「もう日本では働かない」問われる日本企業の人材戦略

「もう日本では働かない」問われる日本企業の人材戦略
歴史的な水準まで進んだ円安。ある大手企業の経営者が語ったのが「海外の優秀な人材が採用できなくなる」という強い危機感でした。円安は日本で働く外国人にとって、“円”で受け取る給与の価値が下がってしまうからです。日本で働く魅力はもはや、なくなってしまうのか?いま試されている日本企業の人材戦略を取材しました。(経済部記者 甲木智和)

日本で働く魅力が薄れる

「海外でのワーキングホリデーが人気」

「来日して働く介護人材が確保できない」
円安が急速に進んだことし秋以降、ネット上ではこうした情報をよく目にするようになりました。

日本企業で働けば、給与は基本的に「円」で受け取ることになります。円安は、この「円」の価値が下がること。日本で働く外国人にとっては給与の価値が下がり、日本で働く魅力が薄れることになりかねません。

こうした影響はグローバルに事業を展開する会社のほうが大きいだろうと考え、大手商社の人事担当者にその影響を聞いてみました。
三井物産 清水さん
「円安が広がる中では日本で働く魅力がどんどん薄れるということはあると思うし、拡大解釈をすれば『日本企業で』働く魅力が薄まることになるのではないかと危機感を感じています。われわれが変わっていかないと海外の人を採用できない、そういった人たちが活躍できないという状況になりかねない」

“日本人優遇”を見直す

三井物産では今、人事の在り方を抜本的に変える仕組みを導入しようとしています。

そのねらいは「世界中で社員が比較される環境」を作り出すこと。社員の能力をグローバルに一元化して管理しようというのです。
従来のように社員の能力を国などのエリアごとに管理した場合、どうしても本社のある日本で働く社員が能力にかかわらず優遇されがちになります。この結果として、海外で採用された社員のほうが、能力が高かったとしても給与が低いというケースが生まれてしまっていたのです。

会社ではことし10月から東アジアや韓国などで先行して新たな仕組みを導入。2024年には日本を含めて全世界に広げようとしています。

もともとは世界中の人材の能力を最大限に引き出そうというねらいで導入を進めていた仕組みですが、円安が進む中で人材獲得の手段としてもその重要性が増したといいます。
三井物産 清水さん
「この仕組みをしっかり導入できれば新たな人材を獲得していくときにも大きな武器になると思います。また、日本で採用された人には、競争相手は日本人だけではなく、切磋琢磨(せっさたくま)する相手は世界だ、というマインドセットになってほしいです」

グローバルな“青田買い”も

一方で、海外の学生たちに直接アプローチしようという企業もあります。
ユニクロを展開するファーストリテイリングでは、ベトナムやインドの大学と連携した採用活動を強化しています。

ベトナムでの1期生として、去年9月に入社したのがゴゥ・ラン・アン(マリー)さん。現地の大学を卒業し、ことし4月から日本で働き始めました。
マリーさんは会社にとっての経営幹部候補。現在は東京にある拠点の人事部で、人材の採用やリスク管理などを担当しています。
マリーさんを取材すると、社会人になったばかりとは思えないほどの仕事ぶりで、英語はもちろんのこと、日本語での簡単なやりとりも軽々とこなしている印象でした。

マリーさんが会社を選んだのは、会社が大学を通じて提供した求人情報をみたことがきっかけだったということです。
ゴゥ・ラン・アン(マリー)さん
「ユニクロの服は着たこともなかったし、会社のことも知らなかったのですが、採用情報を提供する大学のサイトで企業の歴史やミッションを知って興味を持ちました。私にとっては海外で働く機会をもらえることが魅力的でした」

大学連携を進化させ、持続的な採用を

会社がこの大学連携の取り組みでこれまでに採用した人材はおよそ50人。

持続的な採用につなげるため、次のような新たな施策も取り入れています。
▽奨学金の付与…入社を条件にすべての学費を会社が負担

▽日本語や日本文化の寄付講座…日本に興味を持ってもらう

▽インターンシップ…現地の事業所に加え、夏休み期間には日本の本部にも
このほかにも、採用した人が母国を離れるときには家族を招いた催しを会社が開催。入社した社員の口コミが広がることで、新たな人材獲得も期待できるといいます。

欧米と比較すると、ベトナムやインドの給与水準が日本と大きく離れていないという側面があるとはいえ、円安の悪影響が広がるなか、効果的な仕組みといえそうです。
ゴゥ・ラン・アン(マリー)さん
「私がこの会社で働き始めたのは金銭的な利益だけを求めたからではありません。会社の製品やミッション、それに安全で清潔な日本が好きだからで、日本人から学ぶこともたくさんあります」
経営人材の候補として期待されるマリーさんに、将来のビジョンについても尋ねました。
ゴゥ・ラン・アン(マリー)さん
「将来的にはグループのリーダーになってブランドを多くの市場に広げたい。日本や海外のマーケットを経験して、ベトナムの市場でブランディングに貢献するというのが今のイメージです」
畔柳リーダー
「海外での店舗を増やし、EC(ネット通販)を拡大していくためにも、多くの経営人材が必要な状況です。ただ、その人材を一時的に高い賃金で採用したとしても、それ以上に高い賃金で取られてしまうということになりかねません。われわれとしては、会社の魅力と、そこで働く意義をいかに伝えられるかが重要だと考えています」

海外に目を向けた人材戦略を

歴史的な円安は、日本とアメリカなどとの金融政策の違いだけがその要因ではなく、日本経済の力が本質的に弱まってきていることが背景にあると考えます。

その力の担い手は日本企業であり、成長を実現するために欠かせないのがそこで働く人材です。

今回取材した大手企業だけでなく、もはや会社の規模や業態にかかわらず海外に目を向けた人材戦略が求められる時代となっています。

「もう日本では働かない」

海外の人たちからこんな声が高まる前に、創意工夫で打ち勝つこうした取り組みがさらに広がることを期待したいところです。
経済部記者
甲木 智和
2007年入局
経済部、大阪局を経て現所属
財界・商社取材を担当