台湾 情報戦~市民によるファクトチェック最前線~

「手袋をして投票すると票は無効になる」「民進党は台湾の半導体メーカーをアメリカに売った」
先月、台湾の統一地方選挙の期間中にネット上に流されたウソの情報の数々。いったい誰が、何のために、拡散させているのか。真実を見極めたいと願う市民たちが、みずからファクトチェックに乗り出す動きも活発化している。

正しい情報とは?混乱する市民

先月末に投票が行われた台湾統一地方選挙。

台湾北部の新北市に住む、呉月珠さん(65)は、選挙期間中、真偽が疑わしい情報に触れる機会が増えたと話す。

取材で自宅を訪れたこの日、ネットに掲載されていたある発言をめぐり、夫とちょっとした論争になっていた。

発言は、政治評論家のもので、「今の政治は最低だ」などと、政権を非難していた。

(夫)「これは彼が言ったことならば、フェイクニュースではない。個人の考えだ」
(妻)「個人の意見でも、違反しては…」
(夫)「しかし台湾は言論の自由がある」

呉さんは、正しい情報が十分に得られるのか、不安を募らせていた。

「中国よりの情報が増え、正しくない情報があふれることで、台湾の安全保障が脅かされないかと心配です」(呉さん)

大量に流れた偽情報・メディアを使った拡散の構造も

真偽が確かでない、情報はどのように広がっているのか。

台湾のNPO「Doublethink Lab」は、ことし9月から選挙前までのおよそ3か月間にネットの掲示板やSNSに掲載されたおよそ2900件の情報を、真偽が疑わしいものが含まれるとしてピックアップ、分析した。

サイトの運営者や発信元をたどるなどして調べた結果、「Weibo」や「Facebook」などのSNSを通して、中国からの影響を受け、情報がゆがめられ拡散している傾向が見えてきたという。

詳細に調べたのは、台湾にある世界的な半導体メーカー「TSMC」をめぐる情報だ。

「民進党は会社をアメリカに売った」などという、間違った内容の投稿が、11月のはじめごろ、インターネットに相次いだ。

分析によると、きっかけは、10月のアメリカの通信社の報道だった。
「不測の事態では最悪、企業のエンジニアたちを避難させることも検討する可能性がある」

この情報が、中国メディアや、多くのフォロワーがいるWeiboのアカウントで、「会社はアメリカの会社になるのではないか」「台湾当局は自主性をアメリカに譲ろうとしている」などとされて、拡散。

さらにフェイスブックや台湾メディアでも伝えられることで、一層、広がっていった。

ネットでは「企業のチャーター機はもうアメリカに向けて出発した」「アメリカはやっぱり有事において台湾を助ける気はない」などとする内容が次々に書き込まれた。

この企業に関する投稿を、NHKが「Twitter」でも調べたところ、『裏切り者の蔡英文が台湾とTSMCを売却した』などといった投稿が複数見られ、中には、特定の日の一定時間内に数十秒ごとに同じ文章を50以上投稿するなど不審なアカウトが機械的に投稿を繰り返すケースもあった。

いつの間にか、「エンジニアの避難、検討の可能性」の情報が、「会社をアメリカに売った」という情報にすり替わり、あたかも真実であるかのように広がっていったのだ。

NPOは、台湾内で話題になっている事案を、中国の公式メディアが反米の文脈を付け加えて引用して拡散、さらにそれを、台湾内の中国寄りの人たちが中国のプロパガンダに沿う形でSNSで拡散させていると分析している。
《Doublethink Lab 呉銘軒CEO》
「反米、反日感情や、不信感を呼び起こして政府への信用を低下させようという中国側のねらいがあると考えている。出どころなどを突き止め、うその情報が台湾に入ってこないようにしていきたい」

選挙期間中に摘発も

SNSやメディアも関わっているという偽情報の拡散。

選挙期間中の11月18日、台湾の調査局は、中国寄りのうその情報を流したとして台湾の会社を摘発したことを明らかにした。

この会社が、当局の許可を受けずに中国から、決められた上限を超えて投資を受けようとした両岸人民関係条例違反の疑いがあるとした。
当局によると、この会社はことし1月、フェイスブックに動画を投稿し、台湾有事が起きるとして台湾に住む日本人が避難を始めていると主張していた。

「台湾から日本人を避難させようとしている」

中国との関係をめぐっては、ことし10月、習近平国家主席が共産党大会で、台湾統一のためには武力行使も辞さない強い姿勢を示すなど、緊張が高まっている。

そうした中、台湾の世論の行方を問う統一地方選挙が、公正に行われるのか。

当局は、中国の影響力の拡大に警戒を強めていると、訴えた。
(台湾法務部調査局 劉家栄課長)
「ちょうど選挙前で、公正公平な選挙実施に影響を与えるかもしれないと考えました。最近は台湾の時事に合わせたフェイクニュースが拡散する傾向が見られます。そうしたフェイクニュースをわれわれがちゃんと調査しないと、台湾の人々の政治認識に大きな影響と変化をもたらし、国家安全と社会の安定を破壊することになります」

中国の認知戦「戦わずして勝つ」

中国の情報工作について、専門家は台湾有事に備えて台湾の人たちの心理的な抵抗などを減らすための「認知戦」だと指摘している。

日本の防衛省の防衛研究所は、中国の軍事動向に関する報告書を先月(11月)公表、その中で、台湾への認知戦について記している。

習近平国家主席による大規模な軍の組織改革などを踏まえながら、台湾に対してサイバー攻撃やフェイクニュースの拡散など幅広い活動が行われているとしている。
報告書の執筆者のひとり、防衛研究所の門間理良地域研究部長は、中国が、認知戦を活発化させていると見る。

《門間理良地域研究部長》
「現代の戦争は物理的な武力の行使だけではなく、情報や心理・認知といったいわゆる非物理的領域への侵食を併用したものに変化してきています。ロシアとウクライナの戦争の推移を見ても明らかなように、中国にとっても実際に戦うのはリスクが大変高い行為です。中国としてはできるだけ、台湾住民の物理的・心理的な抵抗が少ない形で統一を達成しようと考えていて、軍事や政治など各種の圧力を高めて『戦わずして勝つ』という体制を整えようとしていると見ています」

門間さんは、認知戦では、以下のような複数の手段が同時並行的に使われていて、今後、さらに洗練されていくと分析している。

▽中国の公式メディアによる宣伝
▽フェイクニュースを取り上げるサイトの立ち上げ
▽台湾にある中国に好意的な政党や団体による宣伝
▽ネット上の不特定多数による中国にとって有利な言説の書き込み
▽インフルエンサーによる宣伝行為
高度化する認知戦に備え、日本でも対策が必要なのか尋ねると。

《門間理良地域研究部長》
「現状では台湾への働きかけが主であると考えられ、それ以外の言語は圧倒的に英語です。この点から推測すれば、日本を対象とした認知戦は、まだ本格化はしていないと考えています。ただ、今後は日本に対しても力を入れてくる可能性は考えておいたほうがいいかもしれません。そのためにも、メディアリテラシーを高める教育をしっかりと行っていく必要があると考えます。フェイクニュースが流された場合、即座に行政サイドが効果的な反論を実施すること、ファクトチェックを行う機関を国内で今後も充実させていくことなども重要だと思います」

市民がみずから監視する仕組みも

真偽が不確かな情報がネット上に多く流れる台湾。

真実を見極めたいと願う市民の動きが活発化している。

ファクトチェックに取り組む市民団体の「Cofacts」。

真偽が疑わしい情報を、SNSを通じて市民から集め、それを、市民たちみずからが相互にチェックすることで、事実を見極めようとする体制を作り上げた。

情報は、台湾でも数多くのユーザーがいるLINEで寄せられる。

寄せられた情報は、ホームページに続々とならび、その情報のファクトチェックを、2000人を超える市民のボランティアが担う。
例えば、半導体メーカーをめぐる不確かな情報。

疑わしいという通報をもとに、市民ファクトチェッカーたちは、会社の公式情報やニュースなどを根拠に真偽を確かめる。

この会社は、アメリカに工場を設立するものの、工場や関係者がアメリカに避難したわけではなく、現在も台湾の工場は稼働している。

団体のデータベースには、こうして市民がファクトチェックしたデータがどんどん蓄積されていく。

これまでに蓄積されたデータは、およそ10万件。
このデータベースをもとにAIが、ファクトチェックの結果を、自動的に、真偽を確かめてほしいという情報を寄せた人に回答する仕組みになっている。

回答には、判断の根拠となったニュースなどの情報も添えられる。

ファクトチェックの結果は、団体のウェブサイトでも確認できる。
《Cofacts 李比鄰(り・ひりん)共同設立者》
「選挙を前にして多くのフェイクニュースが拡散している。フェイクニュースは民主主義への深刻な害となる。ファクトチェックにはリテラシーも必要で、お互いに力を合わせて必要なデータと知識などを共有していくことが重要だ。台湾の民主主義は、市民たち全員で守っていかないといけない」

真実をわが手に、立ち上がる市民

団体は、こうしたファクトチェックの担い手を一人でも増やそうと、スキルアップのための講座を定期的に開いている。

この日、参加していたのはおよそ20人。

大学生や会社員、公務員や定年後の人もいた。

ファクトチェックのためには、専門家の意見や統計などを根拠として例示することなどを教わる。

「みんなで協力することで、フェイクニュースの攻撃に対抗できるようになるでしょう」(30代 男性)

「本当のように見えて実はうその情報が多く、人々を動揺させている。選挙を前に、いまますますフェイクニュースをめぐって深刻な状況になっている」(50代 女性)

ネットの情報に不安を抱いていた呉さんの姿もあった。

「家に帰って腕を磨いて、できるようになったらファクトチェックした正しい情報を他の人に届けたい」(呉さん)

一方、中国側は、台湾の統一地方選挙の期間中に開かれた記者会見で、台湾の与党・民進党について、「大陸の脅威を誇張しがちで、中国を恨むようなポピュリズムをあおることで、政治的な利益を得ようとしている」(国務院台湾事務弁公室・馬暁光報道官)とした。

中国の影響を常に身近に感じながら生活を送る台湾の人々。

ネット上に不確かな情報があふれる中、台湾の将来を考え、真実を見極めたいと願う市民たちが、動き出している。