間中学の設置です。
まず、2025年4月、県内で名古屋市に次いで外国人が多い豊橋市の工科高校に夜間中学を設置します。

高校入学までに基礎的な日本語の習得を目指すとともに、義務教育を十分受けられずに中学を卒業した人の学び直しも支援するということです。

夜間中学に定員は設けないものの、1学年10人程度の小規模な学校を想定しています。

今後、外国人が多いほかの地域への設置も検討することにしていて、ここ豊田西高校も候補校になっています。

さらに、行政と民間が協力し、学校以外での日本語教育を強化する構想もあります。
それが「若者・外国人未来塾」です。

県内に9か所あり、NPOなどが日本語教育をはじめとした学習支援を行っています。

今後、各地の定時制高校などと連携を強め、授業の前に日本語の指導を行うことなどが検討されています。

「日本語の指導だけにとどまらない総合的な教育を」

外国人の教育に詳しい専門家は、外国にルーツがあり、日本へ定住する人たちが全国的にも増えていく中、愛知県の改革は今後につながる取り組みだと評価しています。
明治大学国際日本学部 佐藤郡衛特任教授
「基礎的な学びをどう保証していくかが、これからの大きな課題であり、そういう意味では、愛知県の試みはすごく大きな前進だ。現状を踏まえながら、共生の第一歩に向かって取り組んでいるという姿勢そのものについては評価できる」
一方、佐藤特任教授は、改革が成果を上げるためには、「日本語の指導だけにとどまらない総合的な教育」が必要だと強調しています。
佐藤特任教授
「言語学習の中で、語彙は大事なものではあるが、学習の中で語彙みたいなものだけが強調されてしまうと言葉の力はついてこない。また、子どもたちが多様であればあるほど、子どもたちが授業を理解するためのツールをどうつくるかというのが大事だ。日本語の指導をきちんと保証する一方で、日本語の指導と教科を組み合わせた『総合社会科』みたいなものや、市民としてどう育てていくのかという『市民性教育』、『キャリア教育』など、教育課程をどう編成していくのかが、かなり大きな課題だ」
佐藤特任教授は、外国人や外国にルーツがある生徒が多い愛知県だからこそ、夜間定時制にとどまらず、全日制も含めた公教育全体の中で、多様な生徒の学びをどう支援していくか検討が急がれると指摘しています。

多様な生徒たちの可能性を広げられるか

多様な生徒たちの学びや、その先の就職、キャリア形成をどう支援していくのか。

愛知県では、4月以降、定時制改革の具体化に向けた議論を本格化させることにしています。

学校側からは、夜間定時制が外国にルーツを持つ生徒ひとりひとりの夢をより強く後押しできる場所になることに期待する声が上がっています。
定時制課程 伊與田賢教頭
「知らない国で生活がスタートして、ことばがわからずに小学校や中学校に通いだして、大変な思いもしたと思いますね。そういった外国人生徒や保護者の方も含めて、この日本で生活を続けていく上で将来に希望を持てるような過ごし方を、ぜひしてもらえたらと思うので、夢につながっていくような改革や支援がしていけたらと思います」

大学進学という夢に向かって

熱心に授業を受けている姿が印象的だった赤嶺エリアスさん。

中学時代とは異なり、日本語を着実に身につけ、今は大学進学という夢に向かって塾に通いながら努力を重ねています。

部活を通じて熱中できるバドミントンに出会い、学校生活に充実感を得られたからこそ持てた夢だといいます。
赤嶺エリアスさん
「大学に進学して、まずはバドミントンの全国大会に行って、そのあとオリンピックも世界大会もやりたいと思っています。日本語だけの勉強ではなくて、数学などの5教科を勉強するのも大好きなので、大学に進学して天文学とかを勉強したいなと思っています」
中学校で苦労したものの夜間定時制で夢を見つけた赤嶺さんをはじめ、今回の取材を通じて、生徒たちの学びに対する強い意欲を感じました。

だからこそ、今後、具体化していく改革が、子どもたち一人ひとりのニーズに可能な限り応えていくものとなることを期待したいと思います。
名古屋放送局 記者
佐々木 萌
2019年入局
初任地が名古屋局
警察担当を経て、2022年から愛知県政担当