自動運転技術 巨大IT企業に挑み世界から注目集める40歳

自動運転技術 巨大IT企業に挑み世界から注目集める40歳
「僕がやれなかったら日本が負けたってことになる」
こう語るのは、自動運転のソフトウエアを開発するスタートアップ企業「ティアフォー」の創業者で、東京大学の准教授をしている加藤真平さん(40)です。グーグルやアマゾン、中国のバイドゥなど巨大IT企業が存在感を示すこの分野で、創業8年の企業が今、世界的な注目を集めています。(経済部記者 當眞大気)

巨大企業からのラブコール

アメリカ・ラスベガスで毎年開かれる世界最大規模のテクノロジー見本市「CES」。
ことしも年明けに開かれ、世界中から3200社以上が参加して最新の技術や製品を披露しました。

ソニーグループとホンダが共同開発中のEV=電気自動車の試作車を初公開するなど、ことしも自動車関連の出展が目立つ中、ティアフォーの創業者、加藤さんの姿も会場にありました。
加藤さんが訪れたのは、電子機器の受託生産大手として世界的に知られる台湾のホンハイ精密工業が主導するプロジェクトの記者会見です。
アップルのiPhoneの製造も担うこの会社が新たなターゲットとするのが自動車産業で、ことしからEVの量産に乗り出すことを表明しています。
このプロジェクトにはすでに世界から2500社余りが参画していますが、ホンハイ主導の企業連合が開発するEVには自動運転の機能も搭載されます。この中核を担うのが加藤さんが創業したティアフォーです。

自動運転の頭脳となる基本ソフトウエアの開発力が評価され、プロジェクトに招き入れられたのです。
私が会場で取材した際も、企業連合のトップが加藤さんに歩み寄って握手を交わし、親しげに話をしていました。
ジャック・チェンCEO
「ティアフォーが作り出したソフトウエアは新たな多様性をもたらしてくれた。このプロジェクトには必要不可欠だ」

世界が注目 2015年創業のスタートアップ

台湾の大手企業とタッグを組んだティアフォーは、2015年に創業したばかりの未上場企業で従業員の数はおよそ300人。創業当時、加藤さんは名古屋大学の准教授でした。
研究の一環として、自動運転の基本ソフト「オートウェア」を開発して公開したところ、大きな反響があったことから事業化を決意。ソフトの公開からわずか4か月後に会社を立ち上げました。

いわば人間のドライバーの代わりとなる自動運転車には、さまざまな装置やコンピューターが搭載されています。
車体の上や前後には高性能のセンサーやカメラが設置され、人間の“目”のように道路や対向車、それに歩行者といった周囲の状況を認識します。そのデータをAIなどで瞬時に判断して「動く・止まる・曲がる」といった車の操作につなげていくのです。

ティアフォーが開発した基本ソフトの役割は、こうした装置やシステムを効率的につなぐこと。いわば人間の“頭脳”で、自動運転になくてはならない最重要技術の1つです。

自動運転 ソフト開発の覇権争い

こうしたソフトウエア開発を中心に、自動運転の分野では異業種の巨大IT企業やスタートアップも入り乱れて“覇権争い”とも言える激しい競争が繰り広げられています。

実現すれば交通事故の大幅な減少や人手不足の解消といったメリットも期待され、各社とも他社に先んじようとしているのです。
先行しているのがグーグルの持ち株会社傘下のウェイモで、2020年からアメリカの一部の地域で完全無人運転の配車サービスを開始しています。

また、GM=ゼネラルモーターズの子会社も、去年からサンフランシスコ市内で、夜間から早朝に限って完全自動運転タクシーの営業を始めています。

さらに中国でも自動運転の開発は加速していて、IT大手のバイドゥが2021年から自動運転タクシーのサービスを開始するなど存在感を高めています。

“オープンソース戦略”で追いつき追い越せ

豊富な資金力を持つ巨大IT企業や自動車大手に開発でどう対抗していくのか。

加藤さんが打ち出したのが、世界初となる自動運転ソフトウエアの“オープンソース”戦略です。
競合企業の多くは、多額の資金を投じてソフトウエアを自前で開発していますが、自動運転のコア技術だけにその成果は門外不出、いわば“閉ざされた仕組み”です。

これに対し、“オープンソース”であるティアフォーの基本ソフトは無料で公開されていて、誰もが自由に研究開発を行えます。導入した企業は、このソフトを土台として追加の機能や車載装置を開発し、ビジネスを行うことができます。
一方で、各社の開発の過程で得られたデータを共有してもらうことで、ソフトの不具合の発見や修正などが容易になり、基本ソフトもさらに進化していくのです。

こうした“開かれた仕組み”にすることで開発のスピードが上がるのがメリットで、今ではヤマハ発動機やスズキといった国内メーカーや海外企業合わせて500社以上が導入しているということです。
加藤さん
「1から全部作ったら自動運転で先行しているグーグルやテスラなどに後れをとります。オープンソースは山登りでいうと、5合目ぐらいまでを一気にいっちゃおうよと。そこから先は自社の開発とか差別化です。世界連合みたいな形が出来上がってくると、今のマーケットリーダーに追いついて追い越せる」

センサー高度化で新たな課題も

オープンソース戦略で開発を加速させている加藤さんたちですが、現場では日々、新たな課題が見つかります。
雨が降る中で行われた12月下旬の実証走行では、開始後すぐに直線の道でシステムが異常を検知してブレーキを作動。
道路上に障害物などはなく、問題なく走行できるはずでした。

何が原因だったのか、データを詳しく分析したところ、センサーの高度化が進む自動運転ならではの要因が浮かび上がりました。
道路標識から飛んだ水滴をシステムが障害物と誤認したというのです。

車のシステムは“雨”についてはすでに学習していたため、障害物とは判断せずに走行を続けていました。しかし、雨粒より大きくなって標識から流れ落ちた“水滴”は学習していなかったため、ブレーキをかけてしまったのです。
加藤さん
「最近のセンサーの精度が本当に上がってきているので、見えないものが見えてきちゃってる。発生頻度の高いエラーは、みんなが出くわすのでどんどん解決できますが、発生頻度の低いエラーについては、ひとつひとつ修正して、直ったらまたテストをするということを繰り返すことが必要になる」
人間の目であれば気にならない水滴ですが、自動運転では判断の必要が生じます。加藤さんたちは開発に参加する企業の協力も得ながらシステムの改善を進めています。

人手不足などの課題解決も

こうした開発の成果は着実に反映されています。
ティアフォーの提携先で、静岡県浜松市にあるヤマハ発動機の工場では、完全自動運転の運搬車が無人で部品を運んでいます。去年11月、国内で初めて実用化されました。
経路を自由に設定でき、車両の後方に荷台をつけて引っ張るような形で最大1.5トンの荷物を運べます。

工場内は私有地のため道路交通法が適用されず、歩行者の飛び出しといった不測の事態も起きにくいため、完全自動運転を実現しやすい環境だといいます。

このサービスによって、工場では年間1700時間にのぼる作業時間の削減を見込んでいて、自動運転車両を増やすことにしています。
渥美さん
「無人化ということで、想定していた以上の効果も見えてきた。いま社会が抱えている人手不足などの課題にも踏み込んでいけるような商品になっていってほしい」

自動運転ソフトの「日本代表」として

EVシフトをはじめ、技術革新が進む自動車業界ではいま、燃費や走行性能といったハード面の競争よりも、自動運転の機能や車内のエンターテインメントなどソフト面でいかに競合他社と差別化を図るかが最大の関心事となっています。

自動運転のソフトウエア開発で日本代表を自負する加藤さんは、世界各地で完全自動運転の車が走る将来、みずから開発した基本ソフトが活躍する世界を目指しています。
加藤さん
「気付いたらティアフォーが一番勢力を取っているというのが自分たちのやり方なので、皆さんが想像しているはるか先のすごい世界を見せたいと思います」
従来の自動車のイメージを変え、社会の在り方をも変える可能性も秘めた自動運転。

巨大企業がひしめく分野で、日本発のスタートアップ企業が世界を席けんできるかどうか、これからも取材していきたいと思います。
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
沖縄局、山口局を経て現所属
自動車・重工業界を担当