未来に向けて 漫画ミュージアムがつなぐバトン

未来に向けて 漫画ミュージアムがつなぐバトン
「漫画家の情熱を後世に伝え、若者を鼓舞する場所として大きく成長してきた」

銀河鉄道999で知られる漫画家、松本零士さんのことばです。

松本さんが「若者を鼓舞する場」と評したのは“北九州市漫画ミュージアム”

北九州市が10年前に設置した漫画に特化した博物館です。

100人を超える漫画家を輩出した漫画の街の博物館として、この10年、漫画文化を発信し続けてきました。

その漫画ミュージアムがいま、未来に向けた“使命”と捉えている取り組みがあると聞き取材しました。
(北九州放送局記者 伊藤直哉)

漫画の街・北九州市

この夏、山口県から異動になった記者の私。

新たな勤務地、北九州市の小倉駅で出迎えてくれたのが銀河鉄道999のキャラクター「メーテル」でした。

実は、小倉駅のメーテルと私は“再会”でした。
SFが大好きな私は3年前に山口県に赴任したあとほどなくしてお隣、北九州市に向かいました。

銀河鉄道999の展示をしている漫画ミュージアムを訪ねるためです。

小倉駅のメーテルとはそのときが初対面でした。

そして、北九州市が新たな勤務地になったことし、ミュージアムの10周年にあたる年だと聞き、運命的なものを感じて再訪することにしたのです。

公設公営の漫画ミュージアム

北九州市漫画ミュージアムは漫画やアニメといったサブカルチャーの発信拠点として2012年8月に開館した公設公営の博物館です。

所蔵されているのはおよそ7万冊。

初代の名誉館長を務めたのは松本零士さんです。
来場者はこれまでに80万人を超え、子どもから大人まで多くのファンを魅了してきました。

私が訪れた日も親子連れが多くいました。
男の子
「スーパーマリオくんの本を読みました。楽しいです」

父親
「来ると懐かしく感じます。漫画本がたくさんありおもしろいです」

ゆかりの漫画家は100人以上

そもそもなぜ北九州市に漫画ミュージアムがあるのかーーー。

その理由は輩出した漫画家の数の多さです。

館内には北九州市ゆかりの漫画家の一覧が掲げられていました。
松本零士さん、北条司さんなど、その数は100人を超えます。

ではなぜ、北九州はこれほど多くの漫画家を輩出できたのでしょうか。

ミュージアムの専門研究員、表智之さんは多くの新聞社があったこと、そして工業地帯として栄えた地域性にあると教えてくれました。
「もともと新聞社が集まっていたことが重要だと考えています。漫画の投稿欄があって、評価を受けるというシステムがあり、読者も刺激を受ける好循環が生まれていました。

さらに鉄鋼業の巨大な企業体があり、多くの労働者たちが社内報や労働組合紙に漫画やイラストを描いてきたことが根底にあると分析しています」

漫画家の卵を温めて10年

ミュージアムがこの10年、漫画文化の発信とともに取り組んだのは、未来の担い手の育成です。

プロの漫画家による講座を開講し、描き手のすそ野を広げてきました。
生徒
「スカートのしわがうまく描けるようになった」
「将来は漫画家になる」
“せい☆けいすけ”さん
「絵心が無いと思い込んでいる人たちも実は意外と描けるんですよ。ちょっとしたきっかけで描けるようになってくることもあります。漫画家はみんな子どものころに、有名な漫画家さんの真似をして描くということが出発点なので、もしかするとここで学んだ子たちがデビューしてこの場所に本が置かれる作家になるかもしれない。とても楽しみです」
必ずしもプロの漫画家にならなくとも、漫画を愛する人が増えてくれればいい。

そんな思いが込められた講座です。

未来に向けて、原画を保存せよ!

そして、開館から10年が経った今、ミュージアムが“使命”だと捉えている業務があります。

それは、過去の原画の保存作業です。
デジタル全盛の今、出版される漫画の多くはタブレットなどのデジタルツールを使って描かれるようになっています。

デジタルの原画は劣化もなく、保管場所も必要ありません。

一方で、数十年前の手描きの原画は…。
年月を重ねるにつれて、酸化したり、虫に食われたり、劣化が進みます。

漫画は書籍などと比較して、冊数が多いため、ページ数も膨大です。

保存が非常に難しいのが実情です。

漫画家が亡くなったあとは原画が売却されたり廃棄されたりして行方が分からなくなるおそれもあります。

原画は“情報”の宝庫

手描きの原画はそれだけで“情報”の宝庫です。

例えば、細かい筆づかい。

そして丁寧な色づかい。

漫画本は原画を印刷して作られますが、原画の中には印刷では反映できない細かな線や色があるといいます。

実際に原画をみることで作者のこだわりを肌で感じることができるのです。
表さん
「車の質感や外装の鉄板のメタリックな感じを出すためにつやの出し方にかなり工夫しているのが分かります」
こうした原画に虫よけや酸化防止の処理を行い、紙へのダメージを防ぐ封筒や箱に入れて大切に保存します。

大切に保存された原画が展示などを通じて多くの人の目に触れ、漫画文化の継承を担うのです。
「ふだん漫画を読んでいる時はパラパラとめくっていってしまいますが、こうやって原画を見ると本当に書いてるんだというのが身にしみる感じでした」

“漫画の街”北九州

ミュージアムが漫画文化を発信し続けて10年。

北九州市は次第に“漫画の街”として知られるようになりました。

かつての私のように、小倉駅前にある銀河鉄道999のキャラクターを県外から来て撮影するファンの姿を見つけ、思わず話しかけてみました。
「銀河鉄道999は宇宙が舞台でふだんとは離れた世界が描かれていて夢が広がる良さがあり、大好きで見ていました。懐かしく感じてうれしいです」
漫画ミュージアムの表さんはこれからは漫画文化を守り、継承する10年にしたいと考えていると力を込めて話してくれました。
表さん
「地元のクリエイターを支援して次に繋がっていくような、何らかの産業につながっていくように尽力したいです。そして次の世代の作家の創造意欲を刺激できるように地元の作家の原画をしっかりと紹介していきたいです」

取材後記

3年前、関門トンネルを抜けて、生まれて初めて九州に足を踏み入れました。

まず向かったのが漫画ミュージアムでした。

大好きな銀河鉄道999の展示を見て胸が高鳴ったことを今も鮮明に覚えています。

銀河鉄道999は私に夢を諦めないことや今を大切に生きること尊さを教えてくれました。

少年だった私に、大きな影響を与えてくれた銀河鉄道999をはじめ、日本が世界に誇る漫画文化がこれからも大切に継承されることを願ってやみません。
北九州放送局記者
伊藤直哉
2017年入局
初任地は山口局
関門海峡を越えて2022年8月から北九州局
趣味はSF作品の鑑賞や魚釣り
最近はもつ鍋にはまっています