日産とルノー “成功例”の提携なぜ見直し? 交渉の舞台裏

日産とルノー “成功例”の提携なぜ見直し? 交渉の舞台裏
「アライアンス、動くよ」
ことし8月、関係者の1人が私たちに耳打ちした。長年にわたって提携関係にある日産自動車とフランスのルノーが、資本関係の見直しに向けて、交渉を水面下で進めているというのだ。カルロス・ゴーン氏が主導し、“成功例”と言われてきた両社の提携だが、なぜ今、日産は見直しに動こうとしているのか。今も続く交渉の舞台裏に迫った。(経済部記者 山根力 當眞大気 榎嶋愛理)

幻の11月15日の記者会見

関係者
「11月15日の発表はできない可能性が高い」
本格的に交渉の取材を始めてから3か月余り。当初、11月中旬にも合意するかとみられていた両社の交渉は難航の兆しを見せていた。

ルノーの経営陣が日本を訪れて、両社のトップが15日に共同で記者会見する。そんなスケジュール感を頭に入れて取材を進めてきたが、会見は中止となった。

“20年を超える関係を見直すというのは、やはり簡単ではない”

交渉の難しさを痛感させられた瞬間だった。

“いびつな資本関係”

今回の交渉のキーワードとなるのが「対等な立場」だ。

なぜ、日産がルノーとの資本関係の見直しを目指すのか。

それを理解するには両社の“提携の歴史”をさかのぼる必要がある。
日産とルノーの提携関係が始まったのは1999年。バブル経済崩壊後の深刻な販売不振などで、日産はグループ全体で2兆円を超える有利子負債を抱えていた。

その経営危機を救ったのがルノーだ。日産は6000億円を超える出資を受け入れ、その傘下に入った。

新たな経営のかじ取り役として日産に送り込まれたのが、ルノーの副社長だったカルロス・ゴーン氏だった。

グループ全体で2万1000人の人員削減などを盛り込んだ「日産リバイバル・プラン」を断行し、徹底した合理化で自動車部門の有利子負債を4年でゼロに。日産の業績は“V字回復”を果たした。
ルノーとの提携によって日産は再建を果たした一方、資本の面では日産にとって“いびつな関係”も生まれた。

2002年に日産側もルノー株を取得して相互に株式を持ち合うようになったものの、その比率はルノーが43%なのに対し、日産は15%。

しかも、フランスの商法では40%以上の出資を受けている会社との間で株を持ち合っても議決権が付かないため、日産が持つルノー株には議決権がない。資本の論理で言えば、ルノーの支配下にあると言える。

さらに日産の業績が回復してからは、販売台数や売り上げ規模で勝る日産が持ち分法に基づく利益や多額の配当金の形で、むしろルノーの業績を“下支えする構図”が長年、続いてきた。
このため、日産内部ではルノーに対する不満もくすぶり、「ルノーによる支配から脱却すべきだ」という声が年々、高まっていった。

とは言え、部品の共同購買や車台の共通化といった経営の効率化は両社にメリットをもたらしてきたことも事実だ。

それでもなぜ、日産が「対等な立場」を求めて、資本関係の見直しに動いているのか。

日産の幹部はこう語った。
日産幹部
「お互いに関係がいい時は、何も問題はないし、ビジネスの上では対等な立場だが、過去のようなことが起きないという保証はない」

「対等な立場」にこだわる理由

この幹部が指摘する“過去”とは、日産の経営の独立が脅かされた3年前の出来事を指す。
きっかけとなったのは、その前の年に起きたカルロス・ゴーン氏をめぐる事件だった。

2018年11月19日、日産の会長だったカルロス・ゴーン氏が東京地検特捜部に金融商品取引法違反の疑いで逮捕され、経営トップの座から解任された。

ルノーは、フランス政府が筆頭株主の企業で、日産とルノーの関係にはフランス政府の意向が強く反映される。過去にはフランス政府がルノーを通じて、日産の経営に影響を及ぼそうとしたこともある。

しかし、強大な権限を持っていたゴーン氏が不在になると、後任の会長人事などをめぐりフランス政府とルノー、それに日産のあいだで主導権をめぐる対立が激しさを増し、2019年4月には、ルノーが日産に対して経営統合を求める事態に。

経営の独立を維持したい日産にとっては到底、認めることはできない要求で、両社の関係は悪化した。
その後、日産の内田誠社長とルノーのルカ・デメオCEOが就任し、新しいトップのもとで関係は改善したが、日産幹部の間では、大株主のルノーが、資本の論理で経営統合しようとした“過去”は、いまも頭から離れていない。

日産・ルノーともに提携関係の必要性を理解しながらも、日産が「対等な立場」にこだわる理由には、こうした“過去の確執”がある。

ルノー交渉受け入れ 背景にはEVシフトも

しかし、なぜ、ルノーは、みずからに有利な資本関係を見直す交渉を受け入れたのか。背景にあるのが、自動車業界を揺るがす電気自動車=EVシフトへの対応だ。
実は、今回の交渉では資本関係の見直しと合わせて、EV分野での提携でも交渉が進められている。

ヨーロッパでは、2035年にエンジン車の新車販売を禁止する方針が打ち出されるなどEVシフトが加速している。ヨーロッパ市場を主力とするルノーは、EV分野の競争力強化を図るため、多額の開発資金を確保する必要に迫られている。

このため、EV事業を手がける新会社を新たに設立し、上場によって資金を調達する戦略を掲げ、ことし5月にはスナール会長が来日して直接、日産に新会社への出資を求めていた。
日産の幹部の1人は、日産が新会社に出資する見返りとして、ルノーが資本関係の見直し交渉に応じたという見方は否定したうえで、次のように話している。
日産幹部
「資本関係の見直しは日産が持ちかけたもので決してルノーからの見返りではない。ただルノー側に資金がほしいという思惑があるのは確かだろう」

難航する交渉 技術特許で隔たり

両社の交渉は今も続いている。

取材を進めると、すでに両社の出資比率を同じ15%にそろえることや、日産がルノーのEV新会社に最大15%出資することなど、交渉の大枠で両社の主張に大きな隔たりはない。

ただし、関係者によると、ルノーの日産への出資比率をどのような形で引き下げていくのかなど条件面では協議が続いている。

さらに、交渉がまとまらない最大の理由が、技術特許での意見の隔たりだ。
ルノーは、11月8日の投資家向け説明会で、EV事業の分社化に加え、エンジン車の事業についても分社化する計画を発表したが、それぞれの会社には、アメリカのIT大手や中国の自動車メーカーといった、日産以外のプレーヤーが参加することになっていた。

ルノーとしては、日産が持つ全固体電池や自動運転といった競争力のある技術特許を新たなプレーヤーと共有しながらビジネスを展開したい考えだが、日産としては、こうした技術をルノー以外の第三者に提供すれば、技術流出につながり、将来、自社にとって不利益になるおそれがあると強く主張している。
関係者
「提供できない技術は提供できないし、そこは譲れない。こっちが折れる必要はない」
日産の経営陣の間でも、交渉を早期にまとめようという意見はあるものの、技術流出につながりかねない重要な特許をルノー以外の第三者に提供することには強い反発も出ている。

資本見直しの先に戦略はあるか

交渉の大枠では双方の主張に隔たりはないものの、技術特許をめぐる交渉が折り合わず協議は年明け以降も続く見通しだ。

自動車業界に詳しい専門家は、今回の交渉が行われている背景には、自動車メーカーが必要とする提携の在り方が、販売台数を競う“量”から、EVシフトや自動運転の開発などに対応するための“質”へと変化してきたことがあると指摘している。

一方で、仮に交渉がまとまったとしても、日産には大きな課題が残ると指摘する。
大森氏
「日産は、経営の安定のために資本関係の見直しがどうしても必要と判断したのだろうが、仮にルノーが保有する日産株を買い戻すとなれば多額の資金が必要で、ルノーのEV新会社への出資と合わせて株主に対して正当な説明が求められる。EVシフトなどを強く打ち出したルノーのように、日産としてもCASE時代に対応した持続可能な成長戦略を早期に打ち出す必要がある」
日産が求める「対等な立場」が実現し、経営の独立性を確保できたとしても、明確な経営戦略がなければ、変革期を迎える自動車業界を生き抜くことは難しい。

交渉の行方はまだ予断を許さないが、その先に向けて、日産がどんな経営戦略を打ち出すのか、取材者として見極めていきたい。
経済部記者
山根 力
2007年入局
松江局、神戸局などを経て現所属
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
沖縄局、山口局を経て現所属
経済部記者
榎嶋 愛理
2017年入局
広島局を経て現所属