「ありのままで行こうぜ」~自虐PRと期待値逆転~

「ありのままで行こうぜ」~自虐PRと期待値逆転~
“なんでこんなに集まってくるんだよ”

大山直樹は思った。

大山は宮崎市のホテルの経営者だ。

従業員にうちのホテルのよくないところを教えてくれと言ったら、157もの意見が集まったのだ。

「全室マンションビュー(オーシャンではない)」

「客室のすきま風、窓を開けずに換気できる」

苦笑いする一方、チャンスだと思い直した。

ありのままが一番だという勝算が少しあった。
 
(宮崎局 玉木絢子 ネットワーク報道部 松本裕樹 芋野達郎)

最初の話「築52年のホテル」

「さかいまち、盛り下がってるぜーっ!!」(北海道の商店街)
「ぶっちゃけ 肉より高い」(コンビーフの広告)

自分たちの姿をありのままに、飾らない形でPRするケースがいま、結構増えている気がする。

企業や自治体、商店街でも目にする。

“自虐的”などと話題を呼ぶこともあるが、それとは少し違う意味があるような気がしてきた。
最初に思ったのは、宮崎市のビジネスホテルを取材した時だ。

そのホテルは宮崎第一ホテルという。
築年数で言うと「築52年」で、少し古い。
 
宮崎経済の中心地である宮崎市には、大手のホテルチェーンがいくつも進出していて、競争が激しい。
 
そうした中で、見た目にも少し古いこのホテルがピンチに陥ったのは、新型コロナが流行しだした2年ほど前だ。
 
部屋は158室あるが、多い日には1日200人いた宿泊客が10人ほどまで落ち込む日が続いた。当然大赤字だった。

なんでこんなに集まってくるんだよ

なんとかしなきゃと思った大山は、アイデアを従業員に披露した。

「うちのホテルのよくないところを、正直に自虐ネタで出してほしい。
それでカレンダーを作るんだ」
(大山直樹社長)
「ダメなところを堂々とアピールすれば、くすっと笑ってもらえるかもしれない。厳しい状況でも工夫次第で何とかなるかもと思ったんです」
前の年に自虐的なポスターを作ったこともあり、63人の従業員から157もの意見がアッという間に集まった。
「全室マンションビューです」
 
「『眺めのいい部屋をお願いします』、それは無理なリクエストです」

「客室のすきま風!窓を開けずに換気ができます」
 
「ふと見上げると期待値0のホテル」
何でこんなに集まってくるんだよとも思ったが、確かに周囲はビルやマンションに囲まれている。

強風が吹く日には、部屋に風が入るのか、用意していた毛布がぜんぶ出払ってしまったことがあった。
 
それに外観も、創業当初から変わらない薄いピンク色で、看板の文字には昭和の雰囲気が漂う。

見上げた時の期待値は高いとまでは言えない。
 
ただ、その見た目の壁を何とか越えて、中に入ってもらえれば、泊まってもらえさえすれば、マイナスだった期待値が逆転する自負が大山にも従業員にもあった。

期待値逆転のために

ホテルでは働く者が誰でも改善案を出し、それを報告するシステムがある。
 
大山に寄せられるその意見は年間5000件近くになる。
 
「ベッドの下は、懐中電灯で照らしてそうじすればゴミを見つけやすい」

「BGMはもっと季節に合わせた方がよい」
 
こうした意見を積み上げて清掃を行き届かせたり、接客力を向上させたりしてきた。

フリードリンクなどビジネスホテルにはあまりないサービスの提供も始めた。(ただフリードリンクサービスの横に、飲み物の自動販売機がある)
 
大手と違って、お金と時間がかかる設備面での改修はなかなかできないでので、そこで勝負せずに、小さな努力でできる改善をたくさん行ってきたのだ。
もっとも大山だって以前は、何とか泊まってほしくて、客室などを見栄えよく見せるテレビCMを作ったこともあった。

でもそれでは、思うように客は集まらなかった。
 
それなら他に劣るところも正直に“PR”した方が、心にとまると考えたのだ。

作戦を遂行すべく、157の意見を従業員間で予選、本選と2回にわけて投票にかけ、12個に絞りカレンダーを作った。
 
ホテルのホームページにも載せ、これが評判を呼んだ。

「全室マンションビュー」や「客室のすきま風」はもちろん、駐車場の場所がわかりにくいので「お問い合わせ内容No1は駐車場どこ?」も入れた。
「おもしろいホテル」と口コミで広がり、多くの客が人からの紹介で訪れ、客の半数はリピーターになった。

カレンダーの話題性もあってか、今年の売り上げは過去最高になった。
ホテルに宿泊客がメッセージを書き込むノートがある。
 
そこにはホテルの姿を飾らずに示す言葉に引かれたという声が記されるようになった。
「外観があまりに“しょぼく”(失礼)戸惑いましたが、部屋も外観から想像できないくらいきれいで満足でした」
 
「自虐ポスター見て興味がわきました。いや、どえらいホテルやでほんま」
(大山直樹社長)
「古い、すきま風が吹く、眺めがいい部屋がない。それがうちのホテルの現実です。きれいすぎる写真で実際以上に期待値をあげて泊まってもらってもがっかりされるだけです」

「設備の新しさではほかの大手のホテルには絶対に勝てません。ありのままでも、お客様に泊まってみたいと思ってもらう、そのための工夫だったんです」
ホテル間の競争は依然として厳しい。
 
でもありのままの姿を見せなければ、ホテルにいまほどの活気はなかったと大山は思っている。

2つ目の話「方言がフランス語」

もう一つの話は、しゃべる日本語がフランス語に聞こえると言われる地域の話である。
 
中には「いや、私は中国語と勘違いされた」という人もいた。
 
宮崎県小林市。
 
人口4万2000人で、教科書的に言えば森林が市の面積の74%を占め、畜産などが主な産業の県の西側に位置する自治体である。
ここに地方創生課という課がある。
 
鶴田健介がこの課に配属され、「創生」を託されたのだった。
 
鶴田は大学時代を東京で過ごした。
 
そこで地元の仲間と会うと、みずからの口から素直に出てくる言葉で恥ずかしい思いをしたという話によくなったものだった。
(鶴田健介さん)

「小林市やその周辺の地域の仲間で話していた時ですかね、ニーハオ!と声をかけられたというんです」

「電車で話をしていたら、ひそひそ声で外国の人じゃない?と言われたという人もいました」
 
「しまいに私は『英語がなまっている』と言われました、授業中に」
さすがに、英語は方言のせいではないだろうと思うが“とにかく言葉はコンプレックス(鶴田さん)”だったのだ。
 
その鶴田が「創生」を託された時、背伸びをしたような形で市の魅力を発信するのではなく、コンプレックスの元である方言を活用しようと考えた。

鶴田の考えはこうだ。

“周りと違うことがコンプレックスなら、逆に言えばそれは周りにはないものがあるということだ”
(鶴田健介さん)

「食べ物がおいしくて自然が美しい、だけでは他の地方自治体との差別化は図れません。ほかにはない小林ならではのものを考えた時、思いついたのが方言でした」

「方言は都会に出れば恥ずかしいと思う一方で、地元出身者としてのアイデンティティでもある。見方を変えることで武器にできるんじゃないかなと」

どひこ、ほひが、すっじゃったろかいよ

この地域の方言は西諸弁と呼ばれていて、いわゆる“なまり”が強い。
 
「あらまあ」とちょっと驚く時、「んだもしたん」と言う。
 
「なんで、どうして」と問いかける時は「ないごて」と言う。
 
小林市は星がきれいに見えるが(当時の環境庁のコンテストで5回日本一になっている)
 
「どれだけ星が好きなんだろうか」は

「どひこ、ほひが、すっじゃったろかいよ」だ。
鶴田はこの“わからなさ”を武器に、背伸びしないPR動画を作りたいと広告会社に持ち掛け、職員からもアイデアを募ることにした。
 
アッと言う間にネタが集まった。
「西諸弁で話をしていたら、フランス語かな?と言われた」
 
「祖父母と孫の話にしばしば通訳が付く」
地域の特徴もうまくとらえていた。
「星降る街日本一なのに、プラネタリウムまである」
 
「水道水は地下水98%」(でもペットボトルの水も売っている)
読んでいて鶴田は手応えを感じた。
(鶴田健介さん)
「思わず笑ってしまうようなネタばかり、でもうちのありのままの姿で、地元への愛情を感じました。“地域のことをそのまま発信する”それが魅力になるんじゃないかと思いました」

フランス人、登場

できあがったPR動画にはフランス人のモデルが登場。
 
冒頭からフランス語で小林市について話しかけているように聞こえる。
「ジョジョナ、トコジャッチ、オヤオモタ(西諸弁)」
 
(→私はすごいところだと、思った)
 
「ジョジョンナ ウンメミッツガ デックットニ ヒッタマガイガ」
 
(→とてもおいしい水が蛇口から出るのに驚く)
 
「ジャッドン ナイゴテカ ペットボトルン ミッガ ウッチョイゲナガヨ」
 
(→なのに なぜかペットボトルの水も売っている)
そして最後に小林市の森、水、星、食、人の魅力を、西諸弁で語っているのだと種明かしする設定になっている。
 
これがネット上で話題になり動画が次々と再生されるようになった。
 
鶴田はうれしかったことがあった。
 
ひとつは小林市への関心が高まって移住相談の件数が4倍以上になったこと。

他の自治体との合同移住説明会では、小林市のブースに行列ができるほどだった。
 
もうひとつは、地元を離れた写真家、マンガ家、声優、飲食店主などから「私も何かできないか」という問い合わせが来て“創生”に協力してくれたことだ。

みんなありのままの小林市が大好きだった。
 
制作からことしで7年、動画の再生は今も続いている。
(鶴田健介さん)
「等身大の姿を見せないと、人の心には響かないですよね。
 盛ることなく小林らしさをそのまま見せたことが共感を呼んだのではないでしょうか」
もっとも現実は厳しく、移住者は期待するほどには増えていない。

鶴田は一度、創生の仕事を離れたあと今年、地域創生課に戻ってきて再び創生と向き合い始めた。

いま取り組んでいるのは、子どもから大人までを巻き込んで、それぞれの世代が感じたありのままの魅力を、SNSで発信するプロジェクトだという。

かつての自分はありのままがコンプレックスでもあったが、そうでないことを多くの人に気付いてもらいたいと思っている。

等身大で

自分たちの姿を正直に、ありのままにPRする自治体や企業やイベントは、いま増えている気がする。
 
それが自虐という言葉を使って広がり、ネット界わいで話題になりやすい面が間違いなくある。
 
ただそれだけではないと思う。
 
いま写真でも動画でも誰でも簡単に加工でき、実際以上に“手軽に盛って見せる”時代。
 
本当の姿かどうかわからないことが多々あり、それをみんなが見抜いている時代でもある。
 
話半分という言葉があるが、写真半分であり、動画半分でもあるかもしれない。
 
そんな中、等身大の姿を打ち出すことが逆に新鮮に見え、信頼に近づける面がきっとある。
 
過剰な期待はさせない、かりそめの姿を見せない、そうした姿勢が真剣勝負を挑んでいるように見えているのかもしれないと思った。
(若者の心理に詳しい 金沢大学教授・東京大学客員教授の金間大介さん)
 
「情報源が増えている中で、企業や自治体がいくら『こんなにすごいんです』とPRしても、実態とのギャップが激しいことはバレてしまっています。全世代でそういう傾向がありますが、特に若い世代では顕著です」
 
「それに対して正直な、時には自虐的なPRは『ホンネで話しているかもしれない』と受け止めてもらえ、耳を傾けてくれます」
 
「客観的に見てマイナスな点を隠さずにしっかりと説明しつつも、本当に自信がある点は理解してもらう、それが特に若世代には刺さるのだ思います」