赤ちゃん寝かしつけ “背中スイッチ”覆る 科学で導き出すコツ

「今夜も寝てくれない」「いつ泣きやむのか」「こっちも泣きたい」...

どうすれば赤ちゃんを上手に寝かしつけられるのか。

これまで明確な答えがなかった問いに、4人の子どもを育てる研究者が科学で答えを出そうと挑みました。

すると、あの通説“背中スイッチ”を覆す驚きの発見も。寝かしつけや夜泣きに悩む親たちにぜひ知ってもらいたい研究の成果です。

後段に「寝かしつけのコツ」をまとめています。

研究者自身の子育ての苦労が出発点

泣いている赤ちゃんの「寝かしつけのコツ」に科学で挑んだのは、理化学研究所脳神経科学研究センターの黒田公美チームリーダーの研究グループです。

4人の男の子の母親でもある黒田さん。

今回の研究テーマは、初めての子どもを育てたときの苦労が出発点になっているといいます。
「夫も私も、子育ての経験が初めてだったので、どうして泣いているかがわからないというのが本当に大変でした。永遠に泣き続けるのではないかと感じ、体におかしなことが起きているのではないかと心配になったこともあります。夜になっても寝てくれないこともあって、何が赤ちゃんの泣きやみや寝かしつけに効果があるのかはずっと知りたいと思っていました」。
赤ちゃんを泣きやませる方法は、おんぶやだっこのほか、ゆりかごを使った方法や、赤ちゃんを布でくるむ「スワドリング」という方法など、地域や文化、それに家庭によっても効果があるとされているものが異なります。

黒田さんは、効果を直感や通説ではなく、科学的に示すことができれば、子育てに悩む親たちの役に立てると考えました。

「自分には正しいと思える方法でも、ほかの親には正しいかわからないし、そもそも効果があるというのも思い込みかもしれない。それならば、何が赤ちゃんの寝かしつけに効果のある方法なのか、確からしい事実を科学的に調べてみようと思いました。どの親も1人目のときの育児は大変なので」。

もしかして…運ぶとおとなしくなる?

親が子どもを守り育てたり、子が親を慕ったりといった、親子間の強い感情を研究対象にしている黒田さん。

初めての子どもとなった長男の子育て経験から、赤ちゃんが泣きやむのには「だっこ歩き」が効果的ではないかと漠然と感じていましたが、研究室でのふとしたことをきっかけに、謎に迫る着想を得ました。
「実験で使うマウスのケージを掃除するときに、マウスの赤ちゃんを移し替える必要があります。マウスは跳ね回ってつかまえるのが大変なのですが、背中をつかんで運ぶとおとなしくなるのを見たときに、人間の赤ちゃんでも同じではないかとひらめきました。先行研究を調べてもほとんど誰も研究していないので、それならばと、自分で研究することにしました」。

その後、黒田さんは赤ちゃんが「だっこ歩き」などで運ばれているときにおとなしくなる現象を発見し、9年前に「輸送反応」と名付けて発表しました。
この反応は、ヒト以外でもネコ、ライオンなどほかの哺乳類でも見られるといいます。

野生動物の子どもは外敵が迫っているときに親にくわえられるなどして運ばれることが多くあるため、おとなしくして危険を高めることがないように身につけた本能ではないかと黒田さんは考えています。

「だっこ歩き」に効果があることがわかった黒田さん。

さらに、赤ちゃんが泣きやむには、どういう条件のもとで行えば効果的なのか、状況や時間を変えて調べてみることにしました。

わが子も実験に参加 だっこしたりベビーカーに乗せてみたり…

黒田さんたちのグループが行った実験です。

「輸送反応」を調べる実験と並行して10年余り前にスタートしました。

実験では生後7か月以下の赤ちゃんとその母親21組に
▽「だっこして歩く」、
▽「ベビーカーに乗せて動かす」、
▽「だっこして座る」、
▽「ベッドに寝かせる」という4種類の動作を組み合わせて数十分間行ってもらいます。

30秒単位で動作を記録し、泣いているかどうかなどそのときの赤ちゃんの状態を観察して、それぞれの動作が泣くことや眠ることに与える影響を調べました。
実験には、黒田さんも、生まれたばかりの次男と三男と一緒に参加しました。

「次男を妊娠していたときから赤ちゃんの心電図をとる機器を買って使い方を練習し、生まれたらすぐに実験ができるように準備をしていました。研究成果はわが子の助けなくしては導き出せなかったと思っています」。

泣きやむには「運ばれていること」が重要

こちらの画像は、黒田さんが三男と行った実験の様子です。

三男ははじめは泣いていましたが、黒田さんが「だっこ歩き」を続けると、次第に泣きやみます。

黒田さんたちの実験の結果、赤ちゃんが泣きやむのに効果があったのは、
▽「だっこして歩く」と
▽「ベビーカーに乗せて動かす」という2つの動作でした。

一方で、
▽「だっこして座る」と
▽「ベッドに寝かせる」という2つの動作では、ほとんど効果はみられなかったということです。

実験の結果、黒田さんは、赤ちゃんが泣きやむのに効果があったのは「運ばれていること」だと確信を強めました。

しかし、泣きやんだとしても、親には「寝かしつけ」というもう一つの壁が立ちはだかります。

せっかく泣きやんだ赤ちゃんは、どうすればスムーズに眠るのでしょうか。

寝かしつけのコツは“よけいなことは考えず5分間のだっこ歩き”

そこで、黒田さんは最も効果があった「だっこ歩き」をどのくらいの時間続ければ、赤ちゃんが眠るのかさらに検証を進めました。

前の実験のなかで激しく泣いていた赤ちゃん11人に注目して、より詳しく調べました。

すると、それぞれの母親が5分間「だっこ歩き」を続けていたときは、赤ちゃんは11人全員が泣き止み、このうち5人は眠ったということです。

黒田さんは、実験の結果を発表した論文では、7か月の赤ちゃんまでのデータでまとめていますが、実際にはもう少し大きくなった赤ちゃんでも実験はしていて、効果は期待できるといいます。

一方で、実験では正確なデータが取れなかった生後1か月以内の赤ちゃんや、体に心配がある赤ちゃんには行わないでほしいと話しています。

そのうえで、重要なコツは、よけいなことを考えずに「だっこ歩き」を続けることだとアドバイスします。
「赤ちゃんが自然に眠れるように、とにかく無になって歩く、これがベストです。用事があるような気持ちで部屋の中を止まらずに周回するなど淡々とだっこ歩きを続けてください。赤ちゃんは親の視線が向くと気になってしまうので、見ないこともポイントです。抱き方も、赤ちゃんのおなか、胸、頭までを体にぴったりとくっつけて、頭がぐらつかないようにしてください。5分から10分たっても泣きやまないときは、いつもと違ったことがないか観察するという気持ちでいればいいと思います。私も最初の子どもを育て始めたときにこのコツがわかっていればよかったのですが」。

まだ”背中スイッチ現象”がある ここで研究は終われない

とはいえ、「そろそろ寝たかな…」と思ってベッドに寝かせた瞬間、赤ちゃんが目を覚まして泣き出すという現象を経験した人は多いのではないでしょうか。

「背中スイッチ」とも呼ばれているこの現象。

まさに背中にスイッチが付いているかのようで、スイッチがオンになったら、寝かしつけは1からやり直さなければなりません。

今回の実験でも、いったん眠った赤ちゃんをベッドに寝かせると、およそ3分の1が起きてしまいました。

ここで研究は終われない。

黒田さんたちは、起きてしまった赤ちゃんと、起きなかった赤ちゃんに、どのような違いがあったかを調べました。
起きてしまった赤ちゃんはベッドに寝かされる前に平均3分間眠っていた一方で、眠り続けた赤ちゃんは平均8分間眠っていました。

また、眠り続けた赤ちゃんのうち、ベッドに寝かされる前に眠っていた時間が5分に満たない赤ちゃんは、途中で目を開けるなど起きそうになる様子が確認されたということです。

ベッドに寝かされる前にどのくらいの時間眠っていたのかが、寝かしつけの成功に影響を与えることがわかったのです。

黒田さんは、赤ちゃんが「だっこ歩き」で眠ったあと、5分から8分程度だっこを続けてからベッドに寝かせると、目を覚ましにくくなるのではないかと考えています。

「5分間の『だっこ歩き』で赤ちゃんが眠ってくれたら、すぐにベッドに寝かせたい気持ちをグッとこらえてください。ベッドに寝かせる前にいすやベッドに座るなどして5分から8分を目安に待ちましょう。そうすると、赤ちゃんの眠りがより深い段階に入るので、寝かせたときに少し目覚めかけても、眠りに戻ってくれることが多くなります」。

「背中スイッチ」 ポイントは背中じゃなかった!

さらに、黒田さんは心電図を使って赤ちゃんがベッドに寝かされるときの心拍数を測定し、緊張や興奮の状態を解析しました。

そして、赤ちゃんをベッドにそっと下ろしたり、素早く下ろしたりして速さを変えてみたほか、最初にベッドに体が触れる部分を頭からにしたり、お尻からにしたりして目を覚ましにくい寝かせ方を探りました。
その結果、寝かせ方で差は出ませんでしたが、予期せぬ発見がありました。

赤ちゃんの心拍数が増えて目覚めやすくなるのは、背中がベッドにつくときではなく、それより前の赤ちゃんのおなかが親から離れ始めるときだったのです。

赤ちゃんは寝ているように見えても、親の微妙な行動の変化を常に敏感に感じ取っているといいます。

霊長類の赤ちゃんは常に親の体にしがみついているため、ヒトの赤ちゃんもおなかが親から離れると、落下の危険を感じて目が覚めてしまうのではないかと黒田さんは考えています。

「背中スイッチ」の“通説”は覆り、さらに赤ちゃんを起こしにくい寝かし方も科学が明らかにしてくれました。

「『背中スイッチ』を科学的に調べたら、実はスイッチがあるのは親と接しているおなかで、赤ちゃんは『分離センサー』を持っていると言えるのかもしれません。赤ちゃんをベッドに寝かせるときは、この『分離センサー』が働かないように、手で下ろすのではなく、おなかを密着させながら、自分の体ごと下ろすようにするのがお勧めです」。

母親でも父親でも血縁関係がない人でも効果があるかも!?

今回の実験、黒田さんは母親を対象に行いましたが、父親や祖父母、それに血縁関係のない人でも同様の効果があると考え、効果を検証する研究を続けています。

まだ最終的な結果は出ていませんが、人見知りになる前の赤ちゃんには母親以外の人でも十分な効果が伺われるデータが出ているということで、黒田さんは「ぜひ父親に試してもらい、効果を確かめてもらいたい」と話しています。

科学的な寝かしつけの“コツ” おさらい

黒田さんたちの研究が導き出した「泣く赤ちゃんの寝かしつけのコツ」を改めて確認します。

【1】同じペースで淡々と5分間の「だっこ歩き」。

【2】眠ったと思っても、さらに座るなどして5分から8分程度だっこを続ける。

【3】ベッドに寝かせるときは、おなかを密着しながら自分の体ごと下ろす。

科学で育児が楽しくなる未来

こうした研究成果を役立ててもらおうと、黒田さんは育児をサポートするアプリの開発を目指しています。

スマートウォッチなどで赤ちゃんの心拍を測って、そのときの睡眠の状態を予測し、寝かしつけに最適な行動を親にアドバイスしようというのです。

黒田さんが見据えるのは、新たな科学の技術を使って育児が楽しくなる未来です。
「『夜泣き』のようにはっきりした対処法がないことで育児につまづくこともあると思いますが、技術を応用すれば、ことばが話せない赤ちゃんの状態をもっと鋭敏に知ることができるようになると思っています。科学で子育てを支援する方法をもっと見つけて、育児を楽しくできるようにしていきたいです」。