“半導体不足” 農業に与える打撃

“半導体不足” 農業に与える打撃
自動車や家電製品の生産などさまざまな産業に影響を及ぼしている世界的な半導体不足。実は農業も無関係ではないこと、ご存じですか?国内有数の米どころ、山形県では、半導体不足に伴い、多くの農業関係者の苦悩が続いているといいます。いったい何が起きているのでしょうか?(山形放送局記者 山元康司 永田哲子)

豪雨がもたらした被害とは

コメの生産が盛んな山形県南部の飯豊町。

ことし8月の豪雨で、町内の田んぼの9割近くで冠水・土砂流入の被害が出ました。
被害が出たのは、田んぼだけではありません。農作業に欠かせないさまざまな機械が、水没してしまったのです。
作業場が浸水した農業法人「いいで農産」の高橋勝さん。

質の高い米粒を選別する色彩選別機や乾燥機が水没して使えなくなりました。被害額は数百万円にものぼるといいます。
収穫前に買い替えようとしましたが、メーカーからは「新品を用意できない」との返事が。理由は、世界的な“半導体不足”でした。

半導体不足が農機具の生産に影響を与えていて、必要な機具を確保できないというのです。
高橋さん
「肥料も農薬も、燃料も価格が高騰する中での農機具の被害。水没した色彩選別機はまだ2年しか使っていない。またお金を借りて新品の機材をそろえないといけない。現代の稲作は、機械なしではやっていけず、農機具が買えないという状況は、生産者としては厳しい」
そこで高橋さんは、地元の農協にも、新しい農機具の購入について相談しました。

しかし農協からは、手配しようにも厳しい状況だと伝えられました。中には、納期に1年ほどかかるものもあったといいます。

コメ作りでは、田植えや収穫などの作業に応じ、時期によって異なる農機具が必要です。
そこで、高橋さんは、インターネットのオークションを通じて急きょ中古品を確保し、秋の収穫にぎりぎり間に合わせました。

製造メーカーも直面 深刻な“半導体不足”

農機具の生産は、いったいどのような状況なのでしょうか?

島根県にある大手農機具製造メーカーは、半導体が使われているエンジンなど、必要な部品を入手できず、納期の遅れという問題に直面しています。
ことし4月に秋田県の農業法人に納品予定だった大型トラクターは、納期が半年以上遅れていました。部品が1つでも足りなければ完成しないからです。

会社では、部品の発注をおよそ半年前倒しするなどの対応に追われています。

さらに、少しでも納品を早くするため、輸入の方法を船便から航空便に変更しました。割り増しになる費用はメーカー側が負担するという苦肉の策です。
金塚 製造担当役員
「お客さんに少しでも早く届けるために生産順位を工夫していく。場合によっては工場を土曜日も稼働させるなどの対応もとっている。われわれのコントロールできる部分とできない部分があるので、コントロールできる部分については精いっぱいやっていくし、物をそろえるための努力を継続していきたい」

販売側の工夫とは

農機具を販売する会社なども、対策に乗り出しています。
会社では「見込み発注」を従来より増やしました。農家からの注文を受ける前に、農機具を先に発注するというもので、見込み発注の割合を1割余り増やしました。

売り切れない場合の在庫リスクも覚悟のうえです。
尾形 支店長
「賭けと言われればその通りだが、お客さんがほしいときに物がありませんとは言えないので、そのために在庫の確保はしなければならない」
一方、地元の農協も11月から新たな対応を始めました。
これまで、年明けの時期に、生産者を1軒ずつ訪問し、今後の農機具の購入予定などを聞き取っていましたが、2か月ほど前倒しで行うことにしたのです。
大滝課長
「豪雨災害に見舞われたこともあり、需要はあるが物が来ないという状況になっていて、少しでも迷惑かけないように、物の確保をしていきたい」

農機具供給に“優先順位”を

農業経済学が専門の広島大学大学院・長命洋佑准教授は、半導体不足は、一部で改善の兆しがあるものの、抜本的な解消の見込みはないとしています。

そのうえで、仮にメーカー側が価格の高騰した半導体を入手したとしても、それに伴って農機具の価格が上がれば、生産者の経済的負担が増すことが問題だと指摘します。
長命准教授
「農業の機械化が進むなか、高齢の農家が農業を続けようとしても、農機具の価格が高騰する、修理ができない、新たに購入できないとなると、離農を考える人も出てくる。半導体不足は離農のきっかけになり得る」
「緊急性に応じて優先的に農機具をいきわたらせるマッチングのしくみを、国や農協が整える方法もあるのではないか」
“半導体不足”が農機具の入手を困難にするという事態。

山形県の場合、ことし8月の豪雨災害で一度に多くの農機具が被害を受けたことで、影響が浮き彫りになった形ですが、こうした事態は、全国どの地域でも起こりうることです。
農業に欠かせない肥料や農薬の価格高騰など、農家を取り巻く環境が厳しさを増す中、必要な農機具が手に入らないとなれば、生産をあきらめる農家が出てくることにもつながりかねません。

私たちの食を支える農業が直面している課題。解決に向けた取り組みは、待ったなしと言えそうです。
山形放送局記者
山元康司
2009年入局
国際部、シンガポール支局、経済部などを経て2022年8月から現所属
山形放送局記者
永田哲子
2020年入局
現在、米沢支局で政治や子ども、文化などを取材