トランプ氏のアカウント復活 ツイッターはどこに行く?

トランプ氏のアカウント復活 ツイッターはどこに行く?
ソーシャルメディア大手のツイッターを買収し、みずから全権を握るCEOとなったアメリカの起業家、イーロン・マスク氏。社員の半数解雇に踏み切ったのに続き、日本時間の11月20日、永久停止となっていたトランプ前大統領のアカウントを復活させました。これから何が起きるのでしょうか、ツイッターはどこに向かうのでしょうか。(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)

“民衆の声”で復活

「民衆の声は神の声だ」

日本時間11月20日午前10時すぎに投稿されたイーロン・マスク氏のツイッターです。ラテン語で書かれたもの。

これまで永久停止されていたトランプ前大統領のアカウントを復活させて、このようにコメントしました。

きっかけはマスク氏によって実施されたアカウント復活の賛否を問うネット投票でした。「はい」か「いいえ」のボタンをクリックすると誰でも簡単に投票ができる仕組みです。

24時間の投票で、投票総数は1500万票を超え、トランプ氏の復帰に賛成が51.8%、反対は48.2%となりました。
過半数が賛成したのだからそれは民衆の声だとマスク氏は言いたかったのでしょう。

ツイッターのヘビーユーザー

トランプ前大統領はツイッターのヘビーユーザーとして知られていました。

大統領在職中はホワイトハウスのプレスリリースより早く、大統領みずからが次々とツイートして重要な政策を公表。アカウントが停止される直前のフォロワーは8000万人を超えていました。

なぜ永久停止?

そもそもトランプ氏のアカウントはなぜ永久停止されたのでしょうか。
きっかけとなったのは2021年1月6日に起きたアメリカ連邦議会への乱入事件をめぐる投稿です。

トランプ氏は、ツイッターに投稿した動画の中で2020年に実施された大統領選挙について、「選挙は盗まれた。我々が勝ったのは相手側がよくわかっている」などと述べて、大統領選挙の不正を主張。選挙の結果を認めないトランプ氏の支持者らが連邦議会に乱入して議事堂を占拠した結果、死者が出る事態に陥りました。

当時、ツイッター社はトランプ氏のツイートに人々の安全を脅かす内容が含まれているのではないかと慎重に精査しました。

その結果、2つのツイートがさらなる暴力を誘発するおそれがあると判断したのです。
ツイッター社が指摘した1つは「愛国者」という呼びかけで、これが議事堂の占拠への支持を表明しているとも解釈されるとしました。

また、1月20日に予定されていたバイデン次期大統領の就任式にトランプ氏が欠席すると投稿したことが、就任式での暴力行為を企てようとする者たちを後押ししかねないと指摘。

ツイッター社はネット上では再び1月17日に連邦議会を襲撃しようと呼びかける武装したデモの計画が拡散しているとも明らかにし、アカウントの永久停止を決断したことを公表しています。

復活の決め方に疑問の声

ツイッター上の投票で、アカウントの復活を決めたマスク氏。これまでもテスラ株を売却して納税すべきか尋ね、賛成多数だったため、実際に株の売却を実施するなど、たびたび利用してきた方法でした。

こうした決め方について、マスク氏の買収とツイッターの改革を取材しているアメリカの有力紙、ニューヨーク・タイムズの記者は問題があると指摘しています。
マイク・アイザック記者
「マスク氏自身、ツイッターにはボットと呼ばれる機械的に自動ツイートする機能があり、それが多いことが問題だと指摘していたはずなのに、ツイッター上で投票を行うというやり方は極めて非科学的で、公式な方法だとは思えない」
さらにマスク氏は、買収の完了が明らかになった10月28日、不適切な投稿を監視したり、削除したりする評議会を設置すると表明していますが、11月20日の時点で詳細は示されていません。

これについてアイザック記者は次のように述べて問題点を指摘しました。自分だけでアカウントの復活を決めてしまっているのではないかというのです。
マイク・アイザック記者
「マスク氏は、多様な視点を取り入れた投稿内容の監視や削除を担う評議会を設置すると言っていたが、その考えを捨ててしまったようにもみえる」
経営の視点からアカウントの復活を問題視する専門家もいます。

企業の買収や会社法に詳しい、ワシントン&リー法科大学院のカーリス・チャットマン准教授です。
カーリス・チャットマン准教授
「経営の観点から言えば、アカウントの復活は間違いだ。トランプ氏はSNSに混乱を呼ぶ傾向がある。ツイッターの主な収入源は広告だが、広告主は、きちんと投稿内容が管理されていないプラットフォームはブランド価値を傷つけるので広告を配信したがらない」
広告収入の減少でツイッターの企業経営がうまくいかないのではないかとの指摘です。

猛烈に働くか辞めるか選べ

ツイッター改革を本格化させるマスクCEO。

11月4日に世界の社員の半数、4000人規模の解雇に踏み切ったことを認めたのに続き、続く11月12日には、契約社員の8割にあたる4400人を解雇したと報じられました。
さらに、解雇されずに残った社員に対し電子メールを送り「今後、画期的なツイッターをつくり、競争が激しくなる中で成功するためには、極めて激しく仕事をする必要がある」として、長時間猛烈に働くか、それとも会社を辞めるのか選択するよう求めました。

これについて、ニューヨーク・タイムズは、関係者の話として、少なくともさらに1200人の社員が辞めることを選択したと報じています。

会社を去った中には、ソフトウエアの不具合の修正を担うエンジニアも多く含まれていたとされ、今後、ツイッターの運営自体に支障が出るのではないかという懸念も出ています。

解雇された契約社員も懸念

ツイッターを解雇された契約社員の1人で選挙などに関する誤情報対策を担ってきたメリッサ・イングルさんに話を聞くことができました。
イングルさんは解雇について「非常に打ちのめされ、極度のストレスと不安定な状況におかれた」と心情を語りました。

マスク氏は、投稿内容の管理をAI=人工知能を活用して可能な限り自動化したいとしています。

データサイエンティストであるイングルさんは自動化の方向には賛成ではあるものの、現状ではAIの技術だけでは十分ではなく、人間による作業も必要だと指摘しました。

そして大規模な人員削減について次のように懸念を示しました。
メリッサ・イングルさん
「安全対策にほころびが生じ、ツイッターが有害なSNSになってしまうのではないかと危惧している」
マスクCEOは、大量解雇について、収入源の大半を占めるインターネット広告の配信を広告主が停止しているため、「残念ながら会社は1日あたり400万ドル(およそ5億8000万円)を超える損失を出していて、ほかに選択肢はない」と投稿し、コスト削減のための手段だと説明しています。

しかし、いくら転職や解雇が日本より多いというアメリカ企業でもこれだけの一斉解雇はほとんど聞いたことがありません。

改革の行方は?

とはいえ、マスク氏は「テスラ」と「スペースX」を成長軌道にのせた、腕利きの経営者です。

ツイッターの買収には当然ながら経営的なねらいや目標もあるはずです。
そのツイッターの経営はマスク氏が憤慨してもおかしくないほど、精彩を欠いています。

2021年通期の決算は売り上げは増えたものの、2年連続で最終赤字に。ことし4月から6月までの3か月間の決算でも、インターネット広告の収入が伸び悩むなどして最終赤字となり、業績の不振が続いています。

名経営者のマスク氏がどのように会社を改革するのか。

企業の買収や合併、会社法に詳しいボストン・カレッジ法科大学院のブライアン・クイン教授は。
ブライアン・クイン教授
「マスク氏が取締役全員を解任し、CEOに就任したことで、会社としての意思決定は早くなります。ツイッターの株式はマスク氏が100%所有しているため、株主に配慮する必要もありません。ただ、配慮すべき重要な利害関係者がいます。買収資金を借りた金融機関です。440億ドルのうち、およそ130億ドルを借り入れでまかなったため、返済が生じます。その額はツイッターの去年(2021年)4月から6月までの3か月決算の税引き前の利益よりも多い10億ドルでマスク氏にとっては難しい挑戦になります」

広告収入減少のなかで…

ツイッターの収益力を高めることが急務となりますが、アメリカの急速な利上げの影響などで、景気が減速する懸念が高まり、企業はネット広告の予算を絞り込み始めています。

さらに、アメリカの市民団体などが、マスク氏が安全性を損なう対応を取った場合、全世界で広告を停止するよう、広告主に書簡で要請。

マスク氏はこの影響で、足もとでの広告収入が急速に減少していると明らかにしています。

マスク氏の収益化戦略について、クイン教授は次のように分析します。
ブライアン・クイン教授
「コストを大幅に削減するか、収入を増やす別の方法を探すか2つに1つです。大規模な人員削減もその一環でしょう。一方、マスク氏が実現したいと発言していた、中国のウィーチャットのような、電子決済などもできるなんでもアプリの開発には2、3年はかかるとみられます。まずは、個人や企業などのアカウントが本物だと証明する認証マークの付与に課金するなど、すぐに売り上げを増やすことができる手段を試すのだと思います」

鳥は自由になるのか?

「鳥は自由になった」

マスク氏は、自身のツイートで、ツイッターの買収完了をこのように表現しました。
青い鳥のアイコンで知られるツイッター。

「自由と希望と無限の可能性を持っている」という意味が込められていると言われています。

マスク氏は、EVメーカーのテスラを、時価総額でトヨタ自動車のおよそ3倍(11月7日時点)にまで成長させるなど、たぐいまれな経営手腕を発揮してきました。
これまでに取材したスタートアップ企業の経営者の中には、マスク氏なら、会社側ではなく、利用者自らが投稿を管理できる新しい仕組みを作ってくれるのではないかと、その「無限の可能性」に期待を寄せる人もいました。

マスク氏は「今後数か月にわたって、おかしなことをたくさんやっていく。うまくいったものは残し、そうでないものは変えていく」などとツイートしています。

シリコンバレーの経営者らしいトライ&エラーの手法で、いろいろ試し、失敗を重ねることで問題点を解決していくというものです。チャレンジすることをいとわない姿勢はテスラやスペースXの今の成功をみるとなるほどと納得できる部分もあります。

マスク流のツイッター改革は考えてみればまだ始まって1か月もたっていません。現時点でみるといろんなリスクを抱え込んでいるように見えますが、これからどこに向かうのか、しっかりと見ていく必要がありそうです。
ロサンゼルス支局記者
山田奈々
2009年入局
長崎局、経済部、国際部などを経て現所属