肥料高騰で私たちのあるものに注目が

肥料高騰で私たちのあるものに注目が
当たり前のように食卓に並んでいる食料が食べられなくなるかもしれない。そんなことを考えたことがあるでしょうか。食料の生産に欠かせない肥料を海外に依存する日本。ひとたび国際情勢が急変して肥料が調達できなくなれば、食料の安定供給が揺らぐ事態にもなりかねません。でも、私たちのあるものがその危機を救う可能性があるというのです。あるものとはいったい…(神戸放送局記者 塘田捷人)

輸入依存の日本 国民の命を守るには

東京大学大学院 鈴木宣弘教授
「お金を出せば食料や生産資材が買える時代は終わった。海外への依存が高い日本は国内で資源を循環させて、未利用資源を最大限に活用しなければならない。これを早急にやらないと国民の命は守れない」
日本のぜい弱な食料事情について、国の農業政策の委員なども務めた東京大学大学院の鈴木宣弘教授は警鐘を鳴らします。

この指摘の背景にあるのが、野菜などを育てるのに使われる化学肥料の自給率の低さです。

日本は化学肥料のほぼすべてを輸入に頼っています。

三大栄養素の一つ「リン」は最大の輸出国だった中国が去年から輸出を制限したことで急激に値上がりしています。
リンの価格高騰は農家の経営にとって大打撃ですが、さらにこのまま輸出が制限されれば、野菜などを育てるのに必要なリンを十分調達できなくなる可能性があります。

化学肥料を使わず、有機農法で育てればいい、となるかもしれませんが、現時点で、それだけで十分な量を収穫するのは難しい状況です。

やっかい者が宝の山に

そうした中、注目されているのが、現代版の『肥だめ』です。

私たちがトイレに流している排せつ物から野菜や米を育てるのに重要な栄養素を取りだして、再利用しようと神戸市などが取り組んでいます。

神戸市内の下水処理場ではこれまで家庭などから流れてきた下水をきれいにして海などに放出し、それ以外の物は産業廃棄物として埋め立ててきました。
その量は年間で800トン余り。

しかし、その中には肥料に必要な栄養素『リン』が多く含まれていました。
神戸市下水道部 寺岡宏計画課長
「リンって実は処理場からするとやっかい者だったんです」
神戸市下水道部の寺岡計画課長がぼそっと明かしてくれました。

処理場の関係者からすればリンは『やっかい者』。

その理由は化学反応を起こして石のように堅くなり、配管を塞いでしまうからです。

処理場では、専門の業者に頼んで定期的に高圧洗浄していました。

しかし、10年ほど前から再利用できないかと市は民間企業と協力して下水からリンを取り出す取り組みを始めました。

こちらがリンを回収するため6億円かけて整備した機械です。
リンを回収するには下水の汚泥を洗浄し、乾燥させます。

そして、粉末状になったリンをほかの栄養素と混ぜて、野菜や米などそれぞれの作物に最適な割合に調合し、7年前から『こうべハーベスト』という名前で市内の農家に販売しています。

神戸市は当初はこの取り組みについて「ゴミも減って、やっかい者もなくなるのでラッキー」ぐらいの感覚でした。

しかし、販売を初めてから肥料価格が高騰し始め、潮目が変わりました。

農家にとって肥料の値上げは死活問題

神戸市内でキャベツを生産する山本正樹さんは、5年ほど前から神戸市で作られた肥料に切り替えています。
年間6トンの肥料を使用するため、価格が高騰すれば大きな影響を受けますが、影響を受けずに済みました。

ただ、市内の農家の中には、肥料の高騰で生産をやめたいと話している人もいるそうです。

肥料の価格が高騰しても、スーパーなどはお客さんのために1円でも安く仕入れようとします。

国内の産地どうしで価格競争もあり、販売価格を上げるとほかの産地に切り替えられてしまい、値上げに踏み切れない事情があり、肥料の高騰は農家にとって死活問題だということです。
キャベツ農家 山本正樹さん
「肥料の使う量を減らすということは品質低下につながるからできません。ちょっとでも肥料が安くなったらうれしい」

神戸の取り組みを全国に

肥料価格が高騰する中、神戸市の下水処理場には、ほかの自治体からの視察が相次いでいます。
市によりますと、のべ50以上の自治体がこの処理場を訪れたということです。

また、この取り組みに注目した政府も、ことし9月に官邸で開かれた会議の中で、神戸市のような技術を使って肥料の国産化に早急に取り組む方針を打ち出しました。
岸田首相
「下水汚泥・堆肥等の未利用資源の利用拡大により、グリーン化を推進しつつ、肥料の国産化・安定供給を図る」(2022年9月 食料安定供給・農林水産業基盤強化本部)

国民の命を守る食料生産を

神戸市の取り組みについて、専門家は、これを全国に広げることが、国民の命を守ることにつながると指摘します。
東京大学大学院 鈴木宣弘教授
「下水を再利用した食料生産の過程をしっかりと築き上げることによって、いかなる時も国民の命を守ることができる。安全保障にとって必要な喫緊の課題で、神戸市の取り組みを全国に広げることが重要だ」

未利用資源で循環社会を

今回取材したキャベツ農家の山本さんは取材の最後にこんなことを教えてくれました。

「地産地消という言葉がありますけど、私たちが使っている肥料はその逆。都会から出た産物を使って野菜を作って、それを都会に出荷する。循環していくという意味ではとてもいいことだと思います」

トイレから農業現場に貢献でき、それが国の安全保障にもつながるとは、毎朝トイレに行くのが楽しみになりました。
神戸放送局記者
塘田 捷人
2018年入局
2022年8月から神戸局
神戸市政や経済などを取材