ろう学校ダンス部の挑戦 誇りをかけた『音のないダンス』

ろう学校ダンス部の挑戦 誇りをかけた『音のないダンス』
“音のないダンス”と聞いてどんなものを思い浮かべますか?

『ろう学校』のダンス部の5人の生徒たちが踊った『音のないダンス』が、あるダンス大会の会場の観客を魅了しました。

このダンスで表現されたのは、最も大切な「自信と誇り」でした。
(おはよう日本スポーツキャスター 堀菜保子)

自然と拍手が起きた

大音量のアップテンポの音楽に合わせて次々とチームが踊るチアリーディングの全国大会。この大会、最後のチームが登場すると会場にアナウンスがかかりました。

「私たち明晴WINGSは全員ろう者です。音に頼らずダンスを楽しんでいるので、音楽は使いません」

静かになった会場で、5人のダンスが始まりました。
耳が聞こえづらかったり、聞こえなかったりする生徒たちが学ぶ東京都内のろう学校、明晴学園中学部のダンス部、「明晴WINGS」です。

息のあった5人の演技が続くと、誰ともなく手拍子が始まり、会場全体に広がりました。
規定のおよそ2分のダンスを終えると大きな拍手がわき起こり、手をひらひらさせる手話の拍手も送られました。

大会の審査対象ではありませんでしたが、会場にいた多くの人に強い印象を残したこのダンス。笑顔の5人は輝いていました。
キャプテン 小松美桜さん
「とにかく楽しむという気持ちで心を一つにして踊りました。自分たちを100%ではなく120%出そうと思いました。さらに自信につながりました」

“聞こえなくてもダンスはできる”

小さい頃から一般のダンススクールに通い、ブレイクダンスも学んできた小松さん。

中学部1年生になる時に明晴WINGSを作りました。
メンバーはいずれも幼少期から踊るのが大好き。アイドルやアーティストのダンスを見て、休み時間にみんなで廊下で踊ることも多くありました。

そして、ダンスで自分たちを思い切り表現しようとダンス部をつくったといいます。
キャプテン 小松美桜さん
「ダンスは、音楽を聴いてその音に合わせるのが一般的なため、多くの人はダンスには音楽が必要だと思っているかもしれません。私たち『ろう者』は音が聞こえませんが、『音楽を聞くことができないからダンスができない』ということはありません。みんなで心を合わせれば、音楽が聞こえなくてもダンスはできるのです」

視覚と振動を感じて 心で合わせるダンス

大会に参加して自分たちのダンスをみんなに見てもらいたい。その思いで本格的に活動を始めました。

顧問になったのは、竹内夏希 養護教諭です。

竹内顧問は耳が聞こえます。ダンスの経験はなく、ろう学校でのダンス部の運営は手探りだったといいます。
竹内夏希 顧問
「1人1人はダンスが好きでも、どうやったらみんなのダンスがそろうかなと考える毎日でした」
手拍子をして「1,2,3,4,…」とカウントしたり、メトロノームを見せたり。

しかし、どれをやっても動きが合いません。

竹内顧問は試しに「ちょっと、みんなでやりやすいようにやってみて」と言ってみました。すると、初めて5人の動きがそろったというのです。
音が聞こえないメンバーは、ふだんから周囲の人の動きをよく見ていたり、床を伝わる振動を感じ取ったりしていて、ダンスでも聴覚以外のすべての感覚を使ってお互いの息を合わせることができたのです。
竹内夏希 顧問 
「聞こえる人のやり方を押しつけていたと思って反省しました。改めてそこで『ごめん』って思いました」
その後、5人のダンスはどんどん上達していきます。

練習では、小松さんが先頭に立ってリードして、一つ一つの動きについて細かく指示を出しました。
(小松さん)
「手を挙げるところ、そろってなかったよね。手をあげたほうがいいのか、待ったほうがいいのか。やってみて」

少しでも動きがずれたら、どういう合図をどのタイミングでだして合わせればいいのか、全員で話し合って答えを出していきます。

大会に参加できない! 悔しい思いの中で

そうして作り上げた自分たちのダンスを多くの人に見てほしいと、ダンス大会への出場を希望しました。

しかし、どの大会からも参加が認められない日々が続きました。その理由は「前例がありません」というもの。音楽がない中で踊るダンスは『ダンスではない』というのです。

竹内顧問は当時の心境を思い出すと、今でも涙がこみ上げてくると言います。
竹内夏希 顧問
「前例がないということで大会に出られず、非常に悔しかったです。きっとこの子たちはこれまでこういう思いをたくさんしてきたんだろうなと思いました。だからここで私が折れたら絶対ダメだと思いました。もう本当に手当たり次第に発表できる場を探し続けました」
竹内顧問の必死の交渉はおよそ半年間続きました。その思いが通じ、まずは大会の審査の対象外という条件付きで、会場でダンスを披露することが認められました。

そして、ことしは冒頭の大会を含め、チアリーディングの2つの大会に参加することができました。
キャプテン 小松美桜さん
「大会に参加できるようになってうれしい。『ろう者』だというと、『かわいそう』などと言われるのですが、そんなことはないんです。このようにダンスができるんだということをみんなに示して、自信と誇りをもって踊りたい」

“やり方は違っても 一緒にできる”

そうして活動の場を広げてきた彼女たち。今月、さらなる挑戦をしました。

横浜市で開かれたイベントに招待されたのです。披露する4つの演目のうち、3つは音楽をかけない自分たちのダンス。残り1つは、耳の聞こえる中学生たちのダンスチームと一緒に踊る、音楽をかけてのダンスです。

踊り始めを知らせるポーズやタイミングを合わせる合図を決め、さらに、お互いの動きを目視で確認しながらアイコンタクトで呼吸を合わせて踊りました。

一緒に踊ったダンスチームのキャプテン、本田二瑚さんは、音がほとんど聞こえないことに対してこれまでとは違ったイメージを持ったと言います。
本田二瑚さん
「はじめはどうやって声をかけたらいいかわからないし、ダンスも本当に一緒にできるのかなと思っていました。でも、考えが変わりました。声を出して会話ができなくても、一緒に楽しめるんだとわかりました」
こうして、明晴WINGSの5人は音楽のあるダンスと、音楽のないダンスの両方を披露しました。
キャプテン 小松美桜さん
「ろう者としての『自信と誇り』の詰まった、『音のないダンス』を披露したからこそ、その後に音楽のあるダンスを見せる意味がありました。今回は音楽があってもなくても両方できることを示せたんじゃないかと思います。やり方が違うけれども、一緒にできることを示せたと思います」

“壁”をなくす一歩に

明晴WINGSが大会に参加するたび、手話を覚えて話しかけてくる人が増えていると言います。

また、ステージでダンスを披露したあとには、ほかのチームの人と写真撮影をするなど交流も生まれています。
今回取材で感じた、彼女たちの「ろう者としての自信と誇り」。

それを表現した『音のないダンス』は、確実に、ろう者に対する社会のまなざしが変わることにつながっていく一歩になるんだと感じました。
おはよう日本スポーツキャスター
堀菜保子
2017年入局
佐賀局、札幌局を経ておはよう日本スポーツ担当2年目