人生 最期に食べてほしい~アイスがもたらす幸せな時間~

人生 最期に食べてほしい~アイスがもたらす幸せな時間~
「ガリガリ」っとかじって食べる、おなじみのアイスキャンディー。

実は、人生の最期を迎えようとしている人たちにとって、とても大切な食べ物だということをご存じでしたか?

「食事が難しい終末期の患者にとって、救いの神がこれ」

ある医師が投稿したこんなツイートをきっかけに、愛する家族との「最期の食事」の思い出についてシェアしようという動きが、いま、広がってます。

(11月9日に公開した記事に、新たに取材したエピソードを追記しました。記事後半に掲載しています)

実は、ぴったりの食べ物

ツイートを投稿したのは、都内の病院の医師、廣橋猛さんです。

日本緩和医療学会が認定する専門医で、がん患者を中心に4000人を超える患者の最期に携わってきました。

今回のツイート、ある入院患者とのやり取りがきっかけだったそうです。
永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長 廣橋猛さん
食事ができず、点滴生活の患者さんが「何か食べさせてほしい」とおっしゃるので、家族に「ガリガリ君」をすすめてみたんです。小さく砕いて口に入れてあげるとこれまでにないような笑顔を見せてくれました。この感動を残したいと思ってツイートしました。
廣橋さんによると、終末期を迎えた患者は食欲がなくなり、味もわかりにくくなっていて、冷たくてさっぱり、そのうえ、味がしっかりしているものを好むそうです。

そして、アイスキャンディーは口に含むと少しずつ溶けていく。水なら、むせてしまう人でも少しずつなら飲み込めるので、ぴったりの食べ物だということです。
廣橋猛さん
氷をなめても笑顔にはなりませんが、アイスキャンディーだと笑顔で食べる人が多いんです。食べられなくなると家族も悲しみますが、一口でも食べると喜んでくれる。患者さんだけでなく、家族や私たち医療関係者にとっても“救いの神”なんです。

表彰までされていた!

「人生最期の食べ物」として大切な存在になっていたアイスキャンディー。

メーカーに話を聴いてみると、家族を亡くした人から「最期に食べさせてあげられた」と感謝の手紙などが会社に寄せられることはよくあるそうです。

さらに、意外な事実も分かりました。

3年前、廣橋さんが所属する日本緩和医療学会の学術大会で、このアイスが表彰されていたのです。
受賞したのは「最優秀緩和ケア食の維持賞」。

表彰状には「緩和ケアを受ける患者さんの食の維持を支え、生活の質の維持向上に多大な貢献をされました」と書かれています。
各地の医師から、終末期の患者の支えになっているという話を聴き、わざわざ賞をつくって表彰することにしたそうです。
赤城乳業 開発マーケティング本部 岡本秀幸課長
「ほとんど何も食べられなくなった家族が、アイスを食べて少しだけ元気を取り戻せました」とか、「四十九日や一周忌などの節目に思い出します」といった声を寄せていただいています。本当に光栄なことだと思います。

広がる思い出のシェア

廣橋さんのツイートをきっかけに、SNS上では、家族の最期に何を食べさせてあげたのかや、それにまつわるエピソードが数多く書き込まれています。
父と叔父は亡くなる直前まで「アイスボックス」を欲しがっていました。
母の最期の日々を思い出します。アイスクリームとかかき氷、スイカジュースなどを喜んでました。
うちの母は「ガツンとみかん」(※みかん味のアイスキャンディー)でした。
3つ目のメッセージを投稿したのは40代の女性。

母親は10年前、59歳で亡くなりました。

亡くなる1か月ほど前から食べ物が口にできなくなったという母親。
妊娠中、よくシャーベットを食べていたことを父親が思い出し、このアイスを持っていくと、「懐かしい」「さっぱりしておいしいね」とうれしそうに食べてくれたそうです。
女性
妊娠当時のエピソードを聴きながら、父親にアイスを食べさせてもらう姿を見て、涙が出るほどうれしかったことが今も忘れられません。食べているときは、少しは苦しみから解放されているように見えました。

「おいしい」「また買ってくるな」

うちの父も「アイスの実」を美味しいと言って食べていました。美味しいと言って完食してもらえたのは嬉しかったです。
こう投稿したのは、坂本友輝さん(38)です。

2歳のときに母親が亡くなり、父親の圭吾さんに男手一つで育てられました。
子どものころは口答えばかりしていたという坂本さん。
年を重ねるにつれ、司法書士の仕事をしながら姉と自分の2人を育ててくれた父親の偉大さを身にしみて感じるようになったといいます。

「しっかり恩返ししないと」

そう思っていたやさき。

圭吾さんは肺がんで、治る見込みはないと、医師に告げられました。

5年前のことでした。
当時、73歳だった圭吾さん。

入院後、体調が急速に悪化し、意思疎通は困難に。

食事をするのも難しくなり、大好きだったカレーも、すしも、食べられなくなりました。

「何か口に入れてあげられるものはないだろうか」

そう思っていた時、病院の看護師から「がん患者は氷が好きなことが多い」と聞き、院内のコンビニで買ったアイスを持っていきました。

すると、圭吾さんは口の中で転がしながら、1つを30秒ほどをかけて、ゆっくりと味わったそうです。
そして、食べ終わると、絞り出すような声でこう言いました。

「おいしい」

「また買ってくるな」

坂本さんがこう声をかけると、圭吾さんは黙ってうなずきました。

圭吾さんが息を引き取ったのは、その3日後。

アイスをめぐるやり取りが、親子にとって最後のコミュニケーションになりました。
坂本友輝さん
「何も恩返しができていない」とずっと落ち込んでいたので、自分が買ってきたアイスを「おいしい」と言ってくれたことが本当にうれしかった。少しは気分転換させてあげられたのではないかと、慰めになりました。アイスは、私たち家族にとって、とても偉大な存在です。

アイスがつないだ“大切な物語”

医師の廣橋猛さん。

自身のツイートが、多くの人にとって家族との最期の時間を振り返り、思いを致すきっかけになればうれしいと話します。
緩和医療の専門医 廣橋猛さん
家族を亡くすのは悲しく、つらい経験です。でも、皆さんの投稿は悲しみというよりも、大切な人を最期まで支えられたというよい思い出になっているように思います。緩和医療について多くの人に知ってもらうためにも、こうした思い出をシェアするような取り組みができればいいなと思っています。
今回、たくさんの人がメッセージを寄せた後、廣橋さんが投稿したツイートです。
大切な人との懐かしい思い出

こうすればよかったという後悔

体調が悪かったときの苦労

介護する側の苦悩、そしてやりがい

一つ一つが大切な物語
繋いでくれたガリガリ君に感謝です
(取材・首都圏局 及川知紀 ネットワーク報道部 玉木香代子 芋野達郎 SNSリサーチ 梶原龍)

【取材後記】

この記事を掲載したあと、読んでくださった多くの方々が、家族や患者とのアイスにまつわるエピソードを、SNS上に投稿されました。

そのうちの何人かに、お話をうかがうことができましたので、ご紹介したいと思います。

「最後に笑顔を見られた」~祖母との思い出~

「亡くなるほんの少し前に氷好きな父方の祖母にひとさじ食べてもらったのを思い出した」

東京都に住む近藤千草さんの投稿です。
近藤さんは、大の「おばあちゃんっ子」。
大正生まれで、千代紙や和紙が好きだった祖母の房子さんの影響で、きれいな千代紙を集めるのが趣味だそうです。

大人になってからも、毎月のように房子さんに会いにいき、昔話や、房子さんが経営する文房具店の話を聞いたりしていたと話してくれました。
そんな房子さんは5年前、突然、体調を崩し、食事をとることも難しくなりました。

在宅で療養していた房子さんに会いに行った近藤さん。
その時、持っていったのが、アイスキャンディーでした。

食が太い方ではなかった房子さんの数少ない好物が、かき氷でした。
そのことを思い出したのです。

皿の上で小さく砕き、スプーンで1さじ、2さじと口に運んであげました。

すると、ずっと苦しそうな表情だった房子さんが、うれしそうに笑ったそうです。

これが、最後の面会になりました。
近藤千草さん
最後の最後に笑顔が見られたことで、特別なことができたという気分になったのを思い出します。今回、記事を読むうちにその記憶がよみがえってきて、あたたかい気持ちになれました。こんな経験をしたのは自分たちだけかと思っていましたが、ほかにも同じような思い出がある人がたくさんいることを知って驚きました。

「本当に大活躍」~作業療法の現場から~

終末期の患者に寄り添う立場から、共感の声を投稿した人もいます。

「訪問では終末期にも関わります。本当にアイスは大活躍で、OT(※作業療法士)訪問時に一緒にアイスを食べたり、食べるお手伝いをしたり」

こう書いたのは、作業療法士の米嶋一善さん(34)。
都内の老人ホームや自宅を訪問して、リハビリに取り組む高齢者を支えてきました。

がんや難病が進行し、食事が難しくなった終末期の患者さんに接する機会も多く、少しでも穏やかな時間を過ごしてもらいたいと、アイスを勧めてきたそうです。

ことしの秋、重い認知症を患い、寝たきりだった患者さんに、アイスをスプーンでひとさじ、食べてもらったことがありました。

表情の変化まではわかりませんでしたが、たった一口でも食べてくれたことで、同居する娘さんの緊張が少しほぐれたように見えたそうです。

息を引き取る、数日前の出来事でした。
米嶋一善さん
最期は、食べたいものを、食べられるときに食べてほしい。そのことで、体力が弱って、精神的にも身体的にも苦しい状況にある患者さんが、少しでも痛みを和らげてくれたらうれしいです。私の思いや経験とつながる記事だったので、同じような仕事する人たちの参考になればと、コメントをさせていただきました。
このほかにも、たくさんの人が、SNSにメッセージを書き込んでいます。

アイスが紡ぐ、人生最期の物語。

私たちはこれからも、取材を続けていきます。

(2022年11月25日更新)