「お母さんの手を握りたい」最期を迎える母の手から伝わるもの

「お母さんの手を握りたい」最期を迎える母の手から伝わるもの
あと何回、お母さんの手を握れるだろう?

あとどのくらい、ぬくもりを感じていられるだろう?

少し前までは、触れたくても触れることもできなかった。

今、母の体に触れていられることに喜びを感じながら、残された時間を過ごそうと思います。

(社会部 記者 大西咲)

小さな、でもうれしそうな声で

誕生日を迎え89歳になったばかりの母親は、娘から直接花束を渡されて、うれしそうな表情を浮かべているように見えました。

物忘れが増えて、耳も遠くなっている母親。

娘が耳元で声をかけると、小さな声でしたが、確かにこんなやりとりが聞こえました。
母「くれるの?」

娘「あげるよ、お母さんの誕生日プレゼント」

母「すごいね、いいの?」

娘「いいよ、あげる。プレゼントだよ」
これが最後の誕生日になるかもしれない。

娘の和子さんはそんな思いで、母親が入所する施設を訪れたといいます。

だからこそ、“直接会えること”の意味を感じているといいます。
加藤和子さん
「最初は対面での面会を心配する気持ちもありました。でも、母が手を伸ばしてきてくれるから、その気持ちに応えたいと思いました。握る力の強さで、今日は元気だなとかも感じられますし。やっぱり対面の方がいいなって思います」

「施設に行けば会える」と思ったのに

加藤和子さん(56)の母、せつ子さんが施設に入ったのは今から4年前。

せつ子さんが85歳の時でした。

さいたま市の実家でうたた寝をしていた時、誤って椅子から落ちてけがをしたのがきっかけでした。

それ以来、ひとりで立って歩くことができなくなり、トイレに行くのも難しくなりました。
当時、せつ子さんは同じく80歳を超える夫の正二さんと2人暮らし。

急きょ、正二さんがせつ子さんを介護することになりましたが、ともに80歳以上の「老々介護」には限界がありました。

結局、せつ子さんを施設に預けることにしました。

寂しさはあるけれど、父ひとりに介護を任せることはできない。

住み慣れた実家に母はいないけれど、施設に行けば会えるはず。

そう考えて、和子さんは決断しました。

しかし、それから1年もたたないうちに、和子さんたちをめぐる環境は大きく変化してしまいます。

新型コロナウイルスの感染拡大です。

できない対面の面会 オンラインも…

感染拡大前、週1回は面会に訪れていた和子さん。

施設での面会制限が始まると、対面で会うことはできなくなりました。

施設側は、タブレットを使った“オンライン面会”の機会も作ってくれました。

ただ、和子さんは悩んだ結果、利用しませんでした。

耳も遠くなっていたせつ子さん。

和子さんが耳元で話さなければ、会話ができなくなっていました。

タブレットから出る私の声がわかるだろうか。

施設側がオンライン面会の仕組みを本人に説明してくれたとしても理解できるだろうか。

結局、面会の間、母は状況もわからないまま、画面を眺めるだけになってしまうのではないだろうか。

母の状態を思うと、面会の時間がむしろ苦痛になってしまうような気がして、利用することができませんでした。

実家の父の急変で

そうした中、今度は実家にひとり残っていた父親の正二さんが体調を崩します。

腰の痛みを訴え、病院で検査すると腰を圧迫骨折していることがわかりました。

さらに詳しい検査で、前立腺がんも発覚。

和子さんは急いで実家に帰り、正二さんの入院の支度を始めましたが、その直後に容体が急変、正二さんは亡くなりました。

85歳でした。

心の準備もできないまま、あまりに急に訪れた父の最期。

大きな失意の中、和子さんが父の遺品を整理していると、あるものがみつかりました。

正二さんがつけていた日記です。

そこには、きちょうめんな性格の父らしく、日々の出来事の細かな記録とともに、せつ子さんが施設に入ってからの思いが書かれていました。
「今日から、お母さんがいない夜は淋しいね」
「淋しくない夜はない。お母さんが(家に)帰りたいと一緒」
「毎日、何かしていないといられない」
「10時、とこに入る、寂しさ我慢。母さん、ねむれるかなー。どうしても思い出す」
和子さんは日記を読みながら、仲のよかった父親と母親と過ごした日々を思いました。

毎朝、お茶を入れて、父親が起きてくるのを待っていた母。

もともと足が悪く、家にいる時間が多かったそんな母を、父はよくドライブに連れ出したり、一緒に旅行に行ったりしていたっけ。

道の駅で特産品を買ったり、ソフトクリームを母と父で分け合ったり。

仲のよい2人の“お出かけ”に時々ついて行くのが、和子さんの楽しみでもありました。
残り少ない親との時間をどう過ごすのか。

そのことを初めて突きつけられた和子さんは、せめてせつ子さんには最期まで寄り添っていてあげたい、そう強く思うようになりました。

母が持つ「命の力」

ただ、新型コロナによる面会制限で、寄り添いたくても寄り添えない、もどかしい日々が続きます。

そうこうしているうちに父の死から1年あまりがたち、迎えた2022年2月。

せつ子さんが脳梗塞を起こしました。

命に別状はありませんでしたが、一時は食事をとることも難しくなり、せつ子さんの“最期”が近いことを意識せざるを得なくなりました。

その際、和子さんは医師からある提案を受けました。

「『看取りケア』に移行してはどうかー」

看取りケアとは「医師が回復の見込みがないと診断した患者に対し、本人や家族と話し合ったうえで、身体的苦痛や精神的苦痛を緩和し、人生の最期まで尊厳ある生活を送れるよう支援すること」のことです。

あまりに急だった父の死から、親の最期をどのように迎えるのがいいのか考え続けてきた和子さん。

父を失ったことは悲しい。

でも、長く苦しまずに亡くなったことは、本人にとってよかったんじゃないだろうか。

母には長生きしてほしい。

けれど、それは自分の“エゴ”なのかもしれない。

母自身が持つ命の力が尽きた時が、その時なのかもしれない。

気持ちの整理がつき始めていた和子さんは、医師の提案を自然に受け入れることができました。

せめて最期の時だけでも

一方の施設側は、コロナ禍であっても、せめて最期を迎える時間だけでも家族が一緒に過ごせないか、準備を進めていました。

「看取りケア」を選択した高齢者と家族は、対面で面会できるようにする。

ほかの入所者と面会する家族が接触しないよう、施設の入り口近くに面会室を設ける。

面会時間は20分に限る。

1年前の去年1月から、看取りケアを選択した家族に限って、基本的な感染対策を徹底したうえで対面で面会できるようにすることにしたのです。

背景には、施設側の苦悩がありました。

家族が直接会って、お互いの表情を見たり声を聞いたりすれば、入所者の表情が豊かになって体も元気を取り戻す。

コロナ禍前は、そんな場面を何度も目の当たりにしてきました。

でも今は、それができない。

もしも入所者が感染すれば、大切な家族を失う人たちが出てきてしまうかもしれない。

それでも、なんとか家族どうしが直接会える機会を作ることができないだろうか。

感染対策で面会を制限する中、入所する高齢者たちが家族に会えない状況に、もどかしい思いを感じ続けていたのです。

せつ子さんが入所する施設の施設長を務める野崎直良さんは、今回の判断について、入所者の命を守る感染対策は当然大事だと強調した上で、次のように話しました。
施設長 野崎直良さん
「介護施設は、ここで生きていく、生活をしていく、そして最期を迎える場所なわけですから、通常のケアはもちろんですが心理的なケアもものすごく大事だと思っています。社会のコロナへの対応もどんどん変わっていく中で、介護施設も一律に“面会禁止”ということではなく、できる限り面会できる方法がないのか考える時期にきていると思っています」
一方で、同じような判断をした施設はまだ多くありません。

厚生労働省は2021年11月、全国の施設に対して、対面の面会については、面会者からの感染を防ぐことと、入所者・家族のつながりや交流が心や体の健康に与える影響を考慮し、地域における感染状況なども踏まえ「可能な限り安全に実施できる方法を検討すること」とする通知を出しました。

しかし、入所者や職員が感染した時のことを考えると、踏み切れない施設が多いのが実情です。

握りしめた手から伝わるもの

今、和子さんはせつ子さんと対面で会うことができるようになっています。
月に1度、施設を訪れ、マスク越しであるもののせつ子さんの顔を直接見て、様子を確認しています。
痩せて細くなった母の手。

それでも、握っているだけで通じ合えている気がする。

今日は握る力が強いな。

まだ頑張ってくれそうだな。

あれ、今日はちょっと弱いな。

少し元気ないのかな。

手を握るたび、そんなことを考える和子さん。

耳元で声をかけると、元気だった頃のせつ子さんのことを思い出すときもあります。
せつ子さん「ネックレス素敵」

和子さん「いいでしょう?お母さん選んでくれたんだよ」

せつ子さん「そう?」

和子さん「うん、すてきだから買ったらって」
おしゃれが好きだったせつ子さん。

一緒に買い物に行くと「こっちの方がいいんじゃない」とよくアドバイスをしてくれました。

編み物も得意で、和子さんが学生の頃、制服の下に着るニットベストを作ってくれました。

体調が悪くても学校に行きなさいって言われたな。

厳しいところもあったな。

そういえば、いちごサンドが好きだったな。

元気になったら食べさせてあげようかな。

直前まで反応が薄くても、和子さんが会いに来ると体調が持ち直すこともあるせつ子さん。

和子さんは、そんな母を見ていると、母が頑張っているんだから自分も頑張らなきゃと、力をもらっているのだといいます。
和子さん
「あと何回、母の手を握れるかわかりませんが、むしろ、今は私の方が元気をもらっています。こうして直接面会して、お互いにふれあわなければ、そんな気持ちになれていないと思います。こういう機会、時間をこれからも大切にしたいですし、できる限り対面の面会が続いてほしいと思います」
社会部 記者
大西咲
平成26年入局
熊本局、さいたま局などを経て社会部で厚生労働省を担当