どうなる?ことしの経済 世界からの警鐘

どうなる?ことしの経済 世界からの警鐘
「深刻な問題はいまも進行中で、インフレはまだ収束しない」

世界経済の変化を読み抜いてきた伝説の投資家のことばです。一方、インフレの出口は見えつつあるとの見方も。

2023年が始まりました。
ことしの世界経済はどうなるのか?
アメリカの景気後退はあるのか?

国際経済や金融を知り尽くした海外の3人のプロに深い話を聞きました。

(アメリカ総局記者 江崎大輔、アジア総局記者 影圭太)

米景気後退 その兆候すでにあり

1人目のプロは投資家のジム・ロジャーズ氏です。トレードマークの蝶ネクタイ姿でシンガポールでのインタビュー会場に現れました。
ネクタイにはかつてみずからも登頂したことがあると言う富士山をモチーフにしたデザインが施され、知日派であることをさりげなくアピールしていました。

まず、アメリカの景気後退の可能性について、次のように話しました。
ジム・ロジャーズ氏
「アメリカは最後の景気後退からは13年がたっている。歴史上、これほど長い期間、経済に問題を抱えなかったことはかつてない。アメリカ経済は景気後退に陥ろうとしており、その兆候は現れている」
伝説の投資家とも呼ばれるロジャーズ氏。

1970年代に大物投資家ジョージ・ソロス氏とともにアメリカでヘッジファンドの先駆けともされる「クォンタム・ファンド」を立ち上げて、10年間で3000%とも4000%とも言われる驚異的な投資リターンをあげたことで知られています。
大学で歴史学や哲学を学んだロジャーズ氏は大局的な観点から各国経済情勢を分析して投資することで知られ、その市場の見方はいまも金融関係者から注目を集めています。

緩和マネーでインフレ進行中

続いてロジャーズ氏にインフレと景気の行方を尋ねました。

2022年は世界的に記録的なインフレが続き、それを抑え込むために特に欧米の中央銀行が急速な利上げを進めてきました。

インフレは収束するのか、アメリカが景気後退に陥ることなくインフレ抑制に成功する、軟着陸=ソフトランディングができるかどうかは、ことし・2023年の世界経済の焦点となっています。
ロジャーズ氏
「世界の中央銀行は(利上げの前の)過去数年間の金融緩和によって歴史上まれに見る規模の資金を供給してきた。これが将来、より深刻な問題になると考えなくてはならない。(各国の利上げで)この問題は1年で解決できるものではなく金利はわずかに引き上げられたにすぎない。アメリカが深刻なインフレに悩まされていた1970年代や80年代には金利はもっと高かった。深刻な問題は進行しているところで、インフレはまだ収束しない」
ロジャーズ氏は各国中央銀行が利上げ以前に行っていた大規模な金融緩和で大量のマネーが世界にあふれたことがインフレの根本にあるとし、去年から始まった利上げの水準ではまだインフレを抑え込むには不十分だと主張します。
ロジャーズ氏
「金融緩和環境で新規に参入した投資家たちは気楽に資金を投じ、資産価格を上昇させてきた。しかし、本来あるべきよりも多くの工場を建設し、需要を押し上げ、過剰な消費を生み出している。資産配分の不均衡が起きてそれがインフレをもたらしている」

インフレはピークアウト?

2人目のプロはアメリカの格付け会社傘下の経済調査会社「ムーディーズ・アナリティックス」で世界経済の動向を分析するエコノミスト、マーク・ザンディ氏です。
アメリカのインフレについて、次第に和らいでいくという見方を示しています。
ザンディ氏
「2023年を通じて、新型コロナがサプライチェーンや労働市場に与えていた打撃が正常化の道をたどり、ロシアのウクライナ侵攻によってもたらされた原油価格や商品価格の上昇が落ち着くにつれてインフレは和らいでいくとみている。アメリカの消費者物価指数の上昇率は2022年6月に9%台をつけたが、2023年末にはその半分以下、4.5%以下にまで下がると予測している」
ただ、ザンディ氏はインフレを抑え込むためにFRB=連邦準備制度理事会が果敢に利上げを行った代償は大きいと見ています。
ザンディ氏
「FRBが急激に利上げを進めている今の環境下では、アメリカの景気が後退するリスクは非常に高い。2023年は景気後退は避けられないとは言えないまでも、どんなシナリオでもアメリカ経済は弱くなり、不快な思いをすることになるだろう」

景気後退でも程度は軽いか

仮にアメリカが景気後退に陥った場合、どの程度のものになるのか。

ザンディ氏はエコノミストらしく、豊富な経済データを示しながら過去の平均的な景気後退よりはひどいものにならないだろうと分析しています。
ザンディ氏
「アメリカは第2次世界大戦のあと12回の景気後退を経験した。そのデータから典型的な景気後退は10か月間続き、ピーク時からGDP=国内総生産は3%下落した。今の経済状況にあてはめると400万人から500万人の雇用が失われ、失業率は3.7%から6%ぐらいに上昇するということになるが、今回、景気後退に陥ったとしてもそれよりは軽いもので済みそうだ」

「欧州中銀は間違いを犯した」

3人目のプロはアメリカ政府や議会に政策提言をしているシンクタンク、ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長です。
かつてイギリスの中央銀行、イングランド銀行の金融政策委員を務めた経験もあります。

FRBの利上げについて、6月まで続く可能性があるとしています。
ポーゼン氏
「FRBは2月か3月あたりでいったん利上げをとめて、追加利上げをすべきか検証しようとするだろう。残念ながらFRBはそのあとも利上げを続けると私は思う。6月までに政策金利を5.75%か6%まで引き上げて、そこで利上げ停止ができるようになる」
6月までにFRBは4回、金融政策を決める会合が予定されています。この予想に基づけば0.5%の利上げを2回、0.25%の利上げを2回行う計算になります。

かなり金融引き締め的な見通しといえるでしょう。
一方、ポーゼン氏は、ヨーロッパ中央銀行の利上げについては「大きな間違いを犯している」と指摘しています。

ヨーロッパはアメリカ以上に厳しいインフレに見舞われていますが、ヨーロッパ中央銀行の政策の何が問題だというのでしょうか。
ポーゼン氏
「ユーロ圏では、アメリカにおけるような労働市場の混乱はとても少ない。アメリカで起きた賃金の大幅な上昇は起きていない。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻によるエネルギー危機の影響を受けていたが、エネルギー価格は下がってきている。ヨーロッパ中央銀行はことしの最初の数か月を、おそらくは止めるべき利上げに費やそうとしている。私はそれが軽度の景気後退をもたらし、さらに悪化させることを恐れている」
賃金インフレが原因でないのに行き過ぎた金融引き締めを行おうとしているというのがその理由だとしています。

金融政策は効果が現れるまで時間がかかるため、もし過度な引き締めを行うことになれば景気に及ぼす悪影響は大きくなる可能性があります。

日本経済 よい年にならない?

そして気になる2023年の日本経済の行方について。

ザンディ氏は、ことしは試練の年になるとの見方を示しています。
ザンディ氏
「ことしの日本経済は、世界のほかのほとんどの国が厳しい年になるのと同じように、苦しい戦いになるだろう。物価上昇率を引き下げるために、世界の多くの中央銀行が政策金利を引き上げているところだからだ。このため、あらゆるところで経済が減速している。さらに経済大国の中国の経済も新型コロナが課題となり厳しい状況となっていて、経済が立ち直り再び成長するまでには時間がかかる。日本経済にとってはよい年とはならないだろう」

人口減少では経済成功せず

一方、ロジャーズ氏は、日本の構造的な問題に切り込み、警鐘を鳴らします。
ロジャーズ氏
「人口減少が続いていることは問題だ。また、政府債務が毎年、急激に増加していること、そして金融緩和を続けていることは成功につながる経済運営とはいえない」
ロジャーズ氏が重視しているのは市場の成長力で、人口減少が続く国は市場が縮小し、投資魅力が高まらないことを強調しています。

著書では次のように日本の暗い見通しを語っています。
ロジャーズ氏
「日本の将来を考えたとき、ものすごい勢いで子どもを増やすか、移民を受け入れるかとんでもないスピードで借金を減らすかしないかぎり、この先も安全で豊かな社会が続く見通しは絶望的だ。(中略)大多数の中間層は今よりも貧しくなる」(近著「世界大異変」より)

最大のリスクは何か?

そして最後にことしの世界経済の最大のリスクは何なのかを3人に聞きました。

ザンディ氏が挙げたのはロシアによるウクライナ侵攻でした。
ザンディ氏
「ロシアが暗黒の道に落ちれば、原油価格は再び急上昇する。それは現実的な問題となりうることで、2023年に世界経済はほぼ確実に景気後退に陥ってしまう」
ロジャーズ氏は、中央銀行だと指摘しました。
ロジャーズ氏
「中央銀行はこれまでの金融緩和で資金供給を行いすぎている。いいニュースが飛び込んできて物価上昇が落ち着くと中央銀行は『われわれの成果だ』といい、再び緩和方向に動き始める。そうすることでインフレが再燃するだろう」
そしてポーゼン氏は、金融システムの問題を挙げています。
ポーゼン氏
「多くの国の金融システムはかつてと比べると安全で安定したものになっているが、金融システムの規制が緩い一部で、不良債権の規模は私が理解するより大きいかもしれない」
ことし「世界経済が厳しい局面に入る」という見方では一致している3人。

日本経済は世界に組み込まれています。

各地で起きる一見すると小さな動きにもゆさぶられる可能性が十分にあり、2023年は去年以上に注意深く、異変の兆候に目を配ったほうがよさそうで、私たち海外に駐在する記者も全力で取材にあたりたいと思います。
アメリカ総局 記者
江崎 大輔
2003年入局 
宮崎局 経済部 高松局を経て2021年夏から現所属
アジア総局 記者
影 圭太
2005年入局
経済部で金融や財政の取材を担当し、2020年から現所属