“ホームランは狙わない”「小さな巨人」の覚悟とは

“ホームランは狙わない”「小さな巨人」の覚悟とは
人は彼のことを「怪物」と呼ぶ。浅野翔吾、18歳。高校通算68本のホームランは、あの清原を超える。「もっとホームランを打ちたい」かつて誰よりも強く思った青年は、甲子園、そしてドラフト会議を経て、今こう答える。“ホームランは狙わない”(高松放送局記者 山内司)

優しい「怪物」

私が浅野選手に初めて会ったのは、ことし5月27日、高松商業のグラウンドだった。練習終わりで疲れているにも関わらず、気持ちよく取材に応じてくれた。
「グラウンドの先にある学校の屋根を超えた」
「飛距離を測ってもらったら155メートルだった」
自慢のエピソードを少し恥ずかしそうに語ってくれた。

私が抱いた印象は、謙虚で礼儀正しく、自分の実力に決しておごることがない好青年。対戦相手から恐れられる「怪物」というイメージは、ほとんど抱かなかった。

衝撃の香川大会

しかし、そのイメージは、すぐ覆される。
7月に開幕した、夏の全国高校野球香川大会。

最初の打席、いきなりレフトスタンドへのホームラン。衝撃的な夏の幕開けだった。

準決勝でも、第1打席で、詰まりながらもレフトスタンドへ。想像を超える活躍だった。
さらに驚いたのは第5打席。なんと左打席に立ったのだ。右のアンダースローの投手に対応するためだった。捉えた打球はアウトになったものの、フェンス手前まで伸びる大飛球となった。

「きょうはどんなバッティングで魅了させてくれるのか」
球場に通うたびに、期待が膨らんだ。

そして、甲子園出場をかけた決勝。2点リードの4回、リードを広げたい場面。左中間へ文句なしのスリーランホームラン。

ホームランを量産する「怪物」。欲しいところで…、左打席で…。

「この選手はドラフト1位で選ばれるだろう」
香川大会を見ながら、そう思ったことを鮮明に覚えている。

勝利のために“狙わない”

しかし、私が最も印象に残ったのは、ホームランではなかった。
決勝戦、2点差に迫られた8回の打席だ。フォアボールにも関わらず、浅野選手はベンチに向かって、ガッツポーズをした。しかも全力で。

このとき、私は、浅野選手から繰り返し聞いていた、あることばを思い出した。
「ホームランは狙っていません。チームのために出塁することだけを狙っています」
これまで、ホームランが欲しい場面で、いとも簡単に打ってしまう姿を見ていた私は、正直なところ、この発言を、きれい事ではないかと思っていた。しかし、フォアボールの瞬間のガッツポーズは、ホームランを打ったときのそれよりも、はるかに力強いものだった。
「全打席で出塁して、優勝に貢献できてうれしい」
彼は、個人の成績よりも、出塁すること、つまり、「チームの勝利」を心から求めていたのだ。

エゴを捨て 見えた景色

“ホームランは狙わない”

「スラッガー・浅野」の強烈な印象と、その発言のギャップが気になり、取材を進めた。

実は、1年前まで、「ホームランを打ちたい」という気持ちが誰よりも前に出る選手だったという。打てないときには、いらだちを顔や態度に出し、チームの雰囲気を悪くしていた。
長尾監督
「『俺が俺が』という感じで、チームよりも自分の結果を優先する精神的な未熟さがあった。常にチームのことを考えて行動できる選手へと成長してほしかった」
去年夏、監督から「キャプテン」に指名された。チームを引っ張る中で、自身の行動が周りに与える影響の大きさを痛感した。

「自分には何が足りないのか」
たどりついた答えが「仲間を信じる」ことだった。
「切り替えていこう」「元気を出そう」
自分が打てなくても、仲間がミスをしても、誰よりも声を出し、チームを鼓舞した。さらに後ろのバッターを信頼し、出塁を目指すようになった。

するとバッティングに変化が生まれた。ヒットを狙って、低く、鋭い打球を意識した結果、ホームランが自然と増えたのだ。

出塁を最優先に掲げたことでつかんだ初めての感覚だった。

甲子園 大一番で執念の出塁

迎えた甲子園。私は現地入りして浅野選手を追った。
初戦で、いきなり2打席連続ホームラン。

続く3回戦。目標のベスト8進出をかけた大一番は、成長した浅野選手を象徴する試合となった。

第1打席、珍しく打ち損じた当たりだったが、50メートル5秒9の俊足で全力疾走し、内野安打。そして、すかさず盗塁。相手ピッチャーの配球を事前に研究していたという。その後、仲間のヒットで、ホームに帰って先制。浅野選手の執念で、もぎ取った1点だった。

その後も、フォアボールで出塁するなど、すべての得点に絡んで勝利に貢献した。
「野球はバッティング、走塁、守備とある。たとえバッティングの調子が悪くても、どこかでチームに貢献できればいい」
さらに、準々決勝でもバックスクリーンへのホームランを放った。

敗れはしたものの、甲子園3試合で打率7割、ホームラン3本というすばらしい結果を残した。

しかし…
「ホームランよりも、出塁率が8割ということのほうがうれしいです」
試合後のインタビューで語った彼のことばが、「浅野翔吾」という野球人の本質を、最も表していると思う。

巨人が1位指名 見据える未来は

10月2日、最後の公式戦となる国体を終え、高校野球を引退した浅野選手。

ラストミーティングでは、成長のきっかけを与えてくれた仲間たちから熱いエールが送られた。
山田 副主将(当時)
「“プロ注目”というプレッシャーがある中で、キャプテンとしてチームを引っ張ってくれてありがとう。プロに行っても、俺ら全員が味方だから、自分らしい野球をして、頑張ってください」
迎えた10月20日のドラフト会議。巨人と阪神が1位指名し、抽せんの結果、巨人が交渉権を獲得した。

原辰徳監督がガッツポーズをすると、緊張していた浅野選手はやっと表情を緩めた。
会見で問われた「目指す選手像」、その答えは、やはり「浅野翔吾」だった。
「自分はホームランバッターではない。チームを勝利に導くことができる、チャンスメーカーになりたい」
「個」よりも「チームの勝利を」そのために、あえて“ホームランは狙わない”。

その謙虚な姿勢は、きっとプロでも彼を大きく成長させてくれると思う。

取材を終えて

浅野選手を取材するたびに、繰り返し聞くことばが、もう1つある。
浅野選手
「野球で活躍するのに、身長は関係ないと証明して、小さい子どもたちや、身長が小さな選手に夢を与えられる存在になりたい」
身長1メートル71センチの「小さな巨人」は、今も、かつて所属していた少年野球チームに顔を出し、子どもたちに野球を教えている。

周りから「ヒーロー」扱いされても一切、おごることがない、謙虚な浅野選手だが、子どもたちにとっては「ヒーロー」そのものだ。

地元の希望として、プロの世界へ羽ばたく浅野選手、香川での生活は残りわずかだが、これからも、しっかり追いかけていきたい。
高松放送局記者
山内 司
2018年入局
スポーツ担当。大学時代、甲子園1大会の全試合を現地観戦するほど高校野球好き。プロ野球ではオリックスファン