「きつい」「しんどい」はもう古い “学校体育”最前線

「とにかく楽しくて、自分にとって輝ける時間だった!」
「運動が苦手で、苦痛だった…」
皆さんいろいろな思い出があると思いますが、体育の授業はどんな時間でしたか?今、ICT(=情報通信技術)を活用し、体育の授業を大きく変えようとする動きが広がりつつあります。学校体育の最前線を取材しました。(おはよう日本ディレクター 田村夢夏)
「運動が苦手で、苦痛だった…」
皆さんいろいろな思い出があると思いますが、体育の授業はどんな時間でしたか?今、ICT(=情報通信技術)を活用し、体育の授業を大きく変えようとする動きが広がりつつあります。学校体育の最前線を取材しました。(おはよう日本ディレクター 田村夢夏)
“跳べる人”の感覚 バーチャルで体験
新潟県内の小学校で行われていた、体育の授業での「跳び箱」。子どもたちは、ただ「跳び箱」を繰り返し跳ぶだけではなく、たびたび、小さい箱のようなものを手に取って中をのぞいています。

子どもたちが見ていたのはVR(=仮想現実)で「跳び箱」を跳ぶ映像です。
目の前には体育館の風景が広がり、スタートボタンを押すと、助走から踏み切り、着地まで一連の流れを体験できます。VRならではの“没入感”によって「跳べる人」の感覚を、自分が体験したかのように落とし込むことが可能になると言います。
目の前には体育館の風景が広がり、スタートボタンを押すと、助走から踏み切り、着地まで一連の流れを体験できます。VRならではの“没入感”によって「跳べる人」の感覚を、自分が体験したかのように落とし込むことが可能になると言います。

子どもたちは「バーチャルの世界の自分」と「現実の自分」の違いを見つけ、どうやったらバーチャルの世界での成功体験を再現できるのか、意欲的に練習に取り組んでいました。
VRを見ながら「なるほど」、「わかった!“ダッ、ダーン”だ」と、何かを発見してつぶやく子どもたち。VR映像の中で変わる視点の動きに注目し「次は目線に気をつけて跳んでみます」と話す児童もいました。
この学校でVR教材を導入したのは1年前。教師がその時間の目標を設定するのではなく、子どもたちがみずから「自分の課題」を見つけ、その解決に取り組めるようになることを目指しています。
授業が終わった後、子どもたちが提出した振り返りの内容では…
VRを見ながら「なるほど」、「わかった!“ダッ、ダーン”だ」と、何かを発見してつぶやく子どもたち。VR映像の中で変わる視点の動きに注目し「次は目線に気をつけて跳んでみます」と話す児童もいました。
この学校でVR教材を導入したのは1年前。教師がその時間の目標を設定するのではなく、子どもたちがみずから「自分の課題」を見つけ、その解決に取り組めるようになることを目指しています。
授業が終わった後、子どもたちが提出した振り返りの内容では…
「“トリャー!”じゃなくてコントロール」
「着地はヘリコプターみたいに優しく」
「VRの中では、跳び箱と体が平行になる瞬間があった」
「着地はヘリコプターみたいに優しく」
「VRの中では、跳び箱と体が平行になる瞬間があった」
力加減の調整や着地のしかたの大切さなど、さまざまな気付きをコメントしていました。
同じ授業時間の中でも、一人一人違う課題を見つけて取り組んでいたことが分かります。
同じ授業時間の中でも、一人一人違う課題を見つけて取り組んでいたことが分かります。

藤本先生
「自分が解決したいという問いがなかったら、人から与えられた学びになってしまいます。探求していこう、追求していこうという気持ちがまず起こらないですよね。体育の場合、いわゆる技能差が大きく出てしまう教科の特性があります。できない子はずっとできないまま終わり、すごく悲しい思いのまま授業が終わるよりも、自分自身が設定した課題に向かって取り組んで、1個ずつ階段を上がっていくような、積み上げていくような学びにしたいのです」
「自分が解決したいという問いがなかったら、人から与えられた学びになってしまいます。探求していこう、追求していこうという気持ちがまず起こらないですよね。体育の場合、いわゆる技能差が大きく出てしまう教科の特性があります。できない子はずっとできないまま終わり、すごく悲しい思いのまま授業が終わるよりも、自分自身が設定した課題に向かって取り組んで、1個ずつ階段を上がっていくような、積み上げていくような学びにしたいのです」
“持久走は苦手”を変える
続いて取材したのは、広島県内の小学校。
ICTを活用して行われていたのは「持久走」です。「きつい」「しんどい」というイメージが強く、嫌いな子どもたちも多くいるといいます。
ICTを活用して行われていたのは「持久走」です。「きつい」「しんどい」というイメージが強く、嫌いな子どもたちも多くいるといいます。

小学校の体育における持久走の本来の目的は「無理のない速さで継続して走り、持久力を養う」というものです。
しかし、これまでの持久走の授業といえば「決められた距離をタイムを計って走る」、いわば「長距離走」のような授業が中心でした。結果として、長時間走ることに苦手意識を持つ子どもを増やしてしまっているという課題がありました。
しかし、これまでの持久走の授業といえば「決められた距離をタイムを計って走る」、いわば「長距離走」のような授業が中心でした。結果として、長時間走ることに苦手意識を持つ子どもを増やしてしまっているという課題がありました。

そこで、この学校では心拍数を測定するハートレートモニターという装置を導入。子どもたちが身に着けた端末から心拍数を表示することで、自分の体の変化を“視覚化”します。
体力向上に適切とされる運動量は最大心拍数の70~80%とされているということで、子どもたちは、適切な心拍数を維持しながら一定のペースで走ることを目指します。
他人と競うのではなく、自分が無理なく走れるペースで走り続けるという持久走の本来の目的を理解してもらうとともに「無理のないペースは人それぞれ違う」ことに気付いてもらうこともポイントです。
体力向上に適切とされる運動量は最大心拍数の70~80%とされているということで、子どもたちは、適切な心拍数を維持しながら一定のペースで走ることを目指します。
他人と競うのではなく、自分が無理なく走れるペースで走り続けるという持久走の本来の目的を理解してもらうとともに「無理のないペースは人それぞれ違う」ことに気付いてもらうこともポイントです。

子どもたちは2人一組になり、1人が走っている間、ペアの児童はその様子をタブレットで撮影。
同時に、モニターに表示されるペアの児童の心拍数を見ながら、速すぎるペースで走ることのないように声をかけていきます。
同時に、モニターに表示されるペアの児童の心拍数を見ながら、速すぎるペースで走ることのないように声をかけていきます。
児童
「どんどん心拍数が上がっていってるから、ペースを落として!」
「それくらいのペースでいいと思う」
「どんどん心拍数が上がっていってるから、ペースを落として!」
「それくらいのペースでいいと思う」
「最大心拍数の70~80%」を実現するペースは子どもたちによって異なります。少し走っただけですぐに上がってしまう児童もいれば、速く走ってもあまり心拍数が上がらない児童もいます。
先生が児童に「気付いたことはありますか」と質問を投げかけると…
先生が児童に「気付いたことはありますか」と質問を投げかけると…
児童
「自分は思ったより心拍数が上がりやすいことが分かったけど、ペアの子を見ていたら、走るペースは速いのに、心拍数は70%を保っていた」
「自分ではゆっくりと走っていたけれど、心拍数が90%になっていて驚いた。友達はペースが速くても意外と低いままで不思議に思った」
「通学路は坂道が多いから、自分はほとんど毎日、高い心拍数になっているのでは」
「自分は思ったより心拍数が上がりやすいことが分かったけど、ペアの子を見ていたら、走るペースは速いのに、心拍数は70%を保っていた」
「自分ではゆっくりと走っていたけれど、心拍数が90%になっていて驚いた。友達はペースが速くても意外と低いままで不思議に思った」
「通学路は坂道が多いから、自分はほとんど毎日、高い心拍数になっているのでは」
日常生活での体の変化に注目した児童もいるなど、心拍数を目安にすることで、持久走をする時に限らず、他の体育の授業や日々の生活の中で、自分が無理なく続けられる運動は何か考えるのも、この授業のねらいです。
一人一人、ペースは違うということに気付いた子どもたち。
一人一人、ペースは違うということに気付いた子どもたち。

自分にとっての適切なペースを意識するようになり、授業の終盤には、ほとんどがペアの子どもから声をかけられなくても適切な心拍数で走ることができるようになりました。
授業が終わった後、子どもたちに話を聞くと「きょうの授業はきつくなかったから楽しかった」「自分のペースで走れるなら、また持久走をしたい」と前向きな声が返ってきました。
授業が終わった後、子どもたちに話を聞くと「きょうの授業はきつくなかったから楽しかった」「自分のペースで走れるなら、また持久走をしたい」と前向きな声が返ってきました。

藤原先生
「最初は子どもたちはダーッと走っていましたが、最後はゆっくり走ったり、スキップしたりしていました。“これぐらいでいいんだ”、“これぐらいが70~80%の動きなんだ”というところを子どもたちは見つけられたと思います。個々の違いというものを子どもたちは気付けたのではないでしょうか」
「最初は子どもたちはダーッと走っていましたが、最後はゆっくり走ったり、スキップしたりしていました。“これぐらいでいいんだ”、“これぐらいが70~80%の動きなんだ”というところを子どもたちは見つけられたと思います。個々の違いというものを子どもたちは気付けたのではないでしょうか」
ICT×体育 その背景は?
こうした体育の授業における変化の背景の一つが学習指導要領の改訂です。
小学校では2年前から全面実施となった新しい学習指導要領のポイントになっているのが「主体的・対話的で深い学び」。子どもたちがみずから課題を発見し、その解決に取り組むことが求められるようになりました。
小学校では2年前から全面実施となった新しい学習指導要領のポイントになっているのが「主体的・対話的で深い学び」。子どもたちがみずから課題を発見し、その解決に取り組むことが求められるようになりました。

そして、それを実現するためのキーワードとなっているのが「個別最適な学び」と「協働的な学び」です。子どもたち一人一人に応じた学習を提供し、自分と他者との違いを尊重できるようになるための学習が求められています。
従来の体育の授業は「動きの獲得」、つまり「できるようになる」ことが学習の中心になりがちでした。教師が目標を設定し、子どもたちは決められた時間の中で「できるようになること」だけを目指して練習を繰り返します。
結果として子どもたちがみずから課題を発見し、その解決に取り組むという、主体的に学びを深めていくスタイルの授業は作りづらかったと言います。
長年、体育におけるICTの活用を研究してきた東京学芸大学の鈴木直樹准教授は、ICTによって、これまでの課題を解決できるのではないかと期待を寄せています。
従来の体育の授業は「動きの獲得」、つまり「できるようになる」ことが学習の中心になりがちでした。教師が目標を設定し、子どもたちは決められた時間の中で「できるようになること」だけを目指して練習を繰り返します。
結果として子どもたちがみずから課題を発見し、その解決に取り組むという、主体的に学びを深めていくスタイルの授業は作りづらかったと言います。
長年、体育におけるICTの活用を研究してきた東京学芸大学の鈴木直樹准教授は、ICTによって、これまでの課題を解決できるのではないかと期待を寄せています。

鈴木准教授
「すべての子どもたちが運動の楽しさと喜びに触れるということが重要だと思います。そのためには、同じ課題に取り組むということはなかなか難しく、これまでは運動が得意だと好きになる、運動が苦手だと嫌いになっていく、そんな授業の作り方になっていたのではないかと思います。やはり私たちが目指していきたいことは、すべての子どもたちが運動が好きになってほしいし、体育が好きになってほしいなと考えています。そういう体育を目指すうえで、ICTを活用できるのではないかと考えています」
「すべての子どもたちが運動の楽しさと喜びに触れるということが重要だと思います。そのためには、同じ課題に取り組むということはなかなか難しく、これまでは運動が得意だと好きになる、運動が苦手だと嫌いになっていく、そんな授業の作り方になっていたのではないかと思います。やはり私たちが目指していきたいことは、すべての子どもたちが運動が好きになってほしいし、体育が好きになってほしいなと考えています。そういう体育を目指すうえで、ICTを活用できるのではないかと考えています」
持久走の授業が行われた後、地域の教員たちが集まり、ICTを活用した授業づくりの研修会が行われました。

鈴木准教授によれば、こういった研修会や講演会は、3年前に比べて10倍ほど増えたといいます。
GIGAスクール構想が実施され、2年前からは義務教育の学校に1人1台、タブレットが配備されるようになり、ICTの授業での活用は、現場の教員にとっても高い関心事となっています。
研修会に参加した教員は「ICTを積極的に使おうと思っても、体育となると、動画を撮ってお互いに見合い、また体を動かすということばっかりになってしまう。どんどん新しいやり方を取り入れて改善していきたい」と話していました。
GIGAスクール構想が実施され、2年前からは義務教育の学校に1人1台、タブレットが配備されるようになり、ICTの授業での活用は、現場の教員にとっても高い関心事となっています。
研修会に参加した教員は「ICTを積極的に使おうと思っても、体育となると、動画を撮ってお互いに見合い、また体を動かすということばっかりになってしまう。どんどん新しいやり方を取り入れて改善していきたい」と話していました。
“できる・できない”を超えて それぞれの楽しさへ

取材をしていて印象的だったのは、子どもたちが生き生きと授業に参加していた姿です。みずから課題を見つけた子どもたちは、あくまで自分と向き合い、自分の目標を達成することに集中していました。
話し合いの時間では、それぞれが自分の課題と次の目標を発表し、それに拍手し合うような光景も見られました。自分と他人は違って当たり前であり、その違いを尊重するということが、子どもたちの中で自然に育っているように感じました。
体を使う体育の授業とICTのようなテクノロジーは、一見ミスマッチかもしれません。
しかし、有効に活用すれば、これまでになかった授業を実現する大きなカギになるのではないかと感じました。
ICT機器が学校現場に浸透しつつある今、子どもたちが「それぞれの楽しさ」を見つけられる体育が広がることに、期待が膨らみます。
体を使う体育の授業とICTのようなテクノロジーは、一見ミスマッチかもしれません。
しかし、有効に活用すれば、これまでになかった授業を実現する大きなカギになるのではないかと感じました。
ICT機器が学校現場に浸透しつつある今、子どもたちが「それぞれの楽しさ」を見つけられる体育が広がることに、期待が膨らみます。

おはよう日本 ディレクター
田村夢夏
2022年NHKグローバルメディアサービス入社
教育に関するテーマの取材を続けている
苦手だった科目は体育と数学
田村夢夏
2022年NHKグローバルメディアサービス入社
教育に関するテーマの取材を続けている
苦手だった科目は体育と数学