ビジネス特集

賃上げをどう実現したのか?企業改革から見えたヒントとは

ことしこそ給料は上がるのか。40年ぶりという記録的な物価上昇を受けて、賃上げへの期待感が高まっています。こうした中、企業の間では、稼ぐ力をつけ、賃上げの原資を生み出そうという試みが始まっています。(賃上げ取材班 甲木智和 宮崎良太 紙野武広)

工事現場にドローン

鹿児島県霧島市で行われている造成工事の現場。空中をドローンが飛んでいました。
市内にある従業員95人の建設会社「ヤマグチ」が力を入れているのは、IT技術などを活用した生産性の向上です。

このドローンとレーザースキャナーを用いて、測量を行い、図面を作成します。
この工程は、これまで複数人で行っていましたが、最新の機器の導入で1人で担当することが可能になりました。2週間ほどかかっていた作成までの期間も数日程度にまで短縮されました。

さらに図面のデータは、重機に送られ、そのまま読み込まれます。傾斜のついた地面をならしたり土を運んだりする工程も自動化され、作業が大幅に効率化しました。

一連の設備投資には5000万円ほどかかりましたが、人手に余裕が生まれて次の工事に早く取りかかれるようになり、受注件数も増えました。
建設現場では、去年春ごろから鉄骨などの資材価格が急激に高騰し、コロナ禍前に比べて4割近く仕入れコストが上がっていますが、安定して利益を確保できているということです。

この会社では、これまでも積極的に賃上げに取り組んできましたが、ことしはさらなる賃上げを予定しています。建設業界で人手不足が深刻化する中、優秀な人材の確保にもつなげたい考えです。
ヤマグチ 山口秀典副社長
山口秀典副社長
「しっかりを賃上げを行い従業員が安定して家族と一緒に生活していける状況を整えていかないと会社経営も成り立っていかない。その原資を確保するために、どうやって生産性を上げていくかというところが重要だと思います」

若手登用で改革を

思い切って若手を登用し、既存の仕組みを見直したり新しいアイデアを取り入れたりしたりすることで、業績を向上させ、賃上げを目指そうという中小企業もあります。
東京 目黒区にある従業員16人の金属加工会社「佐藤製作所」。医療機器や通信機器などに使われる部品を生産しています。

この会社では、以前は平均年齢が60歳に迫るほど社員が高齢化し、「削る」「曲げる」「接合する」といった細かい工程ごとに担当の社員が固定化するなど、生産体制が硬直化していたといいます。

こうしたベテランの技術に頼ってきた状況から脱却しようと、会社が取り組んだのが、若手の登用です。

新卒者などを積極的に採用して、特定の技術に特化するのではなく、幅広い技術を身につけさせました。そして、一部の社員に負担が集中したり急な注文が入ったりした場合に、人の配置や仕事の配分を柔軟に変更できるようにしました。
また、若手からの意見を踏まえて、数千にもおよぶ部品の仕入れ先を一つ一つ見直すなど、従来のしきたりの改善にも取り組みました。

こうした結果、納期の遅れの解消やコストの削減につながり、長年続いてきた赤字を黒字に転換できたといいます。

女性ならではの視点も

若手の登用は、期待以上の効果も生み出しています。

その1つが、23歳の女性社員が2021年に始めたSNSでの情報発信です。
修理した雑貨を画像付きで紹介すると身の回りの製品を修理してほしいという依頼が急増。これまであまりなかった個人客の獲得につながっています。

さらに、加工の過程で余った銅やしんちゅうを材料にアクセサリー作りに挑戦するなど新たな商品開発にも取り組もうとしています。
23歳の女性社員
「女性にしか気づけない部分もあると思います。金属加工の技術をいかしてもっとできることがあると広めていきたいです」
会社では、利益はなるべく社員に還元し、若い人たちにとって魅力のある会社にしたいと考えていて、ことしは最低でも2%から3%の賃上げを実施したいとしています。
佐藤製作所 佐藤修哉 常務取締役(36)
佐藤修哉 常務取締役
「固定概念にとらわれることなく柔軟に物事を考える若い人たちがたくさんいたおかげで新しいことに挑戦することができた。今後も若い力が必要で、そのためにも賃上げを実現していきたい」

年収“2割増”その戦略は

「年収を最大で2割引き上げる」。

大手精密機器メーカーのニコンは去年10月、専門性の高いスキルや知識を持つ人材などおよそ800人を対象に年収を最大で2割引き上げました。これらの社員を含め、本社や工場勤務などの5000人の賃金は平均で3%アップ。

こうした賃上げの背景にあるのは、生き残りをかけた会社の戦略です。
「一眼レフカメラ」で知られますが、スマートフォンの普及でカメラの需要が大幅に低下する中、会社では成長産業への参入に力を入れています。

ニコンで人事制度改革を担当する田島一郎さんは、それを支えるのが「大胆な賃上げ」だといいます。
ニコン 田島一郎さん
「事業を伸ばしていく源泉は人材だと思います。変化が激しい中、新しいビジネスに必要なスキルや能力というのは社内ではすぐに育っていかないので、そのギャップを埋めるには短期的には社外からいろんな方に集まってもらう必要がある」

専門人材が新規事業を後押し

賃金を引き上げれば優秀な人材が集まる。

会社がそう見込んで採用した専門性の高い人材たちは、企業の“稼ぐ力”の強化につながろうとしています。

去年1月にキャリア採用された、由比藤崇さん(49)。
由比藤崇さん(右)
大手電機メーカーにおよそ20年間勤務。技術面での専門性などが認められ、会社が成長を見込む材料加工の分野で、事業開発のリーダーを務めています。

取り組むのは、脱炭素化につながるビジネスの開発。特殊な加工で摩擦抵抗を減らすフィルムなどを活用し、航空機の燃費改善など、可能性を探っています。
転職前より労働時間は増えましたが、その分、賃金も上がったということです。10月からの大幅な賃上げもモチベーションの向上につながると話しています。
ニコン次世代プロジェクト本部 由比藤崇さん
ニコン 由比藤崇さん
「私の今のミッションは新規事業を立ち上げることなので、それをやりきるということで会社に貢献できると考えています。やはり頑張らなきゃという思いも自然に出てきますね」

入社社員の半数以上はキャリア採用

会社では大幅な賃上げや収益性の向上につなげるために終身雇用や年功序列を前提とした人事制度の見直しを進めてきました。
2018年に「ジョブ型」を導入。
「ジョブ型」は社内の職務ごとに役割や必要なスキルを定め、賃金は社員のスキルや仕事の成果に応じて決まります。

さらに採用も大きく変えました。
入社する社員の半数以上は、転職などのキャリア採用。2020年から2022年までのキャリア採用社員の入社時の年齢は30代と40代で合わせて76%。専門性の高いスキルや知識、豊富な経験を持った人材を積極的に採用しています。

経営の好循環を作り出す

会社が日本型の人事制度を見直したことで社員にとっては厳しい面もあります。

たとえば年齢や勤務年数などにかかわらず賃金の差が広がることになり、一部の社員にとってはモチベーションの低下につながる可能性もあるとしています。

ただ、こうした人材への投資を加速することで、構造的な賃上げや経営の好循環を生み出したいといいます。
ニコンで人事制度改革を担当 田島一郎さん
ニコン 田島一郎さん
「仕事の大きさ、役割の大きさによって給料が決まるとそれまで積み上げたものが必ずしも反映するというわけではなくなってしまいます。そのためそれに対する対応というのが大変だったとは思います。より競争の激しい環境にさらされる中ではやっぱり必要な改革なのかなと思います」

春闘がスタートへ

記録的な物価の上昇が続く中、ことしの春闘は今月下旬から事実上スタートします。

基本給を引き上げるベースアップの実施を決める企業が相次ぐなど、賃上げに向けた機運は例年になく高まっているといえます。賃上げが実現できなければ人材の確保が難しくなり企業の経営を続けられないという声も聞かれます。

賃上げの動きがどこまで広がるのか。そして物価上昇に見合った水準の賃上げとなるのか。

取材班では今後も取材を続けていきたいと思います。
経済部記者
甲木 智和
2007年入局
経済部、大阪局を経て現所属
財界・商社取材を担当
社会部記者
宮崎 良太
2012年入局
山形放送局を経て現所属
厚生労働省などを取材
社会部記者
紙野 武広
2012年入局
釧路放送局、沖縄放送局、国際部を経て現所属

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