「日本で働きたいですか?」円安で変化するアジアの若者たち

「日本で働きたいですか?」円安で変化するアジアの若者たち
「日本で働きたいですか?」
会場を埋めつくしたミャンマーの若者が、次々と手を上げました。国を出て働きたいという人たちが、いま技能実習生などの面接に大勢集まっています。
一方、すでに来日しているベトナムの若者は、同じ質問に「こんなことなら来なかった」と答えました。
背景にあるのは「円安」です。
“技術を学び母国に持ち帰ること”を目的とした技能実習制度や、人手不足の分野で始まった“特定技能”などの外国人材。経済を陰で支えてきた現場に変化が起きています。
(おはよう日本 ディレクター 山内沙紀 小田翔子)

“家族を幸せにしたいのに…” 5か月送金できず

「日本に来たときには、こんなことになると思いませんでした」

建設現場で働くベトナム人技能実習生のグエン・チャン・タィンさん(40)は、寂しげな目で答えました。
タィンさんは2年前、ベトナムに妻と13歳、6歳の子どもを残して来日しました。

岐阜県内の建設会社でとび職として実習を行い、給料は毎月、手取りで23万円ほど。

毎月13~14万円を母国に送金し、家族の生活を支えてきました。
しかし円安の影響で、送金の際にベトナムの通貨・ドンに両替すると以前に比べ2~3割も目減りしてしまう事態となり、5か月前から毎月の送金を停止せざるを得なくなりました。

少しでもお金をためようと、寮の周りにある小さな花壇で野菜を育てて生活費を切り詰めています。
グエン・チャン・タィンさん
「家族とは毎日連絡をしていますが、十分に送金できていないことをわかってくれています。ただ、子どもが体調を崩したり、病気になったりしたときにはすぐに送金をしなくてはいけません。この円安が続くと、日本で稼ぎたいと思っていた目標の金額には届かないと感じています。とても悲しく、そして不安です」
本来、技能実習生の制度は「日本で技術を学び母国に持ち帰ること」が目的です。

ただ、建設や介護など人手不足の現場では貴重な労働力となって、日本の企業を支えてきたのが実態です。

中でもベトナムからは現在、最多の16万人余りが実習生として来日しています。

タィンさん含め6人の実習生を受け入れている建設会社では、山の斜面でロープにつり下がって作業する「とび職」の求人を出しても、日本では全く人が集まらないといいます。
タィンさんたちの実習期間は2年後に終了します。

建設会社の社長は、せっかく育成したタィンさんが帰らなくてはならないうえに、円安が続けば今後ベトナムから人材が来なくなるのではないかと危惧しています。
岐阜県の建設会社社長 谷口孝宏さん
「彼らが来てくれる以前と今では、仕事の売り上げがだいぶ違います。今、彼らは来てくれて3年がたとうとしていて、期間が決まっているので契約が切れればそれで母国に帰ってしまいます。次の実習生が来てくれるかどうか、そこが今、円安に関していちばん心配です」

“ベトナムではもう集まらない…”

円安による苦境は、ベトナムの若者にも伝わっています。

技能実習生の受け入れや監督などを担う監理団体「日本アジア青年交流協会」は、これまでハノイで日本語学校を運営し、400人以上のベトナム人を受け入れてきました。

しかしこの数か月、現地のスタッフからは「人が集まらない」という厳しい報告が届いています。
現地のスタッフ
「前まではハノイ近郊の町で募集をすれば、日本に行きたいベトナム人が集まっていましたが、(円安で)日本に行って得られる賃金との差が縮まっているため、今は希望者を見つけるために片道7~8時間かけて農村部まで足を運ぶこともあります」
この監理団体は、現地で日本語学校を運営しているためベトナムからの受け入れは続けていくつもりですが、今後はカンボジアやスリランカなど他の国からの実習生を増やすことを検討しています。

円安でも、日本で実習したいと少しでも思ってもらえるよう、実習生の待遇や負担する費用についても見直していく必要があると考えています。
一般社団法人 日本アジア青年交流協会 秋山香緒里さん
「安い賃金だと募集をかけても集まりませんので、受け入れ企業には“もう少し賃金を上げられないか”、“手当をつけて上乗せできないか”とお伝えすることもあります。円安がどれくらい続くかわかりませんが、監理団体としては紹介できる体制を維持しなければなりません」

ミャンマーでは希望者が急増

「円安」による波紋が広がる一方で、日本を目指す若者が殺到しているのがミャンマーです。

現地の若者たちに日本語などを教えて送り出す団体「ミャンマー・ユニティ」では10月末に面接が行われていました。
集まったのは、介護の技能実習生として日本に行くことを希望する若者100人。

真剣な表情で説明に聞き入っています。

面接では5人ずつのグループごとに、日本語の自己紹介を行っていました。

この団体のもとに「日本に行きたい」と応募した人数は、2021年2月のクーデター前と比べて6倍に達しています。

実はミャンマーでは、円安の影響はさほど受けていません。

アメリカやEUなどからの制裁を受け、ミャンマーの通貨・チャットの価値は大きく下がりました。

クーデター前に1円=12チャットほどだったのが現在は1円=15チャット余りと、長い目で見れば、むしろ「円高」になっているのです。
ミャンマー・ユニティの北中さんによると、面接に来る若者の半分以上が大学に進んだ若者です。

軍によるクーデター以降、経済が低迷するミャンマーで「日本に行きたい」という若者の思いは切実だといいます。
ミャンマー・ユニティ 最高顧問 北中彰さん
「ミャンマーでは失業者も増えていて、制裁を受けて物価も高騰。経済的に苦しい状況なので、若者たちは海外に出て働こうと必死です。10月からは外国人を労働力として受け入れる「特定技能」の試験もミャンマーで再開されたので、受けたい人が殺到しています。これまで日本への技能実習生はベトナム人が多かったのですが、“円安”でベトナムで人が集まりにくい今、ミャンマーからの送り出しには追い風になっていると思います」

受け入れ進むミャンマーからの介護技能実習生

ミャンマーからの人材は、続々と日本に入ってきています。

全国2500の民間の病院が加入する公益社団法人「全日本病院協会」では、すでに20人ほどのミャンマー人技能実習生を受け入れました。
全国の病院に配属されて「看護補助者」として働いています。

「看護補助者」は看護師からの指示を受け、入院患者の食事や入浴などを担う仕事で、近年は患者の高齢化でニーズが高まっています。

この団体が受け入れた技能実習性100人余りのうち、これまでは約8割がベトナムからでした。

将来不足する介護人材を確保するうえでも、今後はミャンマーからの受け入れを増やしていきたいと考えています。
公益社団法人 全日本病院協会 常任理事 山本登さん
「ミャンマーの実習生も優秀だと感じています。技能実習生として介護のスキルを身につけて、そのさき特定技能や、介護福祉士の資格も目指して日本で長く働いてもらいたい。病院の介護の現場で力を貸してもらいたいと思っています」

“送り出し国”を変えてきたけれど

技能実習生がどの国からやってくるかは、経済状況に応じてこれまでも入れ代わってきました。
30年ほど前に外国人技能実習制度が始まった当初、最も多くを占めていたのは中国からの実習生でした。

しかし、中国の経済成長に伴い来日人数が減少すると、取って代わるように、ベトナムなどより賃金水準の低い国の人材にシフトした過去があるのです。

専門家は「来てくれる人を求めて次々と新しい国を探す」という構図では根本的な解決にならないため、今回をきっかけに、外国人材をどう受け入れていくべきか考え直す時期にきていると指摘しています。
毛受敏浩さん(公益財団法人日本国際交流センター 執行理事)
「いま日本は円安で魅力がなくなり、国際的な人材獲得競争の中で逆風にさらされています。これまで日本側が人材を“選ぶこと”ができましたが、希望者が減り“選べない”事態になってくると、人材の質の低下が起きていきます。日本の高齢化と人口減少が止まらない中で、他の国ではなく日本に行きたいと思ってもらえるような受け入れ態勢を示し、できれば優秀な外国人材に定着してもらえるようにしなければなりません。実態として労働力が必要で受け入れているなら、技能実習制度・特定技能の制度も適した形に整えるべきです」
さらに日本経済の回復のためには、人手不足を補う目的で、技能実習生の受け入れ主体となってきた中小企業の在り方についても改革が必要だという専門家もいます。
独立行政法人 経済産業研究所 研究員 橋本由紀さん
「常に安い労働力を探し続け、目先のコスト削減に精いっぱいになった結果、設備投資にお金をかけることをせず生産性が上がらない、それが結果的にじわじわと日本の競争力低下につながる、という負のスパイラルが起こっています。すぐに競争力を回復させるのは難しいですが、機械化やAI化を進めて生産性を上げること、そしてより高度なスキルを持つ外国人材の雇用と育成をしていかなければ、日本の経済全体にとってプラスにならないのではないかと思います」

私たちに“見えにくい”からこそ

私は2年半前、コロナ禍で雇い止めにあった技能実習生たちへも取材をしました。

自分の将来と、家族の暮らしを賭けて日本にやってきたアジアの若者たちが、今度は円安で母国にお金を送れない、送っても大幅に目減りする事態に陥っています。

彼らが受けた痛みは、目には見えないけれど、これからさまざまな形で私たちの社会に影響を及ぼそうとしています。
取材の中で「日本の魅力は今回の円安で一気に落ちたわけではなく、以前からだんだんと下がっていた」ということばも聞かれました。

技能実習生は来日前に多額の借金を背負っていることが問題となっていますし、受け入れ企業で賃金の不払いや違法な長時間労働を強いられるケースもあとを絶ちません。

日本が外国人材にとって“選ばれる国”であるためにも、放置してはならない問題だと思います。

私たちがふだん何気なく手に取る野菜や果物、スーパーの総菜や、衣料品。

いつも歩いている道路や建物も、外国人材が汗を流して作業した現場かもしれないのですから。
おはよう日本 ディレクター
山内沙紀
2013年入局
山口放送局を経て現所属
おはよう日本 ディレクター
小田翔子
2018年入局
長野放送局を経て今年8月から現所属