輸入頼みは“砂上の楼閣” 配合飼料に頼らない畜産の可能性は

輸入頼みは“砂上の楼閣” 配合飼料に頼らない畜産の可能性は
宮崎県で畜産の取材を続ける私に食料安全保障の重要性を気付かせてくれたのは、この地で一見、風変わりな取り組みを続ける2人の牧場経営者だった。2人はそれぞれ試行錯誤の末、輸入の穀物飼料をほとんど使わない「放牧」という手法にたどりついていた。なぜ今、昔ながらの放牧なのか。これがどこまで食の安全保障につながるのか、最前線から報告する。(宮崎放送局記者 坂西俊太)

放牧地に置いてけぼり!

NHKの記者として畜産県・宮崎で働きはじめて5年。

12年前に深刻な被害をもたらした口てい疫からの復興など牛にまつわる取材を続ける中、「牛が牛舎の中で餌を与えられて育つ風景」を当たり前のように感じるようになっていた。
そんなある日、「長年、休止していた延岡市の観光牧場で畜産未経験の男性が放牧を始める」という話を聞きつけ、取材に出かけた。

夕方のお茶の間にぴったりの牧歌的なニュースになるだろう、そんな軽い気持ちだった。
男性の名は八崎秀則さん(47)。広島県出身で、元は畑の資材を売る会社の経営者だ。

私が驚いたのは、40代から全く新しい挑戦をするバイタリティだけでなく、その飼育方法だった。
八崎さんの牛たちは日ざしの強い日も、大雨の日も、山の上の斜面に開かれた放牧地に置いてけぼり。出産前後などを除いて牛舎に入れることはほとんどない。

餌は自然に生える草だけで、穀物などの配合飼料は与えない。
それでも牛は健康に育ち、独自のルートで出荷する肉はA5ランクの霜降り肉にも匹敵する価格で売れるという。

驚いた私は、後日もう一度訪ねて詳しく話を聞くことにした。

牛って草食動物でしょ?

八崎さんが取り組んでいるのは、「経産牛」と呼ばれる出産を終えた黒毛和牛を安く買ってきて牧場でおいしい赤身肉に育てるというもの。

草だけを食べて育つ牛の肉は、脂肪がほとんどない代わりに赤身にうまみがあり、消費者の健康志向もあって需要が増えているという。

牛が駆け回る牧草地の斜面に座ってそんな話を聞いていると、八崎さんから思わぬことばを投げかけられた。
八崎さん
「牛って草食動物でしょ?どうしてアメリカから大量のトウモロコシを輸入して食わせなきゃいけないの?生えている草を食べさせても健康だよ」
確かに、国内の牛が食べる穀物飼料の87%がアメリカ産のトウモロコシを中心とする海外からの輸入品だ(農林水産省統計・2021年度の概算)。

すぐそこに「本来の主食」が生えているのに、なぜここまで輸入頼みなのか。

赤身肉に注目が集まっていることを紹介するニュース企画を放送したあとも、八崎さんのことばは心の中に残り続けた。

多くの畜産農家が教えを請う牧場

八崎さん以外にも、県内で穀物を使わないで牛を育てる人はいないだろうか。

関係者に話を聞いて回ると、宮崎県北部の日之影町の山奥で、耕作放棄地を活用した放牧に取り組む男性の話が耳に入ってきた。多くの畜産農家がその教えを請いに集まっているという。

宮崎市内から車でおよそ2時間半。国道を外れて30分ほど山道を進んだところにその男性の放牧地はあった。青空のもと、自由に草をはむ牛たちが迎えてくれた。
牧場の主は岩田篤徳さん(71)。母牛を飼育し、産まれてくる子牛を売って生計を立てる繁殖農家だ。

標高250メートルほどの山の斜面に、まるで段々畑のように広がる放牧地は、全部合わせると東京ドーム2個分ほどの広さ。
牛たちは自然に生えてくる牧草や野生の植物を食べて過ごし、“餌代ゼロ円”の放牧を実現している(補助栄養として地元の豆腐店から「おから」をもらってきて与えているが、こちらもゼロ円だ)。

私が驚いたのは、岩田さんが15年も前にこの方式の放牧を始めていること。当時は高品質な輸入飼料が安価で手に入る時代。

本人は「地に足の着いた強じんな経営を模索する中で放牧に行き着いた」と言うが、輸入飼料が高騰し、食料安全保障が叫ばれる現在の状況を知った目で眺めると、まさに先見の明、としか表現のしようがない取り組みだ。

“砂上の楼閣”ですもんね

集落の人口が減るのにつれて増えてきた耕作放棄地を格安で借りて、ひとまとまりの土地にする。生えている木や竹は自分で重機を操作して取り除く。

そうして長い時間をかけて作り上げたのが現在の放牧地だ。

牛たちは朝になると誰に指示されるでもなく牛舎を出発。人が住まなくなった集落の坂道をゆっくりと登って放牧地へ向かっていく。
そして夕方になるとまた自分たちで帰ってくる。

前時代的なやり方にも思えるが、生まれてくる子牛は穀物飼料中心の場合と同等の価格で売れているという。

母牛が毎日たっぷり運動するからか、安産が多いのもメリットだ。
岩田さん
「輸入飼料が安い時は、ほかの人は『岩田は何をしているんだろう』と思っていたと思います。それでも輸入飼料で畜産を経営するというのはやっぱり本来の姿じゃないと信じてやってきました。今回のロシアによるウクライナ侵攻のようなことがあったら、輸入頼みは砂上の楼閣ですもんね」

揺らぐ“1本足打法” その先は?

“砂上の楼閣”
ことばは強いが、確かに輸入穀物を中心とする配合飼料の価格はこの1年で1.5倍以上に高騰している。

ウクライナ侵攻やこのところの円安で輸入飼料に依存するいわば“1本足打法”のもろさが露呈した畜産業界の現状を的確に言い表していると感じた。歴史的な過渡期にあるとしても、一人一人の農家は何とか生き残る道を見つけなければならない。
先日、日之影町の岩田さんの牧場で開かれた放牧の講習会には、地元を中心に30人の畜産農家が訪れた。

その1人、甲斐耕一郎さんは岩田さんと同じ繁殖農家。輸入飼料を中心とした経営を続けてきたが、飼料価格が高騰する中、「このままでは畜産を続けていけない」と感じるようになった。

幸い、牛舎の近くに今は使っていない土地がある。まずは数頭の規模から、岩田さん流の放牧を始めることを決めた。
甲斐さん
「あまりにも一気に餌代が上がったので、大丈夫だろうかという心配が大きいです。これから先は、自分の牛は自分で餌をつくらにゃいかんなと改めて感じたところです」

放牧にも課題はあるけれど…

「餌は輸入が良し」とされた時代があったように、もちろん、いま注目されている放牧も完全無欠ではない。

特にいちばん最初に立ちはだかるのが、広いまとまった土地をどう確保するかという課題だ。
畜産試験場などでの経験が豊富な放牧アドバイザーの梨木守さんによると、岩田さんらと同じ繁殖農家の場合、1ヘクタールの放牧地で飼える牛は2~3頭程度。一般的な経営規模では10ヘクタール超の土地が必要になる。

牛舎の近くにそれだけの広さの土地を確保するには、それこそ自宅の周囲が耕作放棄地だらけだった岩田さんのような環境でもないと難しいという。

さらに「土地」特有の難しさもある。

たとえ耕作放棄地であっても、持ち主には長年、その場所で作物を育ててきた思い入れがある。放牧への理解を得て、人としての信頼を得ないと貸してもらえないケースが多いという。

梨木さんに放牧で成功している人の特徴を聞いたところ、真っ先に「人望の厚い人」という答えが返ってきた。
現在、輸入飼料に頼っている分を放牧ですべて代替することは到底できない。一方、耕作放棄地の増加や、霜降り肉から赤身肉への消費者の嗜好の変化など、追い風も吹いている。

食料安全保障上のリスクを分散する観点から、放牧の可能性を追求する価値は十分にあると感じた。
宮崎放送局記者
坂西俊太
2018年入局
大学は農学部で獣医学を専攻 獣医師資格を持つ
現在は宮崎県政を担当し畜産関連の取材に力を入れている

注目ポイント:佐藤庸介解説委員(食料・農林水産担当)

日本は戦後まもなくから牛を含めた家畜の餌を輸入に頼るという姿勢を明確にしてきました。

「配合飼料」向けのトウモロコシは、1954年には一定の条件のもとで関税をゼロにする制度を導入し、安く輸入できるようにしました。大量に輸入した餌をもとに行う畜産は「加工型畜産」と呼ばれています。
草ではなくトウモロコシなどの穀物を与えた牛は早く太るうえ、肉に「サシ」と言われる霜降りの脂肪が入って、高値で取り引きされることも見逃せません。「安い餌で高い肉を生産できる」という、この仕組みは、長らく経済的には合理的で、畜産の成長を支えてきました。

ところが、世界的な餌価格の高騰に加えて、日本では急速な円安も相まって、この仕組みは根本から揺らいでいます。

放牧が見直されているのは肉牛だけではありません。酪農も同じです。牧草地が豊富な北海道だけにとどまらず、中国地方や九州などでも出てきています。

さらに消費者が持続的な生産を支持する動きもあり、九州と沖縄で事業を展開する「コープ九州」は原料を放牧酪農による生乳に限定した商品の販売も検討しています。

牛を飼う本質的なメリットは人間がほとんど消化できない草を食べて、肉や牛乳などの食料を生産することにあります。

世界情勢の激動は、日本の畜産が持続的な産業に変われるかどうかを試しているとも言えます。