敵ミサイル基地などたたく「反撃能力」 議論の焦点は【詳細】

敵のミサイル発射基地などをたたく「反撃能力」をめぐり、自民・公明両党は実務者協議で反撃の対象などの論点整理を行い、それぞれ党内の意見集約をはかったうえで、12月2日の会合で反撃能力の保有について合意を目指すことを確認しました。

今回の議論の焦点になっている「反撃能力」について詳しく解説します。

「反撃能力」とは これまでの議論は

弾道ミサイルを発射された場合、現在は、海上のイージス艦と陸上の迎撃ミサイルPAC3の2段構えで、イージス艦で撃ち落とせなければ、PAC3で迎撃することになっています。

しかし、弾道ミサイルが大量に打ち込まれるなどの攻撃を受けた場合には限界があるとして、議論になっているのが、発射基地などをたたく「反撃能力」です。

相手のミサイル発射基地などをたたく「反撃能力」は、「敵基地攻撃能力」とも呼ばれています。

敵基地攻撃について、政府はこれまで、ミサイルなどによる攻撃を防ぐのにほかに手段がないと認められる時にかぎり、可能だとする考え方を示してきました。

法理論上、憲法が認める自衛権の範囲に含まれ専守防衛の考えからは逸脱しないという見解で、1956年には、当時の鳩山総理大臣が「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨だとは考えられない」と述べています。

ただ、日米安全保障体制のもとでは一貫してアメリカが「矛」、日本が「盾」の役割を担い、相手の基地の攻撃を目的とした装備を持つことは考えていないと繰り返し説明してきました。

2017年3月には当時の安倍総理大臣が「敵基地攻撃能力についてはアメリカに依存しており、敵基地攻撃を目的とした装備体系を保有する計画はない」と述べています。

転機となったのがおととしで、迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備断念をきっかけに、抑止力を向上させるためとして、自民党が相手領域内でも弾道ミサイルなどを阻止する能力の保有を含め、早急に検討して結論を出すよう政府に求めました。

ことし4月には自民党の安全保障調査会が「敵基地攻撃能力」について、「反撃能力」に名称を変更したうえで保有することなどを盛り込んだ政府への提言をまとめました。

防衛力の強化に向けた政府の有識者会議は、11月22日に報告書をまとめ、「反撃能力」の保有が不可欠だとして、できるかぎり早期に十分な数のミサイルを配備するよう求めています。

「反撃能力」焦点は

【発動のタイミング】
「敵基地攻撃能力」ともよばれる「反撃能力」をめぐって焦点の1つとなるのが、発動を行う要件です。

これについて政府は、自衛権行使の3要件に合致した場合などとしています。

自衛権行使の3要件は
▽武力攻撃が発生し、
▽これを排除するためにほかに適当な手段がない場合に
▽必要最小限度の実力行使にとどめるというものです。
このうち武力攻撃の発生については、相手が武力攻撃に「着手」した時で、武力攻撃による実際の被害を待たなければならないものではないと説明しています。

一方で、安全保障の専門家などからは、武力攻撃の着手を正確に把握するのは難しいという指摘も出ています。

弾道ミサイルは、固定式の発射台だけでなく、車両や潜水艦などから発射されることもあり、ことしの防衛白書では「発射位置や発射のタイミングなどに関する具体的な兆候を事前に把握することは困難」としています。

仮に相手が武力攻撃に着手する前に敵の基地などを攻撃すれば、国際法で禁止された「先制攻撃」となるおそれがあります。

武力攻撃の着手について、平成15年に当時の石破防衛庁長官は「東京を火の海にするぞと言ってミサイルをきつ立させ、燃料を注入し始め、それが不可逆的になった場合というのは、一種の着手」と説明しています。

また、浜田防衛大臣は10月の記者会見で「どの時点で武力攻撃の着手があったと見るべきかについてはその時点の国際情勢、相手方の明示された意図、攻撃の手段、態様などにより、個別具体的な状況に即して判断すべきだ」と述べています。
【反撃の対象】
「反撃能力」をめぐる政府の方針案では、反撃の対象は国際人道法を踏まえて「軍事目標」に限定するとしています。

赤十字国際委員会は「軍事目標」について、「性質や位置、目的、使用法によって軍事行動に実際に貢献している施設」と解説しています。

そのうえで「すべての軍人は、攻撃対象の性質を確認しなければならず、軍事目標以外のものを攻撃してはならないとされている」としています。

なぜ「反撃能力」が議論に

「反撃能力」の必要性について、政府は、弾道ミサイルが大量に撃ち込まれる「飽和攻撃」などを受けた場合、現在の日本のミサイル防衛システムでは迎撃が困難で限界があることを理由にあげています。

日本は、弾道ミサイルを発射された場合、海上自衛隊のイージス艦と航空自衛隊の地上配備型の迎撃ミサイル、PAC3で迎撃する2段構えの態勢をとっています。現在、イージス艦は8隻、PAC3は全国の28の部隊に配備されています。

防衛省によりますと、これらの装備のほか、レーダーや迎撃ミサイルなど、弾道ミサイル防衛に関する費用は整備を始めた2004年度から今年度当初予算までの累計で2兆7829億円にのぼるということです。

さらに防衛省は、弾道ミサイルなどさまざまなミサイルに対応するためとして、「イージス・システム搭載艦」を2隻建造することを決めていて、このうち1隻目は2027年度末の就役を目指して来年度予算案の概算要求に設計などの費用を盛り込んでいます。

専門家「相手に対して抑止効果があると判断」

安全保障に詳しい拓殖大学の佐藤丙午教授は、政府が「反撃能力」が必要だという方針案を示したことについて「日本が『反撃能力』を持つことによって相手は軍事力の集結や、軍事力を行使するための予備作業を行う場合でも、日本に対して極めて複雑なメッセージを送るということを認識することになる。日本が『敵基地攻撃能力』を持つということは相手に対して抑止効果があると判断したのだろう」と話しています。

一方で「相手はいろいろな形でこちらに偽の情報をつかませようとするだろうし、おとりを使って挑発することもあると思うので、相手が攻撃に着手したかを100%見極めるのは困難だ。衛星からの情報で危険な可能性がある行動を把握したからといって、自動的に攻撃をするのは不用意に開戦行為を行うことになるので、いちばん取ってはいけないことだ」と述べ「反撃能力」の発動には慎重な対応が必要だと指摘しています。

また、集団的自衛権の行使として「反撃能力」の発動を認めるかどうかについては「事態をさらに悪化させる可能性や日本に対する軍事的な脅威が増強される可能性がある。どういう局面であれば法令を順守したうえで『敵基地攻撃能力』を活用できるのか、十分に議論してほしい」と話しています。

反撃の対象については「民間施設であっても軍事的な用途で使われている場合はそれを攻撃することは国際法上、合法的な行為になることもあり軍事目標を攻撃すると言ったとしても民間人を殺傷する、もしくは民間施設を破壊する可能性というのはどうしても出てきてしまう。また、軍事目標と民間施設が混在したような状況において軍事目標だけを区別して攻撃できるかどうかという問題もある。早急に結論が出る問題ではなく、情報収集をさらに重ねていかなければいけない」と述べ、十分な議論が必要だと指摘しています。

専門家「国のあり方そのものが変わってしまう」

安全保障に詳しい流通経済大学の植村秀樹教授は、政府が「反撃能力」が必要だという方針案を示したことについて「日本は『専守防衛』の考えのもと、守りを固めることで、国の防衛につなげることを続けてきた。『反撃能力』と名前を変えても実際にやることはこれまで『敵基地攻撃能力』と呼んできたものを導入するわけなので、『専守防衛』の方針から外れる大きな転換だ。国内向けにはあたかも防衛のように見せかける一方、相手には攻撃するぞと脅しをかけるようなもので、国のあり方そのものが変わってしまうと思う」と指摘しています。

また「相手が攻撃に着手したかを見極めるのは非常に難しい。相手がミサイルを撃ったから反撃すればいいわけではなくて情報を正確に入手し分析して、相手の意図を正確に理解しなければならない。インテリジェンスの能力は一朝一夕に数年で身につくものではないので、そこができないかぎりは日本の抑止力にはならない」と指摘しています。

そのうえで「『専守防衛』の方針を変えないということであれば、整合性が本当にとれるのか、『専守防衛』の延長線上にある政策と言えるのか、きちんと説明をしなければならない。国民の納得が得られるのか、冷静かつ慎重に議論をしてほしい」と話しています。

岸田首相「『先制攻撃』でないこと明らかにできる制度・体制を」

参議院予算委員会では、今年度の第2次補正予算案の審議が行われ、岸田総理大臣は「反撃能力」の保有をめぐり、「先制攻撃」ではないことを国際社会に明らかにできる制度や体制を構築していきたいという考えを示しました。

自民党の堀井巌氏は敵のミサイル発射基地などをたたく「反撃能力」について「現在のミサイル防衛のあり方はいわばピストルの弾をピストルの弾で撃ち落とすようなものだ。相手が繰り返しミサイルを発射することがないよう、きちんと相手のミサイル基地などに対し到達する能力を持つ必要性を伺う」と質問しました。

これに対し、岸田総理大臣は「急速なスピードで変化、進化しているミサイルなどの技術に対して、国民の命や暮らしを守るために十分な備えができているのか。迎撃システムを向上させる努力は当然だが、『反撃能力』を含め、あらゆる選択肢を排除せず、現実的に検討していかなければならない。有識者会議の報告書や与党間の協議なども踏まえつつ年末までに結論を出していきたい」と述べました。

また、30日の委員会で岸田総理大臣は「反撃能力」について「先制攻撃かどうかの境目は難しい」と指摘されたのに対し「国際法において先制攻撃に対する学説は分かれ国によって物差しはさまざまだ。わが国として先制攻撃ではないことをしっかり明らかにする制度・体制をつくっていかなければならない。国会と国民にできるかぎりの説明努力を行いたい」と述べました。