追跡!日本の食料備蓄 食の備えはどこに?

追跡!日本の食料備蓄 食の備えはどこに?
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をきっかけに世界的な食料不足への懸念が強まっています。多くの食料を輸入に依存する日本でも食料の安定確保に向けて「食料安全保障」を強化すべきだという声があがっています。

そもそも国の有事への備えはどうなっているのか。日本の食料はどこに、どのように備蓄されているのか、取材しました。
(経済部記者 川瀬直子)

そもそも備蓄って?

「農政の憲法」とも呼ばれ、農業政策の基本方針を定めている「食料・農業・農村基本法」。
その第2条の2項には次のような規定があります。
「国民に対する食料の安定的な供給については、世界の食料の需給及び貿易が不安定な要素を有していることにかんがみ、国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わせて行わなければならない」
食料の安定供給は、「国内生産の増大」と「輸入」それに「備蓄」の3本柱を組み合わせて対処するという内容です。

そして国内生産の量が減少したり、海外で不測の事態が起きて供給が途絶えたりする場合などに備え、日本では農産物については3つの品目を備蓄しています。

3品目とは、コメと外国産の食料用小麦、それにとうもろこしなどの飼料穀物です。

小麦の備蓄の現場に行ってみた

小麦を備蓄していると聞いて訪ねたのは、茨城県神栖市にある食品大手「昭和産業」の工場です。

ここでは主に輸入した小麦から1日1000トン余りを製粉し、小麦粉を生産しています。

この日は、輸入穀物を運んできた大型の船が停泊していました。

船から伸びるベルトコンベアの先にあったのが、サイロと呼ばれる円柱型の倉庫です。
サイロ1つの大きさは直径7メートル、高さ40メートルほど。1つで1000トン以上の小麦を収納できます。

こちらの施設では、100以上のサイロにあわせて5万トン以上の小麦が常時保管されているといいます。
この会社が国の方針に基づいて備蓄している小麦の量は、グループ全体で使う小麦のおよそ2.3か月分。

保管料の一部を国が助成しています。

国が備蓄分の所有権をもち、民間で保管するという時代もありましたが、いざというときにスムーズに製粉会社に引き渡しができるよう、2010年に民間企業の所有のもとで保管する今の制度に変わったといいます。

備蓄の量はどう決まる?

なぜ2.3か月分なのか?農林水産省によると、想定しているのは主な産地で深刻な不作など危機的な事態があったとき。

この場合、新たな産地で契約、集荷、積み込みというプロセスをへて日本に運ぶことになります。

ここまでに約4.3か月かかると想定されているんです。

一方、すでに契約が済んで、日本に運んでいる途中のものは、約2か月分あるということで、いざというときに足りなくなるのは、4.3マイナス2で2.3か月分。

この部分を備蓄することになっているのです。

ずっと2.3か月分だったかというとそうではなくて、実は1998年までは2.6か月となっていました。

当時は調達先の切り替えにかかる期間を4.6か月とみていたそうです。

その後、小麦をより効率的に積み込むことができるようになったほか、輸送にかかる期間も短くなったため備蓄量も減ったとされています。

備蓄分はどう使われた?

これまで備蓄分は有事にどのように活用されてきたのか?

2011年の東日本大震災の際の対応について昭和産業の担当者に聞きました。
施設がある神栖市でも震度6弱を観測し、港内の一部が壊れるなどの被害が出ました。

安全確認などを行ったため、再び外国からの船が着岸できるようになるまでに2週間以上かかったそうです。
倉庫などの保管施設に被害はなく、サイロに備蓄していた小麦を活用することで、滞ることなく小麦粉を作り続けることができたといいます。
村永千紘さん
「海外の港湾関係者のストライキや天候不順などで物流が滞ることがあります。そういう事態になっても備蓄をしておくことで、主要食糧である小麦粉は安定的な供給ができるメリットがあります。全国の製粉メーカーが全国各地のサイロに小麦を保管しているので、リスク分散にもなっていると思います」

その備蓄本当に必要?

有事に備える備蓄。

たくさん持っていればいいのかというとそうとも言い切れません。保管には費用がかかるからです。

農林水産省の2022年度の予算によると、「食糧用小麦」の備蓄には保管費用として約45億円が計上されています。

また、飼料作物は備蓄経費などに約18億円、コメは買入費用などとして約478億円の予算が盛り込まれています。

なくなった大豆備蓄制度

過去には国の備蓄の対象だったのに費用対効果を踏まえて備蓄の対象から外れたものもあります。

それが「大豆」。
食用油、しょうゆや豆腐、納豆など日本の食文化を支える農産物です。

大豆の国内自給率は低い水準にとどまり、輸入に頼る構図は昔も今も変わりません。

1973年ごろには世界的な不作で大豆の国際価格が急騰。国内の豆腐やしょうゆなどの価格も急上昇しました。豆腐業者などによるデモも起き、「豆腐騒動」とも呼ばれました。

これをきっかけに、国や業界団体などが年間8万トン程度の大豆を備蓄するための制度を整えました。

しかし、それから36年にわたって備蓄した大豆が使われることは1度もありませんでした。

その間にかかった補助金の総額300億円ほど、使われなければむだな出費となってしまいます。

2010年度に当時の民主党政権下での行政事業の見直しによって廃止されました。

コメの備蓄は適切なのか?

そして、今、備蓄の水準が適切かどうか議論になっているのが、「コメ」です。

今のコメの備蓄は毎年定める農林水産省の指針で100万トン程度と定められています。

10年に1度の不作が起きた場合、そして通常レベルの不作が2年続いた場合を想定してこの水準に決まったということです。

この量を決めたのは2001年。当時のコメの需要量は年間約900万トンでしたが、コメの消費はいまや年間700万トンにまで減っています。

このように需要が大きく減ったので、備蓄の水準も見直すべきではないかという声があがっているのです。
さらに、コメの供給については、二重、三重のセーフティネットがあるという指摘もあります。

まず、コメをどのくらい生産するかは、需要と供給、それに在庫をもとに国の審議会で生産量が決められ、これらを参考に生産者が生産する量を決めるという制度になっています。

このため国のレベルである程度、必要な量がコントロールされているともいえます。

また、主食用のコメ以外にも、国が推奨する転作作物の1つとしてエサ用のコメが生産されています。その生産量はことしはおよそ76万トン。

通常時は主食用として流通しないように決められていますが、いざというときに、主食に回すことも可能だと言います。

さらに、例年海外から輸入し、主食用として出回らないように管理されているものも数十万トンあります。

これらを活用すれば、「潜在的な備蓄」があるといえるのではないか。このような指摘もあがっているのです。

一方、輸出という形で生産を増やすことでいざというときの備蓄につなげるべきだという意見もあります。
山下一仁研究主幹
「今は不作の時などが想定されているが、シーレーンが破壊され、食料の輸入がストップした時のことも考える必要がある。そのとき重要になるのがコメだ。日本は国内の需要にあわせてコメの生産を減らしているが、生産を増やして輸出しておけばいざというときにその分を国内に供給できるようになる。これは無償の備蓄になる」

海外の備蓄事情は?

ここまでは日本での食料備蓄の現状を見てきましたが、各国の備蓄事情はをどうなっているのでしょうか?備蓄に積極的と言われているのがスイスです。

スイスは、2017年に憲法に食料安保条項を盛り込みました。

憲法の条項には、戦争など有事の際でも必要な物資を国民に提供できるよう予防的な措置をとっておくと定められています。

スイスでは政府が備蓄品目やその量を決定し、国と契約した民間企業が小麦や油、砂糖やコメなど備蓄しているといいます。

食料安保の中で「備蓄」の位置づけは?

今回の取材で意外だったのは、政府・与党などから食料安全保障の重要性を指摘する声があがる一方で、国内の備蓄をどうするのかという議論がそれほど活発ではなかったということです。

ひとたび食料供給が途絶えると私たちの暮らしに打撃を与え、最悪の場合には生命に関わる事態にもなりかねないだけに、さまざまな事態を想定して備えを万全にしておく必要があります。

一方でそれが本当に必要なのか、有事の際に機能するのかという検証も必要です。

日本の食料安全保障の中で「備蓄」をどう位置づけるのか。

平時にこそしっかり議論しておくべきだと感じました。
経済部記者
川瀬 直子
2011年入局
新潟局、札幌局を経て現所属