ビジネス特集

飛行機の燃料に“揚げ油” 争奪戦が世界で激化

「居酒屋などで揚げ物に使った後の油が、すごいことになっている」ー。

今回の取材のきっかけは、関係者からのこんな情報でした。なんでも、揚げ物に使った後の油(=廃食油)は、以前は飲食店がお金を払って回収してもらうのが当たり前だったのに、最近は“争奪戦”の様相を呈しているのだとか。

いったい何が起きているのか。

取材を進めると、引き取られていった揚げ油の行き先は「空」でした。

(千葉放送局成田支局記者 佐々木風人、千葉放送局記者 岡本基良)

廃食油のいま

私たちがまず訪れたのは、都内の居酒屋。

ここでは、1か月に一斗缶数個分の廃食油が出ています。

以前はお金を払って回収してもらっていましたが、最近は無料でも引き合いがあるといいます。
居酒屋経営 坪井康之さん
坪井康之さん
「昔はただの『ごみ』だったんですが、最近は『回収させてくれてありがとう』と言われるくらいになりましたから、不思議な感覚ですね」
無料での引き取りや、さらに買い取りも出てきているという廃食油。

いったい、なにが起きているのか。

廃食油の回収業者でつくる団体(全国油脂事業協同組合連合会=全油連)に足を運びました。

全油連によると、日本で回収される廃食油は、年間40万トン。

かつてはこのほとんどが家畜の餌やインクなどの原料に再利用されていましたが、いまは、3分の1が燃料向けに海外に輸出されているというのです。
その結果、去年から取引価格は急激に上昇し、この1年でおよそ3倍になっています。
全国油脂事業協同組合連合会 塩見正人事務局長
塩見正人事務局長
「廃食油の奪い合いというか、取り合いというか。国内の必要とされる方々に廃食用油が十分出回っていないというのが、現象として出てきている」

廃食油がジェット燃料に

なぜこれほど、海外からの廃食油の引き合いが増えたのか。

いったい何に使われているのか。

その答えは、航空機に使われる「ジェット燃料」です。
廃食油(左)とSAF(持続可能な航空燃料・右)
廃食油などから作られる燃料は、“Sustainable Aviation Fuel=持続可能な航空燃料”、頭文字を取って「SAF」と呼ばれています。

SAFは従来のジェット燃料と違って、原料に石油を使いません。

現在は主に加工しやすい廃食油から製造されていますが、さまざまな廃棄物なども原料にできないか、研究が進められています。

いま、航空業界は「脱炭素」への対応を迫られています。
航空機は鉄道などほかの交通機関よりも多くの二酸化炭素を排出していることから、環境保護団体などの間では「航空機を利用するのは恥だ」という意味の「Flight Shame(=飛び恥)」という言葉が生まれています。

こうした中、民間航空機の運航ルールを定めるICAO=国際民間航空機関は、ことし10月、国際線の航空機が排出する二酸化炭素について2050年には実質ゼロにするという目標を決定。
航空会社も、より燃費効率の良い機体を導入したり、燃費効率を意識した飛行計画を作るなどの対策を始めています。

しかし、これらの対策の目標達成への貢献割合は、20~30%程度。

航空機メーカーも、水素や電動で動く航空機の研究開発を進めていますが、まだ時間がかかるというのです。
そこで航空業界が“切り札”として注目しているのが、SAFです。

SAFは元をたどれば成長時に二酸化炭素を吸収する植物などから作られているため、製造過程を含めたトータルで見ると、従来のジェット燃料より80%程度、二酸化炭素の排出量を削減できるとされています。

このため、燃料をSAFに置き換えれば、削減目標の大部分を達成できると期待されているのです。

SAFの利用は、海外で先行しています。
ルフトハンザ予約ページで表示される「グリーン運賃」(Economy Green)
例えば、SAFを積極的に使っているドイツのルフトハンザドイツ航空は、ことし8月から一部の便で「グリーン運賃」を選択できる試みを開始。

高コストが課題となっているSAFの導入にかかる費用の一部を利用客に負担してもらおうというのです。

背景にあるのは、EUの方針です。

域内の空港で給油される航空燃料について、2030年までに6%、2050年までに85%まで引き上げる法案がつくられていました。

生産能力拡大を先行させるSAF世界大手メーカー

「需要の高まりを背景に、SAFの巨大プロジェクトがシンガポールで進んでいる」ー。

次に私たちが聞いたのは、こんな情報でした。

そこで、私たちは居酒屋を飛び出して、シンガポールに向かいました。
建設中のSAF製造プラント
空港から車でおよそ1時間、シンガポールの西部でその姿を現したのは、建設中の巨大なSAF製造プラントでした。

その生産能力は、年間100万トン。現在の世界全体のSAF生産(年間およそ20万トン)の5倍です。

手がけるのは、SAF生産世界最大手、フィンランドの企業「ネステ」。大手商社「伊藤忠商事」を通じて日本の航空会社にもSAFを供給している会社です。

その幹部が、NHKの単独インタビューに応じました。
ネステ社アジア太平洋地域SAF事業統括 サミ・ヤゥヒアィネン氏
サミ・ヤゥヒアィネン氏
「現在まだ、SAFの使用は、ヨーロッパと北米に集中しています。世界のジェット燃料消費量に占めるアジア太平洋地域の割合は40%近くあり、今後数年そして数十年、増加の一途をたどると思われます。シンガポールにある製造プラントから、アジア太平洋地域全体のニーズとお客様の需要に応えることができる体制を整えます」
急拡大が見込まれるアジアでのSAF需要に応えるため、「明らかにより多くの原料が必要となる」と語った幹部。

原料となる廃食油などの調達を拡大するため、グローバルな取り組みを進めていると明らかにしました。

降り立った空港でも

シンガポールの空港でのSAF給油のようす
取材で降り立ったシンガポールのチャンギ空港を拠点とするシンガポール航空でも、ことし7月からSAFの導入が始まっていました。

今回、給油の様子の撮影が特別に許可され、実際に行ってみると、エンジンのごう音が響く中、従来のジェット燃料と混ぜられたSAFが、地下の燃料タンクから機体へとホースで給油されていました。

世界のハブ空港として名をはせるチャンギ空港。

空港の担当者は、「ネステ」のプラントの完成に大きな期待を寄せていました。

なぜなら、SAFが供給できる体制を整えなければ、各国の航空会社が就航してくれなくなるおそれがあり、空港にとってもSAFへの対応は必須となっているからです。

日本の対応はどうなっている?

シンガポールで建設中の巨大プラントを目の前にしながら抱いたのは、「日本ではSAFを作れないのか」という疑問でした。

私たちは再び日本に戻って取材を続けました。

実際、日本の関係者の間でも、SAFへの取り組みが海外で先行する現状に危機感が強まっていました。
ACT FOR SKY設立 ことし3月
ことし、日本を代表する各分野の企業が業界の垣根を越えて「ACT FOR SKY」というチームを結成。国内でのSAF生産などに連携して取り組んでいます。

“オールジャパン”を掲げる「ACT FOR SKY」。

メンバーには全日空、日本航空のほか、伊藤忠商事、出光興産、三菱重工業など日本を代表する企業が名を連ねています。

各企業が、SAFの製造や研究開発、原料の調達、輸送、使用などの役割を担っています。

このうち、具体的に国産SAFの製造計画を進めているのは、プラント建設大手の日揮など3社です。

定期的に会議を開いていると聞き、現状を知りたいと足を運びました。そこで課題として話し合われていたのは、やはり廃食油の調達でした。
参加者に配られた資料を見ると、協力を求めていこうとしている廃食油の排出元企業のリストが。

誰もが名前を知っているあの大手ファストフード店や冷凍食品メーカー、回転ずしチェーン、ホテルチェーン…。

すでに働きかけを始めているといい、「打ち合わせ予定」「調整中」といった文字が並んでいました。
メンバーの1つ、廃食油の調達を担う京都市の企業は、回収業者にも働きかけを始めています。

廃食油の回収業者は、既存の取引先があるため、1軒1軒地道に回り、取り引き開始を呼びかけているということです。
メンバー3社による国産SAFの最初の製造プラントは、大阪・堺市に建設予定。

製造目標は、3年後におよそ3万トンです。

居酒屋から始まった私たちの旅。

日本でもSAF製造への準備が進むことに期待を抱きながら、最後に、「ACT FOR SKY」の立ち上げに深く関わった日揮の担当者に、意気込みを聞きました。
日揮ホールディングス SAF事業ユニット プログラムマネージャー 西村勇毅さん
西村勇毅さん
「課題はやっぱり油の調達で、これは非常に難しいところです。われわれの最大のチャレンジです。いま廃食油が海外に輸出されて、SAFに加工され、それを日本の航空会社が買っている。当然、輸出・輸入する際には二酸化炭素が出ますし、コストもかかります。やっぱり日本の国益や、そもそもの理由にある『脱炭素』を考えると、それはちょっとやっぱり違うかなと思うんです。『飛び恥』と言われるようなことにならないように、本当に強い意思を持ってやっていきます」
2050年の「航空の脱炭素」に向け、切り札とされるSAF。しかし、これを本当に実現するためには、原料は廃食油だけでは到底足りません。

また、廃食油は長年、家畜の餌やインクなどの原料に使われてきたため、価格が高騰し、争奪戦となっていることへの懸念も出ています。そこで、生ゴミや木材などから製造ができないかについても、研究が進んでいます。

今後、こうした開発競争も国内外で激しさを増すでしょう。

かつては「廃棄物」だった油が、急速に資源として価値を高め、争奪戦にもなっている現状。

「脱炭素」が作り出した世界の大きな流れを考えながら、きょうも目の前の唐揚げを口に運ぶのでした。
千葉放送局成田支局 記者
佐々木 風人
新聞社を経て、2018年入局
富山局から、2021年に成田支局へ
日々、航空業界を取材
千葉放送局記者
岡本 基良
2009年入局
社会部・環境省担当などを経て現所属
気候変動問題の取材を続ける

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