
政府 “反撃能力必要” 与党協議で方針案 「軍事目標」限定も
政府は、敵の弾道ミサイル攻撃に対処するには現状では限界があるとして、発射基地などをたたく「反撃能力」が必要だという方針案を与党協議で初めて示しました。
反撃の対象は「軍事目標」に限定し、必要最小限度にとどめるなどとしていますが、公明党からは丁寧な議論を求める意見も出され、さらに具体的に協議していくことになりました。
防衛力強化に向けた自民・公明両党の実務者協議は7回目の会合を開き、敵の弾道ミサイル攻撃などに対処するため、発射基地などをたたく「反撃能力」について議論が行われました。
この中で政府は、弾道ミサイルが大量に撃ち込まれる「飽和攻撃」などを受けた場合、現在の日本のミサイル防衛システムでは迎撃が困難で限界があり、「反撃能力」が必要だという方針案を初めて示しました。
▽反撃の対象は国際人道法を踏まえて「軍事目標」に限定し、
▽発動できるのは、必要最小限度の実力行使にとどめるなどとした自衛権行使の3要件に合致した場合にするなどとしています。
この方針案について、自民党は「現在の装備では国民の安心を確保できず、反撃能力は必要だ」と主張したのに対し、公明党側からは「戦後、長い間、政策判断として保有してこなかったものを変更するものであり、慎重な議論が必要だ」などと丁寧な議論を求める意見も出されました。
このため、25日は合意には至りませんでした。
両党は今後、ミサイル防衛システムでは対処できず、反撃能力が必要となる具体的なケースや、日本が直接、攻撃されていなくても同盟国アメリカへの武力攻撃が発生するなど「存立危機事態」の場合に集団的自衛権の行使として反撃能力を発動できるのかなどについてさらに協議していくことになりました。
このほか、前回の実務者協議で議論した「防衛装備移転三原則」の運用指針の見直し案をめぐり、公明党が政府に対して国家安全保障戦略に盛り込む場合の具体的な文案を提示するよう求めました。
“反撃”要件と攻撃の“着手”
これについて政府は、自衛権行使の3要件に合致した場合などとしています。
自衛権行使の3要件は
▽武力攻撃が発生し、
▽これを排除するためにほかに適当な手段がない場合に
▽必要最小限度の実力行使にとどめるというものです。
このうち武力攻撃の発生については、相手が武力攻撃に「着手」した時で、武力攻撃による実際の被害を待たなければならないものではないと説明しています。
一方で、安全保障の専門家などからは、武力攻撃の着手を正確に把握するのは難しいという指摘も出ています。
弾道ミサイルは、固定式の発射台だけでなく、車両や潜水艦などから発射されることもあり、ことしの防衛白書では「発射位置や発射のタイミングなどに関する具体的な兆候を事前に把握することは困難」としています。
仮に相手が武力攻撃に着手する前に敵の基地などを攻撃すれば、国際法で禁止された「先制攻撃」となるおそれがあります。
武力攻撃の着手について、平成15年に当時の石破防衛庁長官は「東京を火の海にするぞと言ってミサイルをきつ立させ、燃料を注入し始め、それが不可逆的になった場合というのは、一種の着手」と説明しています。
また、浜田防衛大臣は10月の記者会見で「どの時点で武力攻撃の着手があったと見るべきかについてはその時点の国際情勢、相手方の明示された意図、攻撃の手段、態様などにより、個別具体的な状況に即して判断すべきだ」と述べています。
反撃能力には多額の費用と時間
政府は、敵基地攻撃のためには一般的には、移動式ミサイル発射機の位置をリアルタイムで把握するとともに、地下に隠された基地の位置を正確につかむ能力が必要だと説明しています。
また、相手の防空用レーダーや対空ミサイルを攻撃して無力化し、制空権を一時的に確保したうえで、移動式のミサイル発射機や地下の基地を破壊してミサイル発射能力を無力化する必要があるとしています。
さらに、攻撃の効果を把握したうえでさらなる攻撃を行うなど、一連の作戦を行う必要があるとしています。
ミサイル発射機などの位置を正確に把握して攻撃するためには、多数の人工衛星などのほか、「ヒューミント」と呼ばれる人による情報収集能力に加え、ミサイルを正確に誘導する技術などが必要だとされています。
防衛省の幹部は「単純に長射程のミサイルを持ちさえすれば、敵基地攻撃能力を獲得するということにはならない。日本が単独で必要な能力を整備するには多額の費用と時間がかかるため実際にはアメリカ軍の能力を頼らざるをえない」と話しています。
「反撃能力」のこれまでの議論
敵基地攻撃について、政府はこれまで、ミサイルなどによる攻撃を防ぐのにほかに手段がないと認められる時にかぎり、可能だとする考え方を示してきました。
法理論上、憲法が認める自衛権の範囲に含まれ専守防衛の考えからは逸脱しないという見解で、1956年には、当時の鳩山総理大臣が「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨だとは考えられない」と述べています。
ただ、日米安全保障体制のもとでは一貫してアメリカが「矛」、日本が「盾」の役割を担い、相手の基地の攻撃を目的とした装備を持つことは考えていないと繰り返し説明してきました。
2017年3月には当時の安倍総理大臣が「敵基地攻撃能力についてはアメリカに依存しており、敵基地攻撃を目的とした装備体系を保有する計画はない」と述べています。
転機となったのがおととしで、迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備断念をきっかけに、抑止力を向上させるためとして、自民党が相手領域内でも弾道ミサイルなどを阻止する能力の保有を含め、早急に検討して結論を出すよう政府に求めました。
ことし4月には自民党の安全保障調査会が「敵基地攻撃能力」について、「反撃能力」に名称を変更したうえで保有することなどを盛り込んだ政府への提言をまとめました。
防衛力の強化に向けた政府の有識者会議は、11月22日に報告書をまとめ、「反撃能力」の保有が不可欠だとして、できるかぎり早期に十分な数のミサイルを配備するよう求めています。
相次ぐ安保政策の変更や新装備
一方で2010年代以降は、日本をとりまく安全保障環境が厳しさを増しているなどとして、安全保障政策を転換したり、新たな装備品を導入したりして、そのつど、憲法や専守防衛との整合性が問われました。
このうち2014年には、これまでの憲法解釈を変更し、日本が攻撃されていなくても、同盟国などに対する攻撃を武力を使って阻止する集団的自衛権の行使を容認することを閣議決定しました。
また2017年には、自衛隊員の安全を確保しつつ相手の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」として、戦闘機に搭載する長距離巡航ミサイルの導入を決めました。
発射する場所によっては、日本の周辺国も射程の範囲に入りますが、防衛省は当時、「あくまで日本を防衛するための装備で、敵基地攻撃を目的としたものではない」と説明しています。
さらに2018年には、自衛隊で最大の「いずも」型の護衛艦を改修して戦闘機が発着できるようにし、事実上、空母化することを決めました。
政府は憲法上、日本が「攻撃型空母」を保有することはできないとしていますが、「いずも」型の護衛艦の改修については、「戦闘機に緊急事態が発生した場合にパイロットの安全を確保するためのものだ」などとして、「攻撃型空母」にはあたらないとしています。