なぜいま人気?異業種からの農業参入

なぜいま人気?異業種からの農業参入
高齢化が進み、担い手不足に悩み続けてきた農業。しかしいま、未経験の若い人たちが参入するケースが増えています。現場を取材すると、むかしのイメージは様変わり。新しい農業の形が広がり始めていました。(経済部記者 保井美聡)

若者であふれかえる就農相談会

異業種から新たに農業を始める人が増えているという話を聞き、まず訪れたのが新規就農を目指す人向けの相談会です。

目立ったのは、20代や30代の若い人の姿。

参加した人に話を聞いてみました。
会社員(29)
「もちろん大変だというイメージはあるが、農業には生産から販売までできる人材が少ないと思うので、ビジネス経験がある人材がいれば、より活性化できるのではないか。何個かブースを見たが、可能性はすごい高いと思った」
金融機関勤務(24)
「自分の手で食べ物を育て、直接お客さんに届けて喜んでいる顔を見られたらすごくいいと思うようになった。これからもっと調べていきたい」
主催した矢野孝治さんは、新型コロナの感染拡大や世界情勢の変化も若い人たちが農業を目指すきっかけの1つになっていると言います。
イベントを主催した矢野孝治さん
「新型コロナの感染拡大で飲食やサービス業が打撃を受け、そういった方たちも新たに農業に関心を持つようになっている。ロシアのウクライナ侵攻やSDGsへの関心から、自給自足的な思考や、都心にこだわらない移住思考も強くなっているのではないか。国の支援制度も豊富に用意されているので、若者の職業の選択肢になりつつあると感じている」

デザイナーからいちご農家に転身

実際に、異業種から農業に参入した人を訪ねてみました。

滋賀県東近江市の小林佳紫さん(31)です。
3年前、転職活動の一環で農業セミナーに参加し、それ以来、農園の計画を温めてきました。

そして2021年3月にいちご農園をオープン、農業に必要な技術は地元の農業大学で1年かけて習得しました。

設備投資に2600万円かかりましたが、多くを政府系の金融機関から無利子で借りることができました。

もともと小林さんは、出版社でデザイナーとして働き、フリーペーパーの広告のデザインなどを担当していました。
そのスキルをいかして、農園のロゴマークや案内の看板を作ったり、日々の出来事をイラストにしてSNSで発信したりしています。

開業してまもないため、まだ収益は安定していません。

それでも未来の農園のイメージを尋ねると、こんなイラストを描いてくれました。
さっそく今シーズンからいちご狩りを始めるほか、ゆくゆくはたき火を囲むアウトドア施設なども設け、訪れた人が楽しめる空間にしたいと考えています。
小林佳紫さん
「近隣のベテラン農家さんからアドバイスをもらえるし、県や市のサポートも手厚いと感じる。今までの仕事の経験もいかし、どうやったらお客さんの心に届くかということを考えて、楽しみながらやっていきたい」

若手の受け皿 農業法人とは

「たしかに農業に興味はあるけれど、いきなり自分の農場を持つのはちょっと」って思った方もいるかもしれません。

そういう人たちの受け皿になっているのが「農業法人」です。

2020年の調査では国内に3万社あまり、10年間でおよそ1万社増えました。

農林水産省によりますと、新たに農業法人などに入って農業を始めた人は去年1万1570人と過去最多を更新。

親などの後を継いで農業を営む人は年々減っているのに対して、農業と無縁だった若い人たちが農業法人に次々と就職しているんです。

年収1000万円も夢じゃない

実際に農業法人を取材してみました。

埼玉県加須市にある「中森農産」です。
社長の中森剛志さんは34歳、農業系の大学を卒業し、1から農業法人を設立しました。

耕作放棄地などを借り受け、今では東京ドームおよそ50個分の230ヘクタールの農地で作付けを行っています。

ここでは10人の社員が働いていて、平均年齢は29歳です。

多くが農業以外からの転職者で、毎年のように新たな従業員が入社していると言います。
中森剛志さん
「農業をやりたい人は起業しなければいけない。しかし起業は誰でも負えるリスクではない。そこで農業法人という受け皿があれば、若者を農業界に引き込む入り口になると考えて立ち上げた」
中森さんの農場では、コメや大豆、家畜のエサ用のとうもろこしなどを栽培しています。
設立から6年たち、売り上げは1億円を超えるまでになりました。

中森さんが目指すのは、普通のサラリーマンにひけをとらない給与水準。

数年以内には、部長級の社員の年収を1000万円に引き上げたいと考えています。

システムエンジニアから農業へ

そのポジションにいるのが、農場長の佐藤康平さん(29)です。

大学卒業後、都内でシステムエンジニアとして働いていましたが、3年前に転職。

その際、両親からは「苦労させるために大学に行かせたわけではない」と大反対されたそうです。

しかし、そうした農業のイメージも含めて、佐藤さんは変えていきたいと考えています。
佐藤康平さん
「僕は農家や百姓ということばがあまり好きではないんです。百の仕事ができるというものの、その分、労働時間が長くなったりすると思うので、しっかりスペシャリストが集まるような会社組織を作って、持続性のある農業法人を目指していきたい」
このほか映像製作会社や電気工事会社、それに運送会社から転職してきたという人もいます。
話を聞いてみると「休みは不定期だけど自分の休みたい時に休めるし、前より給料が高くなった」「新型コロナなど感染症の影響を受けにくく、生きる基本である食べ物を作るという意味では安定した仕事だ」など、いずれも農業の仕事に満足している様子でした。

農業は若者の選択肢になっている

「農業を始める」と聞くと、今までは実家の後を継いだり、退職後の趣味として行ったりするイメージでしたが、若者の就職先の選択肢になってきていると強く感じました。

ロシアによるウクライナ侵攻などで食料安全保障が叫ばれる中、持続可能な産業として農業の価値を見直す若者が増えていることも背景にあると思います。

若者の意識の変化に合わせて、国や農業界も適切な支援を行い、農業に従事する人を継続的に増やしていけるかが問われています。

この追い風をものにできれば、10年後20年後の農業は大きく変わっているかもしれません。
経済部記者
保井 美聡
2014年入局
仙台局、長崎局を経て現所属
農林水産省担当