坂本弁護士一家殺害事件から33年 今に引き継がれる思い

坂本堤弁護士一家がオウム真理教の幹部らに殺害された事件から、4日で33年です。遺族や同僚の弁護士などが3日、一家の墓を訪れ、事件の風化を防ぎ坂本弁護士の遺志を引き継いでいく思いを新たにしていました。

オウム真理教の信者を家族のもとに返す活動をしていた坂本堤弁護士は、1989年11月、横浜市の自宅で、妻の坂本都子さんと長男で1歳だった龍彦ちゃんとともにオウム真理教の幹部らに殺害されました。

その後、1995年になって、新潟県で坂本弁護士、富山県で都子さん、長野県で龍彦ちゃんの遺体がそれぞれ埋められているのが見つかりました。

事件から4日で33年となるのを前に、3日、遺族や同僚の弁護士などが一家の墓がある神奈川県鎌倉市の寺に集まり、静かに手を合わせて3人をしのびました。

坂本弁護士と同じ弁護団で活動していた弁護士の小野毅さんは、「この1年で自分が何をやったのか、坂本さんに代わって何ができているのか、墓前で話をした」と述べ、思いを新たにしていました。

思いを継ぐ同僚の弁護士は

当時、小野さんは統一教会をめぐる高額の献金やいわゆる「霊感商法」の問題に対応していた弁護団のメンバーでした。

坂本弁護士も駆け出しの弁護士としてこの弁護団に入り、献金の返金を求める交渉などを行っていたといいます。

坂本弁護士は元信者らの支援に携わる中で、小野さんたちとともに、オウム真理教に入信した子どもの親から相談を受けるようになったということです。

小野さんが印象に残っている坂本弁護士のことばがあります。

“信教の自由はあっても、人を不幸にする自由は許されない”。

小野さんは、坂本弁護士が亡くなったあとも、統一教会の信者家族からの相談を受けてきました。そして、ことし安倍元総理大臣が銃撃された事件のあとは電話相談の支援にも携わっています。

小野さんは「35年くらい前の話ですから、取り上げてくれる窓口や相談先がほとんどなかった状況でした。今の全国弁連もその頃に立ち上がりやっとこういう日が来たのかと、感慨深いところがあります。信教に反対する自由もやっぱり信教の自由なんです。その声を無視しないでほしいとずっと思っていますし、坂本さんのことばを改めてもう一度考え直しながら、何ができるのか考える時期に来ていると思います」と話していました。