毛が嫌われている!? “脱毛ブーム”いったいなぜ?

毛が嫌われている!? “脱毛ブーム”いったいなぜ?
私は大阪放送局のディレクターをしている27歳。

同年代の仲間のあいだでは“脱毛”がブームです。

数か月前、定期的に脱毛クリニックに通っている同僚から、「紹介キャンペーンで割引き中だから一緒に行かない?」と誘いを受けました。

これをきっかけに思い出してみると…。

確かに、毛が多くて悩んでいる友人がいたり、私自身も机に毛が落ちていた時に「不潔だ」と言われたり…。

街の看板や鉄道の中、そして、インターネット上で脱毛クリニックの広告をよく目にします。

それも“男性向け”が多くなった印象を持ちました。

いつの間に“毛”が嫌われるようになったのでしょうか。

性別や世代を超えた“脱毛ブーム”の背景を取材しました。
(大阪放送局ディレクター 佐々木祐輔)

男性専門の脱毛クリニック 休日は盛況

まず向かったのは、大阪の繁華街、梅田にある脱毛クリニック。

ここは『男性専門』です。

取材した日曜日は大盛況。

午前11時の開院と同時に続々と客がやってきました。
この脱毛クリニックは全国で22院を展開しています。

合計で1か月に6万人が訪れており、3年前の3倍に増加しているということです。

脱毛する理由をみなさんに聞いてみました。

腕の脱毛に来た32歳の会社員。

脱毛クリニックに通うようになったのは去年の夏です。
会社員(32)
「女性の意見を加味して脱毛をやっています。つるつるのほうがいいよね、清潔感があるほうがいいよねって女性の友達も言っています。脱毛したあとは、肌きれいやねって言われたりとか、見た目より若いと言われたりとか、気づいてもらえるんです」
3年間で50万円以上を脱毛に投じてきた男性にも出会いました。

きっかけはヒゲの脱毛でしたが、しだいにその箇所は腕や足に広がっていったといいます。
公務員(34)
「最初は手入れがしたくないっていう一心でクリニックに来ましたけど、一回毛をなくすと、『ここもいらないんちゃう?そこもいらないんちゃう?』と感じるようになりました。無毛でつるつるの肌が憧れです」
客層は若者だけではありませんでした。

58歳の男性は、年齢を重ねるにつれて長くなってきた耳の毛が気になって来院。

将来的には、介護を受ける備えとしてアンダーヘアの脱毛を検討しています。
会社員(58)
「耳の毛は自分でそっていましたが、最近、脱毛クリニックの存在を知って申し込みました。私の若いころは、腕に毛が生えてようが、胸毛が生えてようが気にすることはありませんでしたよ。長嶋茂雄さんや加山雄三さんも胸毛が生えていましたし。やっぱり時代なんでしょうか」

“かっこいい”の意味合いが変化?

男性のことばを手がかりに、次に向かったのは大手男性化粧品メーカーです。

時代とともに、毛に対する捉え方が変わったのではないか。

このように質問したところ、「ヒントになるのでは?」と見せてくれたのは、広告でした。

昔と今を見比べてみると…。
1970年代の広告はたくましいヒゲが印象的。

「懐かしい」と感じる方も多いのではないでしょうか。

一方、最新のものは、肌がつるつる。

「かっこいい」の意味合いが時代とともに変わっていると感じました。
大手男性化粧品メーカー 広報担当 奥啓輔さん
「5年ほど前から男性の見た目への意識が急激に変化しています。特に、20代前後の男性に顕著で、よりよい肌を目指すようになってきています」

「子ども」にも広がる脱毛 多感な年ごろゆえ?

取材を進めるなかで、脱毛が広がっているのは男性だけではないことが分かりました。

それは、「子ども」でした。

子どものころからクリニックに通わなくてもいいのでは…と疑問に感じ、子どもたちに話を聞いてみました。

中学2年生の女性は母親とともに脱毛クリニックに訪れていました。
脱毛したいと考えているのは、ひざ下とひじ下。

バレーボール部に所属しているそうですが、『半そで半パン』になったときに露出する部分が気になるというのです。
中学2年生の女性
「肌が出ている部分に毛があると清潔感がないと感じます。学校の友達も脱毛サロンに行っています。ほかにも、好きなユーチューバーが動画内で『この前、どこのサロンに行ったよ』『効果があったよ』と言っているのも見ました。それで興味を持つようになりました」
一方、子どもが脱毛に関心を示すのではなく、『母親が子どもに脱毛を勧める』ケースがあることも分かりました。

すでに脱毛をしたという親子を取材することができました。

母親は娘が中学生になったころから体毛を気にする姿が気がかりでした。
母親
「やっぱり1人だけ毛が濃いと、恥ずかしいでしょうし、からかわれるんじゃないかなって心配しています。私も体毛が濃いので、『一緒にせえへん?』って声をかけました」
娘(中学2年生)
「部活の仲間は手入れしている人が多いので、自分だけ浮いちゃうなと感じていました。なんか嫌だな~とコンプレックスがありました」
費用は2人合わせて23万円。

高額だと感じましたが、「娘の不安が拭えるなら」と、皮膚科での脱毛を決断しました。

子どもたちが脱毛する背景には、多感な年ごろゆえの事情がありました。
この親子が通っている皮膚科の医師・花房崇明さんは、未成年の脱毛の需要が多いことに驚きを隠せません。

花房さんは、未成年の脱毛では親の同意だけでなく、なぜ脱毛したいのか、子どもたちから理由を聞いたうえで施術するかどうかを判断しています。
花房崇明 医師
「私も学生時代、毛が濃いことをいじられて嫌な思いをしました。未成年の脱毛を推奨しているわけではありませんが、自信を持って学校に行けて明るく暮らせるようになればいいと思っています。また、ニキビやアトピー、肌荒れに悩んでいる人の煩わしさが減ればいいと思っています」
そのうえで、花房さんは「脱毛は現状、生えている毛に対して効果があるものの、成長期の段階では新たに毛が生えてくることがあると理解しておいてほしい」と話していました。

老若男女が脱毛 背景を聞くと…

性別や世代を超え、このような意識や行動の変化を生んだ背景には何があるのでしょうか。

2人の専門家に聞いてみました。

化粧やファッションを研究している川野佐江子さんは、写真や動画を誰でも簡単に発信できるSNSの普及が影響しているといいます。
大阪樟蔭女子大学 川野佐江子教授
「SNSが身近になるにつれ、『自分をどう見せるか、見られるか』ということが、『自分って何?』という問題と結びついてきた。『見られている』ということを無意識に知っている状態が、脱毛する気にさせるのかなと思う」
文化人類学者の磯野真穂さんは、ネット上にあふれる広告が強く影響していると捉えています。
文化人類学者 磯野真穂さん
「ネットに出てくる広告の多くで、『毛があると不潔だ』という印象をあおる文言が使われている。大学生のSNSのタイムラインに出現する広告を見せてもらうと、『彼氏ができたが、毛が生えていて嫌な顔をされた』とか、『就活の面接で、足に毛が生えているのを見られて印象が悪くなった』といったストーリーが描かれていた。毛をなくせと指摘されているわけではない。ただ、脱毛のプレッシャーがかけられている」
さらに、オンライン化でむだを省き効率を求める風潮も影響していると指摘します。
文化人類学者 磯野真穂さん
「『むだなものを全部そぎ落としていこう』という考えと『ヒゲなんて生えてきたら邪魔だよね、むだじゃん』という考えは、つながっている。つるつるの体というのは、『むだなものをそぎ落として合理的に生きていきたい』という、まさにオンライン化された社会の欲望を象徴している」

若者のトラブルが急増 利用時の注意点は?

“脱毛ブーム”のなかで、私たちが気をつけておきたいことがあります。

契約をめぐるトラブルです。

国民生活センターには、10~20代の若者を中心に、脱毛エステについての相談が多く寄せられています。

「広告に掲載されていた数千円の施術を予約したが、店に行くと数十万円もする高額なコースを勧められた」「脱毛エステの体験に行ったが、体験後に契約を勧められた。断ったが強引に契約させられた」というケースがあったそうです。

神戸市消費生活センターは経営状況の悪化に伴うトラブルが増えていると警鐘を鳴らしています。

「利用しているサロンが破産したが、まだ契約期間中で施術回数が残っている」「解約したいけれど、事業者と連絡がつかない」といったケースが寄せられているそうです。

どのように対策すればよいのか、神戸市消費生活センターに聞きました。
▼「回数無制限」などの広告をうのみにせず、実際の契約内容をよく確認する
▼自分の支払い能力に合っているのかよく考え、いったん冷静になってから契約をする

“自分のスタイル”が受け入れられるように…

調べてみると、予想以上に広がりを見せていた脱毛。

体毛が悩みや生きづらさにつながっているのだとしたら、脱毛するのも選択肢の一つだと感じました。

一方で、毛が“嫌われ始めた”のはごく最近で、そこには時代とともに移ろう価値観の変化がありました。

こうした社会の風潮により、「脱毛しないといけない」という同調圧力が高まっていると感じました。

それはかえって窮屈な社会になっているのかもしれません。

自分の好きなスタイルが受け入れられるような社会になってほしいと感じました。
大阪放送局ディレクター
佐々木祐輔
平成31年入局
「おはよう日本」を経て大阪放送局へ
若者の価値観の変化を中心に取材中