「工事=うるさい」を変えろ 広がる“静かな工事”

「工事=うるさい」を変えろ 広がる“静かな工事”
みなさん、家の近くで工事をしていると気になってしまうのが、騒音ではないでしょうか。「何時までこの工事が続くのだろう…」と、工事から出る音に頭を悩まされた方も少なくないはずです。今回は、そのやっかいものの音を減らそうと取り組む、建設業界の静かでアツい技術開発について取材しました。(経済部記者 寺田麻美)

聞き比べると?

金属の手すりなどを切断するためのこちらの工具。

ただの工具ではありません。
太い金属も、油圧の力ではさんで切ります。

削らないことで、騒音が大幅に減りました。

こちらは、天井にボードなどを打ち込む工具です。
2つとも見た目はあまり変わりませんが、2つの音を聞き比べてみてください。
若干、右側の工具の音のほうが小さく聞こえませんか?

実は、右側の工具は、音を小さくする工夫が施されています。

実際に、騒音計で図ってみると、右側の工具のほうが、左側の従来のものより、15デシベルほど音が小さくなっているのがわかります。

工具に、消音器を付けたり、打ち込む力を必要最低限まで調整したりして、騒音を減らしました。

目指せ“静かな工事”

これらの工具を開発したのは、長年、外壁や内装工事などに関わってきた都内の中小企業です。
この会社が目指すのは、「静かな工事」。

他社にはない強みを持たなければ生き残れないと考え、13年前から、ほかのメーカーも交え、従来より小さな音で作業できる工具の開発に取り組んできました。
新たな工具によって、工程自体が変わった作業もあります。

例えば、タイルの撤去工事。

一般的には電動ピックでタイルを粉々にして、はがしていきます。
しかし、これでは大きな音がなってしまう上、粉じんが発生してしまいます。

そこで、開発したのは、タイルを「めくり取る」工具です。

内部に樹脂を入れて騒音があまりでないようにした専用のカッターを、タイルとタイルの間に入れて、タイルを挟み込み、一枚一枚はがしてくのです。
それでも出てしまう音を少しでも防ごうと、会社では、騒音を工事現場の外に漏れ出ないようにするための高性能な防音壁も開発しました。
これまでに開発した工具はおよそ30種類。

騒音対策へのニーズが高まる中、“静かな工事”への引き合いは、高まっているといいます。
丸高工業 サイレントシステム事業部 吉田哲朗主任
「作業の騒音がかなり減るので、横で工事をしていても不快な思いをしないというのが一番大きいかなと思います。難しいのは工具のパフォーマンスやスピードを保ちながら、静かにしないといけないという点で、日々いろんな発見をしながら開発を進めています。工具と防音壁を組み合わせることで、周りの人が隣で工事していることに気づかないレベルにまですることを目指しています」
こうした取り組みは、建設現場での働き方改革につながることも期待されています。
これまで、騒音のクレームが来ると、工事をいったん中断せざるを得ず、工期が延びてしまうケースや、クレームを恐れて、あらかじめ限られた時間帯でしか工事ができない現場もありました。

騒音を抑える工具を活用した現場の中には、制限時間が緩和され、工期の短縮につながったケースもあったということです。

コロナ禍も影響?工事の音に増える苦情

騒音対策のニーズが高まる背景の1つには、コロナ禍もあるとみられています。

全国の自治体に寄せられた騒音の苦情の件数は、2020年度は2万件近く。
前の年度からおよそ3割増加しました。

このうち、最も多いのが、工事などによる騒音です。

コロナ禍で在宅勤務が広がるなど、家にいる時間が長くなったことで騒音を訴える人が増えたとみられているのです。

低周波の機械音どう減らす?

こうした中、別の建設会社では、建設機械から出る低周波の音を減らそうという研究を進めています。

この会社では、低周波の音は、防音壁などで防ぐことが難しく、遠くにまで影響してしまうのが悩みの種でした。

そこで考え出されたのが、騒音と逆の波の形をした別の音を発生させて打ち消すことで、騒音を聞こえにくくしようという方法です。
イヤホンのノイズキャンセリング機能と同じ原理です。

こちらは対策前と対策後の音の波の形を表した図です。
黄色が騒音、水色が発生させた音、紫色が耳に聞こえる音を表しています。

青色の波が黄色と反対の形になった対策後では、紫色の波が小さくなり、騒音が減ったことがわかります。

工事現場では、建設機械に、マイクやパソコンなどを備え付けて、リアルタイムで騒音を分析。
打ち消す音を発生させます。

今後、装置の小型化などに取り組んで、活用の場を広げていきたいとしています。
奥村組 技術研究所 柳沼勝夫主任研究員
「世の中はどんどん静かになっていく方向で、その分、工事騒音が目立つようになってきている。騒音にお困りの方の負担を軽減するとともに、現場のほうも騒音をどうするか苦労しているので、そこを支援できるような技術にしていきたい」

取材後記

自宅の周辺などで工事が始まると、「うるさくて嫌だな」と思ってしまいがちです。

しかしその裏側では、騒音を「しかたない」と諦めるのではなく、少しでも減らそうと果敢に挑戦してきた企業の努力があったことを、今回の取材を通して知りました。

騒音対策の技術の開発や普及がさらに進み、周辺への影響が少なくなることはもちろん、現場で働く人たちにとっても、働きやすい環境作りにつながっていくことを期待したいと思います。
経済部記者
寺田 麻美
2009年入局
流通・物価などを担当