「作付けをやめる」年の瀬の風物詩に何が

「作付けをやめる」年の瀬の風物詩に何が
年の瀬を迎え、年越しそばの準備を始めている家庭も少なくないのではないでしょうか。水に弱く気候の影響を受けやすいことから、作付けが難しいそば。コメに代わる作物として年々増産してきた秋田県では、そばの農地の6割で「作付けをやめる」という驚きの調査結果も。いったい何があったのでしょうか。(秋田放送局記者 横山祐)

コメの転作で「そば」生産が拡大

9月から10月に収穫期を迎える秋そば。コシのある麺に冷たいつゆをかける「西馬音内そば」が名物の秋田県羽後町では、新そばが出回る11月、地元のそば屋に多くの人が訪れ、地元で収穫されたばかりのそばの豊かな風味を楽しんでいました。
このそば、コメに代わる転作作物として秋田県で生産が拡大しています。

収穫までの期間が短く、中山間地域でも育てやすいこともあって、2011年に2540ヘクタールだった作付面積は、2021年には4240ヘクタールと、10年で約1.7倍に拡大しました。
全国で4番目の広さとなっていて、主に関東に出荷されています。農林水産省によりますと、9割近くが水田に作付けされています。

背景にあるのは国の生産調整です。

国はいわゆる「減反政策」を1971年から本格的に始め、およそ50年にわたって続けてきました。

2018年に廃止されましたが、コメの消費が減り続ける中、生産が需要を上回る状態は続いていて、国は転作を推し進めています。

ことしの秋田県内の主食用米の作付面積は6万9100ヘクタールとこれまでで最も小さくなりました。

転作を促されてきたはずが…

しかしこのそば、生産の危機に直面しています。

国が主食用米からの転作を促すため農家に支払ってきた、いわゆる「水田活用交付金」の対象が今年度から見直され、厳格化したのです。
この交付金は、もともと「転作奨励金」であり、水田での転作を促し、コメの過剰生産を抑えるために始まった制度です。転作作物ごとに交付単価が設定され、作付面積に応じて支払われています。

この交付金について国は2022年度以降、5年間に一度も水を張っていない農地を対象から外す方針を決めました。

交付金を受け取るためには、1か月以上コメを作付けするのと同じ程度、水を張る必要があります。

今回の方針転換について国は、コメの生産ができない農地やコメ以外の生産を続けている農地を交付対象から外し、対象を明確化するねらいがあるとしています。
その結果、水に弱く、一度でも農地に水を入れると栽培が難しくなるそばは、事実上対象から外されることになったのです。

そばは単価が安く、気候の影響を受けやすいことから、交付金がないと利益を出すのが難しく、交付金を頼りに転作を進めた農家が多いため、大きな岐路に立たされることになったのです。

6割が「作付けをやめる」

秋田県南部にあり、県内でも最大のそば生産地である由利本荘市。

自治体も後押しして水田の排水対策の強化に力を入れ、市内の水田におけるそばの作付面積は5年で1.5倍に拡大しています。
そばに転作する農家が増えたことから、この地区では、そば生産者で作る農業法人を7年前に設立。

100人ほどの会員は、全員もともとはコメ農家でした。国の方針転換に戸惑っています。

県がことし6月に実施した交付金の見直しに関する調査では、回答した農家の多くが、今後、「そばの作付けをやめる」と答えました。作付面積では、60%にものぼります。
コメの価格が下落していることや、すでに排水対策が徹底されていること、それに、コメの栽培に使う機器をすでに手放したという農家もあり、転作した農地を水田に戻す農家は少ないとみられていて、耕作放棄地が増える懸念も広がっています。
小野 代表
「急に田んぼだから水を張れと、そういう乱暴な言い方は農家を切り捨てるという風に聞こえます。そばの単価は、たかがしれているので、補助金がないと作付けする人はそんなにいないと思います。小さい農家はやめていく、農業をやめる人が出てくるのではないかと思います」

持続可能な転作に 今後必要な支援は

秋田県内のそばの生産者でつくる協議会は、地域の実情にあった制度にすることや、意欲を持って生産活動に取り組める新たな支援策を講ずるよう、訴えています。
猪岡 会長
「われわれ農家としても、なんとかして生産性を上げられればという風に日々営農活動をしていたところです。農地をそばで守っているという自負もあるので、そばの食料の自給率を上げるためにも国の支援をわれわれは一番望んでいます」
こうした声を受けて、国は「水田活用交付金」の条件での交付が難しいそば農家に対し、畑作化の定着支援として、5年間に限って別の交付金を給付することを決めました。

「水田」を活用する形ではなく、「畑」として正式に登録したそば農家を支援するというものです。

農業経営に詳しい秋田県立大学アグリビジネス学科の鵜川洋樹教授は、農家が長期的な計画をたてられるような支援を考えていく必要があるとしています。
鵜川教授
「食料の安全保障が重要だと言われているなかで矛盾した政策になってしまいます。水田で作っても畑で作っても同じ交付金で支援するほうがすっきりすると考えます。将来的にはコメの生産調整と切り離した作物の振興策を考えていくべきです」

追い打ちをかける物価高騰

こうした事態にさらに追い打ちをかけているのが物価高騰、生産に必要な肥料や軽油のほか、輸送に使うガソリン、そばの実を乾燥させるのに使う灯油などの費用が上昇しています。
先述した由利本荘市の農業法人で多くの農家が使用している肥料は、7月と11月の2度にわたり値上げ。

2021年は20キロ当たり1700円ほどの価格だった肥料が、2023年にはおよそ2倍の3500円ほどになる見通しで、生産者たちの先行きは一層不透明になっています。
国の減反政策にもとづいて、各地の農家が試行錯誤を繰り返して作物を選定し、秋田ではそばに適した環境づくりが進められてきました。

ウクライナ情勢などをきっかけとして、食料の安全保障強化の議論が盛んに行われるようになった中で、どうすれば農家の人たちが腰を据えて生産を続けられるのか。

その在り方を考えていく必要がありそうです。
秋田放送局記者
横山祐
2020年入局
警察取材を担当後、横手支局を経て医療や農業などを取材

注目ポイント:佐藤庸介解説委員(食料・農林水産担当)

Q.「水田活用交付金」をめぐる混乱。ほかの地域はどうなのでしょうか?
A.北海道や岩手県などの東北地方を中心に反発が広がり、慎重な見直しを求める意見書が各自治体の議会で相次いで提出されています。国の減反政策を受けて、水田に稲を作付けせず、ほかの作物を作る「転作」の割合が多い地域で、特に反発の声が大きくなっています。

Q.どうして農林水産省は、このタイミングで方針を変更したのですか?
A.この交付金はその名のとおり「水田」を対象としたものなので、水田の機能がなくなった農地を対象から外すことはおかしなことではありません。実際に農林水産省が交付金の対象を定めた「要綱」を変えたのは、2017年で、その際に都道府県には通知したとしています。ある都道府県の担当者に聞きますと、実際に説明会も開かれ、少なくとも地域の代表者に対しては情報の周知は行われていたということです。

ただ、地域によっては各農家への情報の周知が丁寧に行われていなかったうえ、農林水産省も情報が伝わっているかどうか、十分に確認していなかったことが農家への不安につながったと言え、政策の実施にあたって反省すべき点です。

Q.今回の問題の根本には何があるのでしょうか?
A.主食用のコメの需要の落ち込みが続いているにも関わらず、水田に対する支援が特別に手厚いままだからです。

そばにニーズがあるなら、本来はベストな条件で作るため、畑に変えるのが合理的です。しかし、水田への手厚い補助を前提にすると、農家の側もそれを前提に経営を考え、畑に変えようという動機は持ちにくいのが現実です。

現場には、政策がコロコロ変わるのではないかという、不安の声が根強くあります。農林水産省には、水田から畑への転換を進める方針は今後も揺らぐことはないというメッセージを強く打ち出したうえで、水田が特別に有利な状況を見直し、農家が腰を据えてコメ以外の作物に取り組めるよう、支援の枠組みを整えることを望みます。