ヘリコプターが飛ばなくて

ヘリコプターが飛ばなくて
地元の住民もほとんど行ったことがない“忘れられた空港”、福井空港。
そこに、ヘリコプターでディズニーランドやUSJと結ぶという、壮大な計画が舞い降りた。

空港が変わる、福井が変わる。
県民も、知事も、議員も、マスコミも、夢を見た。

しかし、ヘリコプターは飛ばなかった。

(福井放送局記者 宮本雄太郎・ディレクター 大川祐一郎)

舞い込んだ“夢の計画”

事の発端は、2022年4月27日の福井空港。

マスコミだけでなく、県内の首長や議員などを大勢集めた場で、東京の「セレスティアル航空」の社長・濱津昌泰氏が、ある発表を行った。
セレスティアル航空 濱津昌泰 社長
「ヘリコプターで東京ディズニーランドに飛んでみようと。USJに飛んでみようと。世界の窓口を福井空港にしてみようじゃないかと」
福井空港に首都圏や大阪、さらに福井県内の観光地を結ぶヘリコプター便を就航するという驚きの計画だった。
福井県の北部、坂井市にある福井空港には1976年以降、定期便が飛んでいない。
大型ジェット機の離着陸ができない長さ1200メートルの滑走路1本が残され、普段はドクターヘリや防災ヘリ、グライダーの愛好家たちの練習場などとして細々と使われている。
地元の住民も訪れる機会がほとんどない“忘れられた空港”となっていた。

そこに、ヘリコプター?

会社が示したプランは、こうだ。
【福井空港~】
東京ディズニーランド
片道 84分
運賃 2万2000円

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)
片道 42~47分
運賃 1万8000円

恐竜博物館(福井県勝山市)
片道 5分
運賃 7700円

※運賃はいずれも、乗客6人のヘリで1人あたりの料金
運航開始は5月と発表した。

福井から東京に行くには、特急と新幹線を乗り継いで3時間半はかかる。
それが半分以下の時間で、しかも手が届かない金額でもない。

ヘリで東京に行く、まるで海外のスターのような移動手段が身近になるのか。集まった関係者は、もろ手を挙げて喜んだ。
福井県 杉本達治 知事
「福井空港で新しく事業を始めようとする動きも出てきたことに、とてもわくわく、ドキドキしているところです」
会社は2機のヘリコプターを福井空港で披露し、県内有数の観光地「恐竜博物館」を往復するデモフライトも実施。
その様子も取材した私たちは、当日の夕方ニュースでこの計画を大々的に報じた。翌朝の新聞各紙にも、大きな見出しがならんだ。

夢のような計画に、マスコミも踊った。

ヘリが…飛ばない?

ところが、就航予定の5月になってもヘリコプターはいっこうに飛ばない。

「本当に予定日の5月1日に飛べるのかも不安」
「調べりゃ調べるほど胡散臭さしか無い……」

ツイッターでは計画に疑念を持つ人たちの投稿が相次いだ。

さらに、ゴールデンウイーク明けの5月10日、新聞に衝撃の記事が載った。
「福井発ヘリ運航せず セレスティアル航空 許可未申請」
血の気が引く思いがした。

会社に確認を試みるが、濱津社長の名刺に記載された電話番号はつながらない。メールを送っても返答はない。

航空運送事業を所管する国土交通省に取材し、会社から事業許可の申請や代理店の届出が出ていないことは確認できた。
だが、計画の変更や撤回が生じたならば会社への確認が必要だ。
福井県を通じて説明を求めても、「近日中に会社のホームページで何らかの回答をするようだ」という曖昧な返事のみ。

4月に報じたニュースは、インパクトもあり視聴者の反響は大きかった。
事実と異なる情報ならば、大きな誤解をまねいたことになる。
私は焦っていた。

2日後、会社は「予約の受け付けを7月頃に開始する」という旨の計画の変更を、ホームページで発表した。
相変わらず電話はつながらず、問い合わせには応じない。

「福井空港ヘリ便 予定変更発表も事業計画は不透明に」

この日の夜ニュースで報じたものの、不可解な点は残されたままだった。
会社の発表をうのみにしてしまった自責の念も消えなかった。

深まる疑念

予約を受け付けるとした7月になっても、ヘリコプターは飛ばない。
ホームページで予約が始まった様子もなかった。
会社の電話は相変わらず通じず、コール音も鳴らずに留守番電話になってしまう。メールの折り返しもない。

福井空港にあるはずの、会社の事務所を訪ねた。

セレスティアル航空は4月、空港ビルの2階の2部屋を事務所として使う契約を結んでいた。
鍵がかかっていて中に入ることはできず、ノックをしても誰も出ない。
空港ビル会社の支配人は、4月以降、この部屋に出入りした人を見たことがないという。

事務所にはカーテンやブラインドもかかっていない。
自由に出入りできる空港の展望デッキから、中をのぞいてみた。

そこには、何もなかった。
福井空港 小川学 支配人
「契約をした4月以降の賃料はまったく支払われていません。支払いの催促をしても会社と連絡がつながらなくて、われわれも大変困っています」
空港を管理する福井県に情報公開請求を行い、セレスティアル航空が提出した事業資料を入手した。

黒塗りの箇所が並ぶ中、会社の使用機材の欄に目が止まった。
空港で使用する予定の4機のヘリコプターの機体の番号(機体記号)が記載されている。

国内で使用する航空機は国への登録が必要だ。登録された機体は、JAから始まる数字とアルファベットの組み合わせが記載される。
この記号をもとに航空機登録原簿を調べれば、ヘリコプターの所有者などの情報がわかる。

4機とも別の会社が所有していた。

うち1機を所有する関東のA社に確認を試みた。
記者
「セレスティアル航空という会社が、A社が所有するヘリコプターを使用機材として届け出ているのですが、心当たりはありませんか」

A社担当者
「このヘリコプターは社員の移動のために使っているもので、他社が事業用に使うことはできません。それに、セレスティアル航空という会社は知りませんね…」
実際には使えないヘリコプターを使うとしていた。

“夢の計画”は、スタートの時点でほころびが生じていた。

「信じられなかった」

そもそも、この計画は実現可能だったのだろうか。
ヘリコプター業界に詳しい現役のパイロットが、匿名を条件に取材に応じた。

会社が示した運航プランについて、率直な疑問をぶつけてみた。
記者
「ヘリコプターで福井と東京を片道84分で結ぶことはできますか?」

現役パイロット
「計算上は可能です。2つの地点の直線距離は約181マイル(約291キロ)。試験飛行で使用していた機体の巡航速度は時速130ノット(約240キロ)です。これを計算すると、ちょうど84分になります。ただ、途中には北アルプスなど標高が高い山がある。ヘリコプターが運航する高度は、基本的に1万フィート(約3000m)以下が多いので、高度が高くなるほど気象条件も厳しくなってくる…毎回確実に飛べるかというと、難しいと思います」
記者
「1人あたり2万2000円という料金は?」

現役パイロット
「そっちのほうが私は信じられなかったですね。よく遊覧飛行で使う定員4人のヘリコプターの料金相場が、1時間で大体18万円くらい。1人2万2000円だと乗客6人で13万2000円。84分の料金なので1時間あたりの単価はもっと安い。定員7人の大型ヘリを使うのに、4人乗りの小型ヘリより時間単価がはるかに安いことになります。常識では考えにくいです」

「フライト料金の中には、当然ながら航空機の運航コスト、燃料、保険代、整備代、人件費が含まれます。人件費にはパイロット、整備士、運航管理などサポートする人たちの費用も入っているので、コストを大幅に下げると安全性が損なわれる可能性があります。安全をお金で買っていると。人、モノ、そういったところにお金をかけることで安全を確保しているのです」
ビジネスでは従来の常識を打ち破る商品やサービスが現れることは不思議ではない。
しかし、航空業界は規制産業だ。法律で厳格に定められた安全体制の整備とその維持管理には相応のコストがかかり、それをおざなりにすることはできない。

空港を運営する福井県は、会社の計画に疑問を感じていなかったのか。
県幹部が取材に応じた。
4月27日の会見に、濱津社長の隣で出席していた人物だ。
福井県土木部 平林透 副部長
「我々としては4月27日の会見時点で大丈夫だと、予約システムの運用もできあがっているし、ヘリコプターを飛ばす段取りもできていると聞いていました。ただ、航空運送事業の許可が取れていないとか、航空運送代理店業の届出をしていないことは把握していたので、法的な位置づけはしっかりしてくださいということは事前にお願いしていました」

記者
「国の許可を得ていないことを事前に把握していたということ?」

福井県土木部 平林透 副部長
「前日にも、許可の申請や届出を行っていないことは濱津社長から聞いていました。ただ、本人から『すぐ取れるんです』って言葉もあったので、そういうものだと感じていました」
県も、会社の説明を鵜呑みにしていた。

今回のヘリコプター事業に対して、県の補助金などは使われていない。
そのぶん会社の事業を精査する姿勢が甘くなってしまった面はあるだろう。

だが、それ以上にセレスティアル航空のプランが福井県にとって魅力的だったことが、大きな理由だと感じた。
福井空港には滑走路の延長計画もあったが、近隣住民の反対などでとん挫していた。結果、46年にわたって定期便がない。ビルの老朽化も進んでいる。

さらに、2024年春には北陸新幹線が福井県の敦賀市まで延伸するものの、恐竜博物館や永平寺、東尋坊といった有名な観光地は駅から離れている。

ヘリコプターはこうした課題を一気に解決する、まさに“夢の計画”だった。
福井県土木部 平林透 副部長
「福井空港をどうにかせなあかん、空港を新たな時代のニーズに適合するものにしないとあかんというのが私の仕事でした。その意味でセレスティアル航空は『福井空港を使ってみてもいいよ』って言った最初の会社なんです。忘れられた福井空港が、これから使われる可能性が出てきた、出てくるんじゃないかなと」
衰退する空港や地域をなんとかしたい、その一心で始まったプロジェクト。

だからこそ、もっと慎重に進めればよかったのではないか…。そう問うと、彼は力なく答えた。
福井県土木部 平林透 副部長
「混乱を招いてしまったのは、非常に申し訳なかったと思います」
計画発表から早くも半年以上が過ぎようとしていた。

会社を直撃 そして社長から返事が

地元の期待は裏切られてしまったのか。

真相を確かめようと「セレスティアル航空」の本社を訪ねた。
登記上の本社となっていたのは、都心のオフィスビル街の一角。
3階建てのこじんまりしたビルの郵便受けには、確かに「セレスティアル航空」の名前があった。

だが、別の会社(B社、C社)の名前も記載されている。
不思議に思いながら事務所のドアをノックすると、年配の男性が出てきた。
記者「セレスティアル航空の本社はここで間違いないですか?」

男性
「ここはB社のオフィスで、その会社の事務所ではない」

記者「登記上はこの住所が本社になっているはずですが。郵便受けに名前もありました」

男性「知らない。勝手に貼られてウチも迷惑しているんだ」

記者「勝手に、とはどういうことですか?」

男性「答える義理はない」

記者「濱津社長はここにはいない?」

男性「来ていない。その会社はウチと関係ないし、取材に応じるつもりもない。その会社のことが知りたいなら、社長本人に聞いてくれ。私は関係がない」

記者「では、社長はどこにいるんですか?」

男性「知らない」

記者「どういうことですか。ここに会社の実態はないのか?」

男性「ない。帰ってくれ」
男性はセレスティアル航空の本社とされる事務所に、会社の実態がないと話した。だが、事務所の奥には会社の役員に名を連ねる人物がいることは認めた。
この人物にセレスティアル航空との関係について取材を求めたが、頑なに応じることはなかった。

東京で関係者への取材を試みている中、メールの受信を知らせる通知がきた。
半年以上、電話やメールを試みても音沙汰がない、濱津社長本人からのメールだった。

事業の準備状況について、以下のような内容が記されていた。
(1) 福井県内で複数の着陸帯(ヘリポート)使用の許可を得ている
(2) 福井空港と東京、大阪を結ぶ運航ルートの整備を進めている
(3) 県内便向けに使用機材の新規発注を行っている
(4) 航空法上の手続きにのっとったうえで、新規事業者の登録とグループの名義変更を行う
(5) 年内に試験フライトを行う
そのうえで、時期を見て福井空港への就航を目指していると書かれていた。しかし、会社はこれまで何度もスケジュールの延期を重ねてきた。
延期の理由や事業の根拠、さらに計画に期待を抱いた人たちに対してどう感じているか、私たちは改めてインタビューを求めた。

5日後、社長から再び返信が届いた。

時間が取れずインタビューは受けられないとあった。代わりにとA4サイズ10枚の回答が添付されていた。

これまで沈黙を続けていた社長のコメントを何点か抜粋する。
セレスティアル航空 濱津社長(文書での回答・原文ママ
延期の理由
「弊社は、私は、就航しますと宣伝したかった訳でもなく、事前より利活用に向け関係住民説明の為の資料作成や県や坂井市に協力し、(中略)福井の空が有効に利用される例を示し発言したものです。現実に4月29日から5月連休の数日は予約が既に入って居りました。(中略)、28日午後から強風など天候が崩れ、29日は朝から強風大雨を避けられないと判断し、29日の便を振替、回転翼は帰京させたものです。その後も連休の天候が回復せず、回転翼での運航を見合わせて居りました。7月まで恐竜館や他の場所への運航予約が御座いました。揚げ足を取れるのは嫌いなので付け加えますが、運航事業者は大手航空会社名です」
運航準備は整っていたという主張だが、事業許可の申請や届出が出されていなかった理由には触れられていなかった。

また、事業の根拠や本社の事情について、以下のように記載されていた。
会社の実績
「国内事業に関しては、守秘義務があり多くを公表して居りませんが、(中略)簡単にご説明いたします。国内実績に関して、ある航空機メーカーと国指定の認定を行って居ります。Flight inspectionと言われる認定事業です。運航に関しては、2航空会社受託関連が御座います。固定翼が主ですが、回転翼に関しては、各メーカーの機材精査や試験が御座います。海外実績に関してですが、グループで台湾、香港、アイルランドから航空機リースを行って居ります。アイルランドは現在24機材を他の地域に移し清算し、別地域での設立予定としています。

(登記上の本社にあったB社は)関東地域での空港格納庫建設に関しての受注、発注済、その他グランドサービス事業一部に関して、この会社が請け負っていくものです。共通する顧客もあり、設立当初の本店が再開発で移転となった為に、仮事務所として登記して居ります。(中略)御社の責では有りませんが、先にお伝えしました通りで、関係者や協力者などお名前を出されるのを嫌がる方も居りますし、執拗に連絡して来る方もいる事から、基本的に取材に関しましてはお断りして居ります」
国内外で事業を進めているとしていたが、具体的な内容は不明瞭だった。
そのほかの記述も、取材への批判や逆質問が並べられていた一方で、こちらの質問に対する明確な回答はなかった。

最後に、会社の計画に期待を抱いた人たちに対し、社長の私感として次のように記されていた。
地元の期待に対して
「弊社事業に期待を抱いた方。基本的に他人が行う事業に期待を抱く方はご自身のご都合で期待するだけで、その方々に対して特別のコメントは御座いません」

ヘリは来なかった それでも

季節はめぐり、福井では雪の便りも聞こえてくる時期となった。
ヘリコプターはまだ飛んでいない。福井空港も、あの会見のときのままだ。

だが、何も進んでいないわけではない。
福井県は、老朽化した空港ビルの改修や駐機場の整備、格納庫の設置などに向けて具体的な検討を行う庁内横断のチームを設置した。

セレスティアル航空の発表以降、複数の航空事業者が福井空港の利用を打診してきていて、施設の改修をどのように進めるかなど議論を重ねている。

また、県内の自治体が連携して「空」の活用を検討する団体も動き出し、県と連携しながら観光地の受け入れ態勢の整備などを話し合っている。

突如として、地方空港に舞い込んだ夢の計画。その実現はまだ見えていない。
それでも地元の人たちは自分たちの力で、半世紀近く忘れられた空港を変えようと動き出した。

ヘリコプターのようにひとっ飛びにはいかないかもしれないが、一歩ずつ進むその歩みを、私はしっかりと見つめたい。
※12月12日(月)午前0時~「ドキュメント20min.」(NHK総合)でも放送
福井放送局 記者
宮本雄太郎
2010年入局
札幌局、東京・経済部を経て21年秋から福井局記者
地方経済やエネルギー問題をテーマに「現場」の取材にこだわる
福井放送局 ディレクター
大川祐一郎
2011年入局
青森局、東京・経済部で記者として原子力政策を取材
19年夏から福井局ディレクターとなり地域に密着したドキュメンタリーを制作