もはや夢ではない?月面で挑む野菜作り

もはや夢ではない?月面で挑む野菜作り
「人類の可能性を大きく広げることになる」

いま、注目される28歳の若手社長のことばです。これまで難しいとされてきた月面での農業を実現しようという壮大なプロジェクトが進められています。重力は地球の6分の1。月の砂を使ってどうやって作物を育てるのか?ロマンに満ちた挑戦を追いかけました。

月に食料問題が浮上

アポロ11号が月面着陸に成功したのは1969年のこと。

それから半世紀、月に「食料問題」が持ち上がっていることをご存じですか?

日本のJAXAやアメリカのNASAなどは人類の宇宙への進出の足ががりとして月を探査する「アルテミス計画」を打ち出し、2030年代までに「月面基地」を建設する予定です。
そこで問題として浮上しているのが基地で活動する宇宙飛行士などの食料をどうやって確保するのかです。

地球から月面まではおよそ38万キロも離れていて「月面基地」での滞在が長くなれば、十分な補給ができなくなる可能性があります。

このためJAXAなどは「月面基地」で農業を行うための「プロジェクト」を発足させました。

月の砂は農業に適さない

このSFさながらの計画、最大の課題は作物を育てる土壌をどうするかです。

植物の種や成長に欠かせない微生物は地球から持って行けばいいとしても大量の土を地球から月まで運搬するのは多額なコストがかかるため、輸送コストの観点から困難です。

土は現地調達するしかありません。

月面にも大量の砂は存在します。

しかし砂の粒子が細かく、微生物が住み着くことが難しいため種を植えても作物が育ちにくく農業には適さないのです。

キーマンは28歳の若手社長

「宇宙農業」のプロジェクトに参加したのは名古屋市のスタートアップ企業「TOWING」の社長、西田宏平さん(28)です。

起業のきっかけは少年時代に読んだ漫画「宇宙兄弟」。

宇宙を目指す兄弟や仲間たちの人間ドラマを描いた人気作品です。

「宇宙に魅せられた」といいます。

滋賀県出身の西田さんは天文学者を志して名古屋大学理学部に入学。

地球惑星科学を専攻しました。

大学院修了後は愛知県刈谷市の自動車部品メーカーに就職しました。

ただ、宇宙への夢は消えず、副業として地道に研究を続けていました。

そして2019年、内閣府が主催する宇宙ビジネスのコンテストで見事入賞。
賞金を元手に翌年、会社を立ち上げたのです。

JAXAが注目した西田さんのノウハウは「人工土壌」に関するものです。

大手ゼネコンと共同研究に乗り出しました。
西田宏平さん
「少年時代に読んだ漫画の世界を実現したいという思いからやっているんですけど、宇宙農業の実現で人類の生存圏が広がったり、宇宙の中で働く人たちの食生活を改善することができる。より宇宙が魅力的な空間になるように、プロジェクトに取り組んでいきたい」

微生物を呼び込め 独自ノウハウ

まず用意したのは、月の砂を再現したものです。
一緒に取り組む大手ゼネコンではJAXAと月面基地の建設に向け研究を進めています。

そこでアメリカのNASAが発表した「月の砂」の成分分析の結果をもとに、粒の大きさなどがそっくりの砂をつくったのです。

もちろんこのまま作物を植えてもうまく育ちません。

この砂を約1000度の高温で焼き固め、肉眼では見えない直径0.2ミリほどの細かい穴を空けていきます。

この穴に微生物が住み着くようになり、作物の成長が可能になるのです。

微生物を活性化させるのに試行錯誤を繰り返し最適な穴の大きさや数を探り当てたのが西田さんの会社独自のノウハウです。

重力6分の1での宇宙農業へ

ことし2月には、この加工した砂で小松菜の栽培に成功。

宇宙農業に道を開く成果として期待を集めています。
夢の実現に向けて大きな一歩を踏み出した西田さん。

今、さらなる研究を重ねています。

写真にあるのは愛知県の物流企業と共同で設置した「植物工場」。

コンテナの中でサツマイモやジャガイモを育てます。
大きなポイントは宇宙基地での使用が想定されるLEDを使うこと。

光の当て方など条件を変えて生育状況のデータを収集しています。

西田さんは今後、地球の6分の1とされる月の重力の中でも作物が成長できるかどうか、実験に取り組みたいと話しています。

重力が小さいと水の落ち方が遅くなるため、土壌への水の浸透スピードが異なってきます。

水やりの頻度や方法などを検討する上で、欠かせないデータなんだそうです。
西田宏平さん
「宇宙の農業の実際のニーズ出てくるのって大体10年後とかもうちょっと15年後ぐらい。それをやるために会社が成長するには地球のプロジェクトしっかり伸ばしていかないといけない」

ベランダから宇宙基地まで

西田さんは宇宙への夢だけを追っているわけではありません。

現実的に会社を成長させる経営者としての一面も持ち合わせています。

会社のビジョンとして掲げているのは「ベランダから宇宙基地まで」。

宇宙を目指す技術開発を地球にフィードバックすることでビジネスチャンスを掴もうとしているのです。

月の砂に微生物を定着させたノウハウを地球での農業にも活用。

炭のかけらに細かい穴をあけることで、微生物を活性化させ作物の成長を促進する「人工土壌」を実用化しました。
愛知県刈谷市にある企業農園で、この人工土壌を使って小松菜やピーマンを育てたところ、通常の土と比べ収穫量や糖度が20%程度増えたということです。

これまで作物の栽培が難しかった地域でも農業を可能にしたいと話します。
西田宏平さん
「東南アジアとかアフリカですとか、あまり良い土がないけど水とかがあるような地域では人工土壌を準備すればこれからの人口増加につながるような食料生産ができると思っています」
この商品、10月に千葉市で開かれた全国の農業関係者が集まる商談会に出品したところ、注目を集めました。
プラント建設を手がける企業や大手商社の担当者などが次々とブースを訪れ、西田さんと「人工土壌」を使った事業の可能性について議論を交わす姿も見られました。

宇宙農業は食料問題の解決にも

「宇宙への挑戦」と聞けば、普通は地球上で得られた技術開発の成果を発展させて宇宙に持ち込むものと考えていましたが、西田さんの思いはあくまで「宇宙」。

宇宙で求められる技術を地球に応用するという逆のアプローチが非常に印象的でした。

自動車の開発などでもレースの現場で培われた最先端技術が市販車にフィードバックされるケースは多くあります。

今回の技術も月面のみならず地球の食料問題に貢献する可能性は十分にあると感じました。

私とほぼ同世代の西田さんが挑む挑戦を引き続き見守っていきます。
名古屋局記者
吉田 智裕
2017年入局
金沢局を経て現所属
経済取材を担当