もうけも社会課題解決も! 一石二鳥めざす“おいしい”投資とは

もうけも社会課題解決も! 一石二鳥めざす“おいしい”投資とは
もうけを出すだけでなく、貧困や環境問題といった課題を解決して、社会にインパクトを与える。そんな投資が急拡大しています。昨年度の国内の投資残高は、前年比4倍増の1兆3200億円。(※GSG国内諮問委員会による)利益も課題解決も両取り、そんなおいしい話があるのでしょうか。現場を取材しました。(横浜放送局記者 佐藤美月)

インパクト投資とは?

インパクト投資は、利益を得るだけでなく、社会に対する「インパクト」=良い影響を与えることも目指す投資です。

従来の投資は、投資先を決める際にどれだけの利益が見込めるかが重要な基準でした。例えば、100万円を投資して、得られる利益が30万円なのか、50万円なのかといった具合です。

一方、「インパクト投資」の場合は利益に加えて、社会をよくするインパクトがあるかにも注目します。
では、インパクト投資はどのように行われるのでしょうか。

担い手の1つが投資ファンドです。

投資家から集めた資金を社会課題の解決につながる事業を手がけるベンチャー企業などに提供。事業から得られた収益を投資家にリターンとして返します。

インパクト投資で精神医療の課題に挑む

実際にインパクト投資として、資金を提供された企業を取材しました。
東京 中央区のベンチャー企業「JSH」は、精神科の医師が患者の自宅を訪ねて診療する、訪問診療の支援を手がけていて、ことし6月に投資ファンドから5000万円を調達しました。

精神医療では、訪問診療のさらなる拡充が課題となっています。患者が重症化すると通院が難しくなり、症状がさらに悪化してしまうケースが多くあるうえ、国は入院用の病床を減らす方針を掲げています。

そこで、このベンチャー企業では精神科の医師が訪問診療を始められるよう、調達した資金も活用して、複雑な診療報酬の計算を手伝ったり、訪問看護師によるバックアップを提供したりしています。

支援受けて訪問診療拡大

こうした支援によって、これまでにおよそ20の医療機関が新たに訪問診療を始めたり、拡大したりしています。
東京 東村山市にある病院の精神科の医師、山下喜弘さんも支援を受けている1人です。

取材した10月、脳性麻痺で足が不自由になり、通院が難しい患者の家を訪れて診察を行いました。
患者「薬がなければ気分的にも落差がはげしい」

山下医師「ああ、うつの上下があるもんね」

患者「訪問診療を受けて、楽になったよ。いまでは安心している」
体調のほかにも、災害時にどうやって避難するかなど、いま気になっていることを、1時間近くかけて聞き取りました。
山下喜弘医師
「重症化して通えなくなった患者が悪化していってしまう中で、訪問診療の必要性は強く感じていました。ただ、始めるにあたっては、診療報酬の請求が煩雑だったり、人手が足りないことが課題でした。支援を受けることで、スムーズに始められたと思います」
支援したベンチャー企業は、すぐには利益につながりにくい事業でもインパクト投資によって資金を調達できれば、安定した経営につながると期待しています。
「JSH」濱西望取締役
「本当にこの会社にこういうことをしてほしいという思いのある株主のみなさんからの投資が増えることで、事業がより安定してくことにつながっていくと思っています」

社会課題の解決は大きなビジネスチャンス

投資ファンドを通じて、インパクト投資を行う側にも話を聞きました。
大手不動産の「三菱地所」は、訪問診療支援のベンチャー企業などに資金を出しているファンドに投資しています。

インパクト投資を行ったのはこれが初めてです。
今後、日本でもインパクト投資が拡大すると見込んで、ファンドの担当者を招いて、勉強会を行っています。

投資のねらいについて、いずれも長期的に見たときに、社会課題という新たな事業への投資にチャレンジできることや、社会貢献で企業の評価を上げられることだと考えています。
三菱地所 鄭瑛淳さん
「解決しなければならない社会課題は、いずれ大きなビジネスチャンスになる。長い目線でみれば、大きな収益にもつながってくると思っています。将来的には、投資した事業が社会的な価値を作ることで、我々の企業としての価値も上げていくことができると思っています」

世界の潮流に

金融庁がまとめた資料によりますと、定義により幅はあるものの、世界ではおおむね3000億ドルから1兆ドルの規模と推定されています。

経済成長に伴い環境問題や、性別による不平等、貧富の格差といったさまざまな社会問題が顕在化しています。

こうした中で、環境や社会に配慮した投資=サステイナブル・ファイナンスと呼ばれる投資を広げようという動きが、学術界や国連、金融機関などから起き、インパクト投資も拡大しています。

インパクト投資の対象はさまざまです。
例えば、アメリカの「テスラ」は世界有数の電気自動車メーカーとして利益を上げる一方で、「CO2排出量の削減への貢献」を評価されました。

インドネシアでは、地方の低所得者向けに融資を行っている金融機関「BANK RAKYAT」が、「貧困の解消」という社会課題に貢献しています。

世界の潮流を受けて、日本でも国や経済界が後押ししようとしています。
40を超える金融機関が、「インパクト志向金融宣言」を出し、社会課題の解決へのインパクトを重視した投資を進めようとしています。

「インパクト」をどうやって評価?

急拡大しているインパクト投資ですが、まさにこの「インパクト」をどうやって評価するかが課題になっています。

利益の大きさは数字で算出できますが、こうした投資が社会課題をどの程度解決したのか、インパクトを客観的に評価するのは簡単ではありません。

金融庁や経団連が大まかな指標を作っていますが、具体的にどうやって評価するのかは、まだ手探りの状態です。

今回、取材した精神科医の訪問診療を支援するベンチャー企業や投資ファンドの関係者も、自分たちの事業の社会的なインパクトをどうやって評価するか模索しています。
両者の話し合いでは、新たに訪問診療を受けた患者に調査を行い、「症状が改善したか」や、「幸せを感じる量がどれくらい増えたか」などを指標にできないかを検討しています。

広く投資を募るためには、インパクトを分かりやすく数値化することが必要です。

インパクト投資ファンドの代表者は多くの事例を重ねて、評価方法をブラッシュアップしていきたいとしています。
「GLIN」中村将人代表
「これからの投資は利益だけでなく、投資先の会社がどういう影響を社会に及ぼしているのか、精査することが非常に重要だと思います。欧米で先行しているやり方を参考にしながら成功事例や、うまくいかなかった事例もシェアしながら全体でレベルアップしていくってことが、今一番求められていると思います」

社会を大きく変える可能性も

私はこれまで、経済的に困窮する子どもの問題を取材してきました。所得格差が広がっていく中で、子どもたちに対して何ができるのか、考えてきましたが、そうした中で知ったのがインパクト投資でした。

経済格差、環境問題といった社会的な課題は、資本主義の発展にともなって大きくなってきたと思います。

こうした課題の解決が急がれる中で、企業がビジネスを拡大しながら社会の課題解決にも近づくというインパクト投資の考え方は、社会を大きく変える可能性があると感じました。

持続可能な社会を子どもたちの世代に残すための切り札になるのか、今後に注目していきたいと思います。
横浜放送局記者
佐藤美月
2010年入局
甲府局、経理局を経て2021年7月から現所属
児童福祉や教育など、子どものウェルビーイングをテーマに取材