朝7時から登校?なぜ九州で?『朝課外』に迫る

朝7時から登校?なぜ九州で?『朝課外』に迫る
朝は布団から離れがたい季節になってきましたが、九州では布団への未練も断ち切って、高校生が早朝から学校に登校する独特の“学校文化”があるんです。

部活の朝練ではないといいますが、では、いったいなぜ?
(福岡放送局 記者 荒川真帆/ディレクター 菅沼紗也子)

起床は5時半前!

福岡県内の高校に通う1年生のゆうなさんが話を聞かせてくれました。

いつも何時に起きているのか尋ねると…なんと、平日は朝の5時半前に起きているといいます。
ゆうなさん
「最近はだんだん冷えてきたので、朝は起きるのに一苦労です。布団から離れたところに目覚まし時計を置いて、アラームが鳴ったら強制的に布団から出るように努力しています。

母が仕事で早く出るので自分で弁当や朝食の準備をして、7時には登校します。学校の『朝課外』に出るためです」
起きるための目覚まし時計の工夫、よく分かります…

しかし、「朝課外」?

はじめて聞くワードです。

現場に行ってみた

かつて遅刻ギリギリまで寝ていた筆者からすると、ただ驚くばかりですが…この女子生徒が教えてくれた「朝課外」、いったいどんな風に行われているのか。

早速現場に向かってみました。
訪れたのは、福岡市南区にある県立柏陵高校です。

少し肌寒く感じる朝7時過ぎ、校門の前でカメラを構えていると…確かに、続々と登校してくる生徒達の姿が確認できました。

先生に案内してもらい、1年生の教室を訪ねました。

30人近く集まっている教室もあります。
午前7時40分。

チャイムとともに先生が教室に入ってきました。

「起立、礼!」の生徒のかけ声に続き、「では朝課外始めます。きょうは古典文法です」と先生。

そして生徒たちは演習問題を解いたり、グループごとに発表したりしていました。先生も詳しい解説を加えます。
なんだか早朝からがっつり授業のように見えますが…。

先生に尋ねてみると、こう説明してくれました。
担当教員
「これは授業ではありません。朝課外はあくまでも正規の授業とは別の課外時間です。教科書の内容を進めるのではなく、前に習ったところを中心に問題を解いたり復習したりします」

朝課外とは?

この朝課外、授業を進めるのではなく、生徒の基礎学力の定着や応用力の向上が狙いだといいます。

実は福岡はじめ九州各県や沖縄の高校で長年続く「馴染み」の取り組み。

地域によっては「0時限」、「早朝講座」などの名称もあるそうです。

福岡ではかつてすべての公立高校で行われていたといい、今も全体の6割を超える60の高校で実施されているんです。

多いところでは週4、5日程度行っています。

学校版の「塾」をイメージする人もいるかもしれませんが、費用は授業とは別に生徒側が負担します。

この学校の場合は、週3日・5教科で月1000円ほど。

費用は先生への手当となります(※教員は兼業届を提出)。

学校によると、全校生徒の7割が朝課外の参加を希望しているといいます。

その効果を先生や生徒に聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
女子生徒
「古典が苦手なので、苦手なところが少し分かるようになったから良かったです」
男子生徒
「朝課外に入っていたほうが、(自分にとって)プラスの面になるのは確実」
担当教員
「より(生徒の)理解が深まりますから、その意味では受けてもらったほうがいいなとは思います」
ただ、早朝から準備をするのは先生も負担なのでは…と、さらに尋ねてみると、「こっちも楽しくやってるので、大変さよりは『きょうはこれやろう』とか工夫をいろいろできます」とのことでした。

なぜ九州で?あの文豪も…

生徒や先生の姿になんだか頭が下がりますが、それにしても独特の取り組み。

なぜ九州で始まったのでしょうか。

創立100年以上など、歴史の古い学校の記念誌や関係資料を片っ端から調べてみると…意外な事実が分かりました。
明治時代、熊本に赴任していた夏目漱石が、朝課外を行っていたというのです。

漱石の研究者によると、漱石の博識に圧倒された生徒たちが教えを請う形で、「朝課外」を行っていたといいます。

それが九州全体への広まりにつながったのかは分かりませんでしたが。

いずれにせよルーツはかなり古いようです。
さらに福岡では昭和初期や戦後間もないころに「朝課外」らしきものが始まっていたとの記録がありました。

そして、広く定着したと見られるのが、昭和50年代です。
大学進学のための共通一次試験が開始され受験戦争とも呼ばれた時代。

学校関係者に取材を重ねると「この頃に大学進学を目指す生徒が増え、『課外授業をやってほしい』という声が生徒や保護者から強くあがっていた」といいます。

受験のため進学塾に通うことがまだ一般的ではなく、当時は学びの機会の確保として重要な役割があったと話す人もいました。

経済的に厳しい家庭の生徒も含め「大学進学率を上げる」という目標に向かって、生徒側も学校側も一丸になりやすい。

朝課外が根付いたのはそんな時代だったからなのかもしれません。

「正直、つらい」 半ば強制も?

なんだか九州らしい『熱意』や『アツさ』も感じる…と、感心していた矢先。

冒頭の女子高生「ゆうな」さんから、「正直、朝課外つらいです」と言われました。

どういうことでしょうか?

具体的に一日のスケジュールを教えてくれました。
朝課外に始まり、放課後も部活や習いごとと予定は目白押し。

朝課外の「宿題」が出ることも多く、睡眠時間は5~6時間程に。

中学時代に比べて2時間ほど減ったといいます。

ただ、この生徒の通う高校でも朝課外は希望制。
「それなら希望しなければいいのでは?」と尋ねると「もちろん希望制なんですが、先生によっては強めに朝課外を受けることを勧められます。『学力が下がっているのに朝課外取らなくていいのか?』と言われ、親にも朝課外を受けるよう連絡された友達もいます」と教えてくれました。

負担訴える声こんなに

今時の高校生、「忙しい」とは聞いていましたが、朝課外があると余計に大変そうです…。

私たちはより実情を知りたいと朝課外についてアンケートを実施しました。

すると、500人近くから回答が。

希望制といいつつ、事実上、強制だったと訴える声も少なくありませんでした。

取材では現役生や経験者などさまざまな声が私たちに寄せられました。

その一部を紹介します。
「1時間目が始まるまでに、すでにみんな疲れ切っている」
「数年前の経験だが、朝課外の前に部活の朝練があった。体がしんどく、日中、突然『寝落ち』してしまう睡眠障害のような症状に陥った」
「希望制なのに『受けない』と書くと先生に怒られて無理矢理受けさせられます。自分の思うように勉強ができません」
「教員ですが、子育て中なので朝早く出なければいけない朝課外は非常に大変」
さらに、朝課外が「役に立つかどうか」を尋ねたところ、「役に立つ」と答えたのはわずか22%。

44%が「役に立たない」と回答(全体数=480)。
そして「この先必要かどうか?」に対しては「必要」と答えたのはわずか6%。

64%が「必要ない」と回答していました。
一方で、少数ではありますがこんな声も寄せられました。
「経済的に塾に行く余裕がないなか、朝課外があって助かった」
「ふだん家で勉強する癖がなく、早起きに苦労しなかった私にとっては良い勉強時間の確保だった」

専門家は

朝課外はいま、大きく揺れ動いています。

5年前、福岡では県議会で「朝課外が事実上強制になっている」と問題視されました。

本来は希望制のはずが、いつの間にか「全員参加が当然」となっていた学校がほとんどだと発覚。

その後教育委員会から本来の希望制を徹底するよう通知が出る事態にもなりました。

専門家はこうした動きをどう見るのか。

教育制度や学力問題などに詳しい、早稲田大学教職大学院の田中博之教授に意見を聞いてみました。
実は田中教授も福岡県出身、朝課外の経験者だといいます。

「40年以上前になりますが、私のときは大学受験の過去問を解くなど、役に立ったなと思います。朝課外は全国のほかの地域では聞いたことがなく、稀な仕組みといえるでしょうね」としたうえで、こう指摘します。
早稲田大学教職大学院 田中博之教授
「安価な値段で朝課外を受けられるという点では、塾などに通えない生徒にはやはりメリットは大きいと思います。家庭の経済的な事情によって生じる教育格差はどんどん大きくなっていますし、その差を埋める手段になるならばよい部分はあるかと思います。

一方で、やはり見直すべき点も多いでしょう。特になぜ『朝』の時間でなければならないのか、その必然性には疑問符がつきます。いまは夜型の子どもも多いですし、教員の働き方改革にも逆行するような取り組みにも見えます。夏休みなど長期の休みや放課後の時間も活用できないかと思いますし、東京の高校では、卒業生が生徒に勉強をボランティアで教えに来るという取り組みもあります。いろいろ工夫・改善の余地はあると思います」
そのうえで、生徒の勉強方法や朝課外のあり方についてこう話してくれました。
「勉強そのものを教えることはもちろん必要ですが、生徒自らが学習の目標を立て、自分なりに勉強時間をカスタマイズして組み立てる力を養うことが重要です。

朝型・夜型の生徒や、部活や塾の忙しい生徒が、それぞれ自分にふさわしい勉強の仕方を考えて取り組むことこそ、学力を上げるために重要ではないでしょうか。『長年続いてきた取り組みをそのまま踏襲する』のではなく、立ち止まって考える必要があります」

どう思いますか?

九州・沖縄で続く朝課外。

生徒・教員への過度な負担や、「実際は強制だ」などの批判を受けて見直しが進み、思い切って廃止にする学校も出てきています。

廃止か継続か、各学校の動向が注目されますが、田中教授の指摘にもあったように、こんな疑問も感じました。

▼なぜ朝の時間を使う必要があるのか。

▼朝課外でどの程度成績や勉強に効果があるのか。

▼睡眠不足による体調や成績への影響はないのか。

みなさんはどう考えますか?私たちは、引き続き取材を進めています。

現役生の方、かつて経験した方、教員の方、それぞれの声をお待ちしています。
福岡放送局記者 
荒川真帆
2008年入局 
長崎、大阪、社会部の教育担当など経て現在
高校時代は朝に勉強しようと早く就寝、そのまま寝坊することも多々でした
福岡放送局ディレクター
菅沼紗也子
2020年入局 
エンターテインメント番組部、青少年・教育番組部を経て現所属
高校生のときから完全「夜型」でいつも遅刻ギリギリでした