なぜ導入?路面電車もバスも“同じ運賃”

なぜ導入?路面電車もバスも“同じ運賃”
路面電車やバスの路線が張り巡らされた広島市の中心部。ことし11月、一部のエリアで、全国でも珍しい取り組みが始まった。一帯を走る電車とバスの運賃が、220円に統一されたのだ。ライバルどうしが手を組んで実現したこの運賃体系。導入の背景には、地方都市の中心部ですら赤字という、公共交通機関が抱える厳しい現実があった。
(広島放送局記者 石川拳太朗)

広島の街を覆う交通網

人口118万人の政令指定都市、広島市。

中区や南区など市内中心部には、路面電車と路線バスあわせて70の路線が張り巡らされている。

このうち、JR広島駅と商業の中心地・紙屋町の距離はおよそ2キロ。

この2つの区間には、1日あたり3600本以上の路線バス・路面電車が行き交っている。
ある平日の午後3時前。

中心部のデパートやビルが建ち並ぶ大通り沿いのバス停には、数分おきにバスが到着していた。

この時間帯の利用者の多くは、買い物などのためバスを利用する高齢者だ。

1度に数人乗り込むバスもあれば、ほとんど人が乗っていないバスも少なくなかった。

路面電車と路線バス実質的な値上げへ

11月1日、広島市内中心部の路面電車と路線バスを運行する7つの事業会社が運賃を一斉に改定した。

現在の運賃が190円や240円、または260円の区間では、220円均一の運賃となった。
2つの地点を結んだ一定の区間という“線”で見れば、鉄道とバスが同じ運賃を導入した例は、JR四国と徳島バスの例がある。

しかし、今回のように特定のエリアという“面”で鉄道とバスの運賃改定が行われたのは全国でも初めてのことだ。

均一運賃導入の最大のねらいは、“利便性の向上”だ。

しかし、対象区間のうち、利用者が多い190円の区間は30円引き上げに。

実質的な“値上げ”といえる。

新型コロナで一転 30億円超の赤字に

実質的な値上げに踏み切った背景には、新型コロナの影響で利用客が大幅に減少したことがある。

広島電鉄によると、運賃改定を行ったエリアの路面電車とバス7社の利用客の数は、新型コロナの感染拡大前の4年前の2018年度と比べて、昨年度は75%ほどに落ち込み、今年度も70%ほどにとどまる見通しだ。
観光需要の回復が期待される一方で、新型コロナの感染状況が落ち着いても、テレワークの導入など利用者の生活スタイルの変化によって利用客の減少傾向は続くのではないかと事業者は考えている。

利用客の落ち込みは経営にも大きな影響を及ぼしている。

運賃改定を行ったエリアの事業者7社の経常収支の合計(国の補助金含む)は、感染拡大前は黒字を確保していた。

しかし、感染が広がった2020年度には一転して、30億円以上の赤字に転落し、昨年度は赤字幅が拡大している。

今回の運賃改定で、収支は改善されるのか。

来年度(2023年度)のこのエリアの経常収支は、2億円近く改善されるものの、全体では依然として34億円程度の赤字を見込んでいる。
関係者によると、赤字を解消するためには、本来は運賃をもっと高く設定する必要がある。

ただ、利用者への影響をできるだけ少なくするためには、値上げ幅を抑える必要があった。

そこで設定されたのが220円という運賃だという。

利用者にとっては、30円は大幅な値上げと言えるが、そうした値上げをしても事業者の赤字は解消できないという、厳しい現状が浮き彫りになっている。

国も危機感 後押しした規制緩和

今回の運賃改定にあたっては、国の規制緩和が大きく後押しした。

新型コロナもあり、赤字の路線が増える中、国も公共交通の維持に向けた強い危機感を持っている。

鉄道の運賃は、運行に必要な費用をあわせた「総括原価」に、一定の利潤を加えるという方法で算出し、国の認可を得る必要がある。

ことしになって、鉄道の運賃制度のあり方を考える委員会の議論を経て、国は従来の算出方式を維持しつつも、沿線の自治体や地元の協議会などの合意があれば、運賃を改定できるという考え方を示した。

これによって運賃がこれまでよりも柔軟に決められるようになったのだ。

また、2020年に独占禁止法の特例として、地域の複数のバス会社が重複する区間の運行を減らして効率を高める「共同経営」を認め、これにより運行調整や運賃の統一といった柔軟な経営が可能となったことも後押しした。

ライバルの垣根を越えて利用増目指す

広島市内のバス事業者たちは、これまでにも重複する路線の整理や共通定期券の新設などに取り組んできた。

このうち「デジタルフリー乗車券」は今回の均一運賃に合わせて導入された。
スマートフォンで購入でき、画面を見せるだけで乗り降りができるという乗車券。

均一運賃のエリアでは、路面電車とバスが最大6時間400円で乗り放題となる。

この乗車券が使えるのは、平日であれば午前10時から午後4時まで。

原爆ドームや平和公園などを訪れる観光客にも気軽に公共交通を利用してもらいたいと考えている。

さらに、朝と夕方の通勤や通学のピーク時間以外の利用客を増やすことも目指している。

今回の均一運賃の導入をきっかけに、ライバルどうしの垣根を越えて、協調した取り組みがさらに加速するのかが注目されている。
広島電鉄 山瀬隆明 交通政策課長
「これまでは各事業者でそれぞれ競争するような形もあったと思うが、これからは協力する形でより利便な公共交通として利用していただけるようにしていきたい。新たに公共交通を利用していただくきっかけづくりや従来の利用からさらに増やしていただくようなことを行いたい」

地方の公共交通は生き残れるか

公共交通を残すことができるのか。

広島市のバス会社各社は新たな経営の仕組みも検討している。

それが路線バスのいわゆる「上下分離方式」だ。

鉄道では、線路などを公的なセクターが担い、列車の運行を民間企業が担当する形式で、全国でも少しずつ利用が広がっている。

こうした仕組みをバス事業にも取り入れられないかと議論が行われている。

バス事業のうち、車両などの「設備の維持管理」と「バスの運行管理」の仕事を分離。

「設備の維持管理」の業務を広島市などが引き受けるという案が検討されている。
人口減少や生活スタイルの変化など、大量輸送を前提として構築されてきた公共交通を巡る環境は時代とともに大きく変動している。

赤字路線が増え続ける中で、今、公共交通にはなにが求められているのか。

他社より少しでも多くの利用客を獲得しようと競ってきた交通事業者は、“競争から協調へ”とシフトしていくことが求められていると感じた。

利便性の向上、DX=デジタル化など新たな手法も柔軟に取り入れた経営の効率化やコスト削減。

交通事業者が連携しながら市民の足を維持していくための模索が続けられている。
広島放送局記者
石川拳太朗
2018年入局
原爆から公共交通、
オオサンショウウオまで幅広く取材