大谷翔平 “魔球・ツーシーム”習得秘話 ゲーム感覚でゲット?

大谷翔平 “魔球・ツーシーム”習得秘話 ゲーム感覚でゲット?
大リーグ、エンジェルスの大谷翔平選手。
日本選手初の2年連続MVPはならなかったが、ことしも二刀流で大活躍だった。
特にピッチャーとしては大リーグ5年目で自己最高の15勝をあげ、奪三振率はリーグ1位と大きな進化を遂げた。
進化を支えたのは今シーズン途中から投げ始めた「ツーシーム」という新球。
いったいどうやって習得したのか、シーズン終了後に許された単独インタビューで鼻息荒く聞いた私に、大谷選手はさらりと答えた。
「投げたら変化したっていうか…」
(アメリカ総局 記者 山本脩太/NHKスペシャル取材班)

初めて投げたのは8月? 7月?

ツーシームは、ストレートとほぼ変わらないスピードで右バッターの手元に食い込むように曲がりながら沈む。

大谷選手のツーシームはなんと最速162キロ。

ストレートと変わらないスピードでさらに変化する、まさに「魔球」だ。

そして、その登場のしかたも「魔球」ばりに記者を翻弄した。
大谷選手がツーシームを投げたことが明らかになったのは、8月15日のマリナーズ戦。

全97球のうち6球を投げた。

試合中、1球ごとに速報される大リーグのサイトで初めて表記され、試合後は新球種に質問が集中。

大谷選手は「1個増えたほうがいいというか、別に要らないボールではないし、楽しく投げるためには必要かと思う」とツーシームを取り入れた理由を説明した。

ところが、バッテリーを組んでいたキャッチャーのスタッシー選手がその翌日、「きのう初めて投げたわけではない」と明かし、大リーグの公式データも7月6日のマーリンズ戦と8月9日のアスレティックス戦でツーシームを1球ずつ投げていたと訂正。

当時は誰も気づかずストレートとして記録されていたボールがツーシームに変わり、大谷選手が最初に投げたのは7月6日ということになった。

ではなぜ、7月6日に1球だけ投げたのか。
大谷翔平選手
「単純に『遊べる場面』だったというか、『試せる場面』だったというだけですね。ゲームの様子を見ながら、ここはリスクがないな、投げてもいいかなという場面の1球だったという。そういう場面がもっとあればいっぱい投げてましたけど、あの試合も大量得点で勝っているわけではないので(エンジェルス5ー1で7回ワンアウトランナーなしの場面)。ギリギリのゲームメイクの中で投げられる場面が、あの1球だったというだけですね」

大谷選手から驚きの言葉が…

なるほど。

これは初めて聞く話だった。

では、練習ではいつから投げていたのか。
私(山本)
「ツーシームの練習はいつ頃から続けてたんですか?」
大谷選手
「いつ頃… いつ頃っていうのはないですね」
私(山本)
「けっこう前ってことですか?」
大谷選手
「いや、投げてはないです」
私(山本)
「え…。あの試合(7月6日)いきなり投げたってことですか?」
大谷選手
「まあ、ほぼほぼそうですね」
この時点で私の頭の中は「?」でいっぱいになった。

いくら大谷選手とはいえ、そんなことが可能なのか。

これまでのスポーツ取材で多くのアスリートや指導者から「練習でできないことは試合ではできない」という言葉を聞いてきた。

ピッチャーも新たな球種を投げる時は、練習を重ねて精度を上げ手応えをつかんでから試合で投げる。

そう思っていた。

固定観念を根底からひっくり返され、大事なインタビュー中に動揺していた私に、大谷選手がさらに続けた。
大谷選手
「前から投げたいなと思っていたんですけど、練習ではあんまり変化しないタイプだったので。なので実戦で投げてみないと分からないなという。だから、投げてみようかなと思ったのはあの試合(7月6日)のちょっと前ぐらいですかね。投げたら変化したっていうか」
やはり、練習の中でツーシームを習得していた、というわけではなかった。

真実は、練習では思うように変化しなかったボールが、試合の強度で投げたら初めて変化した、だった。

二刀流の大谷選手は体への負担を避けるため、登板の間のブルペン練習でほかのピッチャーのように強く腕を振って投げることはない。

そのせいもあるのか?
大谷選手
「ブルペンは、(スピードも変化も)あんまり出ないんですよ。ブルペンで実戦と同じように投げようと思ってもあんまり出ないですし、逆に実戦ではそんなに強く投げないと思っても出たりするので。その辺は、難しいタイプだなって自分でも思いますけど」

「変な話、プレーオフを争っていたらなかなかできることではないので。まあ、プラスに捉えてというか。もちろんゲームを軽視するわけではないですけど。そのゲームをまずは勝つことを前提に、その後のゲーム、または次の年のゲームをより勝てるようにするための、実戦の中での練習というか」

“ゲーム感覚”で新球種ゲット

チームのプレーオフ進出の可能性がほぼ消滅していた状況だったからこそ、大谷選手は来シーズンを見据えてみずからをバージョンアップしていた。

チームが勝つという最大のモチベーションが途絶えかけていても、「野球がうまくなりたい」という子どもの頃からの純粋なモチベーションは途絶えることはない。

それが大谷翔平という野球選手なのだと、教わった気がした。

大谷選手のインタビューの数時間後、通訳の水原一平さんへのインタビューで裏取り(情報の確認)をした。
通訳 水原一平さん
「7月6日の試合で手応えがあって、そこからブルペンでも投げ始めたんだと思います。キャッチボールでも最初は(球が)動かなかったり、ばらけてたりしてたんですけど、動く時はすごくて。食い込んでくるみたいな。自分が思ったようにボールが動いた時は楽しそうでした」
確かに、キャッチボールの最中に大谷選手のあの屈託のない笑顔をときどき見た気がする。

しかし、練習でなくいきなり試合で新しい球種を投げて、しかもあっさりモノにしてしまうなんて、聞いたことがないのだが。
水原さん
「たぶんセンスじゃないですかね。本当にテレビゲーム感覚で「じゃあ新しい球種ゲットしよう」みたいな感じで習得していたので、すごいなと思いました。チームメートもすごく驚いてました。『いきなり投げだして、あれかよ』とか『フェアじゃない』みたいな感じで(笑)。ツーシームで投球の幅はめちゃくちゃ広がるので、さらに無双できそうな気はします」
これが、昨シーズン46本、今シーズンも34本のホームランを打ったスラッガーがマウンド上で見せた進化の裏にあった背景だ。

MVP投票ではホームラン62本を打ってリーグ記録を61年ぶりに更新したヤンキースのアーロン・ジャッジ選手に次ぐ2位となり、2年連続でのMVPという日本選手初の快挙はならなかった。

今シーズンも二刀流の活躍で歴史を塗り替えた大谷選手がこのまま無冠に終わるのは納得いかないが、大谷選手自身は「MVPによって自分の目指すべき数字が変わることはない」と言い切った。

大リーグ6年目の来シーズン、29歳になる二刀流のパイオニアはどんな進化を遂げるのか。

シーズン中に突然、さらに新しい球種を投げたとしても、私はもう驚かない。
アメリカ総局記者
山本 脩太
2010年入局
スポーツニュース部でスキー、ラグビー、陸上などを担当
2020年8月から現所属