アメリカ中間選挙 記録的なインフレに人々は?

「孫にあげるクッキーすら買えない」

アメリカ東部・ペンシルベニア州「ラストベルト(さびついた工業地帯)」で暮らす男性の訴えです。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻などの影響で記録的なインフレが続くアメリカ。
産業の衰退を目の当たりにしてきた人たちは、中間選挙を前に何を思うのでしょうか。

ラストベルトってなに?

「Rust Belt」、日本語に訳すと「さびついた地帯」という意味です。
五大湖周辺から東部の大西洋岸にのびる一帯で、かつては鉄鋼業をはじめとする重工業や製造業が栄えていました。

「ゴールデンゲートブリッジ」など、アメリカの象徴的な建築物に鉄鋼を提供し、第二次世界大戦中は3万人以上を雇用していました。
しかしアメリカの鉄鋼業が競争力を失い、工場は相次いで閉鎖。この地域で暮らす人たちは、産業構造の変化に翻弄されてきました。

ラストベルトの労働者は

ラストベルトの一角、中西部オハイオ州の街、ヤングスタウン。
全米有数の鉄鋼業の拠点として栄えましたが、今は廃虚となった工場が目立ちます。

ヤングスタウン近郊に住むジョセフ・シュロデックさんは製鉄工場で働き、40年間、民主党員として地元で党の幹部を務めていました。
しかし、主要産業である鉄鋼業が低迷。
人口の減少にも歯止めがかからず先行きに強い不安を抱くようになったといいます。

「孫のクッキーすら買えない」

トランプ氏が勝利した2016年の大統領選挙では「労働者の雇用を守る」とした共和党のトランプ氏に大きな期待を寄せ、1票を投じました。

それから6年。生活が苦しい今こそ、トランプ氏のような強いリーダーが必要だと考えています。
シュロデックさん
「スーパーに行っても孫にクッキーすら買ってあげられません。トランプ氏は見事にこの国のかじを取っていた。その頃に戻りたいのです」

「トランプ氏のことばは空虚」

新しい製造業の発展が地域の活性化につながると期待する人もいます。

シュロデックさんと同じ、ヤングスタウン近郊に住むパット・モーヘッドさん(50)。
地元の大手自動車メーカーの工場に20年以上勤めてきましたが、トランプ政権時代の2019年に突然工場が閉鎖。
その後、別の企業が買収し、今ではEVの製造工場に様変わりしました。
パット・モーヘッドさん
「この地域は製鉄所から自動車産業まで多くの雇用を失いました。トランプ氏のことばは空虚なものだった。過去を振り返って失ったものを嘆いても意味がありません。未来を切り開く意志をもったリーダーが必要です」

ラストベルトの候補者は?

オハイオ州の上院議員選挙。
共和党の候補者、J・D・バンス氏(38)はベストセラー作家という異色の経歴。
民主党の候補者、ティム・ライアン氏(49)は地元選出の下院議員をおよそ20年務めてきました。

いずれの候補者も労働者を重視する姿勢を強調しています。
共和党・バンス氏
「人々がチャンスを得られる州でなければならない。それがアメリカ第一主義だ。本物のトランプ氏の政策に戻る必要があると訴えるために私は来た」

民主党・ライアン氏
「ソーラー、ガス、電池、電気自動車…ホンダ、フォードなど、大企業がわれわれのコミュニティに投資している。われわれはこのオハイオで将来の雇用のために努力している」

油井キャスターが見たラストベルト

6年前の大統領選挙に続き、今回もラストベルトを取材で訪れた油井キャスターは、アメリカ経済の先行きをどう見るのでしょうか。

Q.民主・共和両党とも労働者を重視している?

A.誘致する企業の業種や目指す産業の育成で違いはあるものの、国内に製造業を復活させたいという立場は、実は一緒です。

ラストベルトでは、トランプ前大統領が歴代政権による自由貿易政策で製造業が中国やメキシコなど国外に移ったと批判。
そのうえでアメリカ第一主義と保護主義的な貿易政策を掲げることで労働者票を獲得し、2016年の大統領選挙を制しました。

ここでは労働者票の獲得が勝敗の鍵を握ります。

Q.両党は何を訴えている?

A.ともに、産業の国内回帰を訴えています。

アメリカの貿易政策は、かつては「オフショアリング」(国外生産)とも言われてきました。
賃金の安い国に製造業を移すことでアメリカの消費者も安価に買い物ができる利益を享受してきたのです。
しかし今は中国やロシアとの政治的な対立も重なって、経済安全保障の面からも「オンショアリング」(国内生産)や、友好国の間でサプライチェーンを築く「フレンドショアリング」(友好国生産)に移るとみられていて、この傾向は中間選挙の結果にかかわらず続く見通しです。

Q.中国との貿易や経済政策で違いはある?

A.アメリカが唯一の競合国と位置づける中国をめぐっては野党・共和党のほうが強硬な姿勢と見られていますが、与党・民主党の間でも選挙戦で対中国を前面に押し出している候補もいます。

そのひとりが、オハイオ州の民主党ライアン候補です。
労働者票の獲得を目指したビデオ広告も流しました。
「中国VSアメリカ。資本主義VS共産主義だ」

民主党はアジア系アメリカ人も支持基盤の1つで、このビデオ広告は中国敵視をあおるようなものだとして物議を醸したのですが、ライアン候補は主張を撤回しませんでした。

Q.アメリカの今後の対中国政策は?

A.ワシントンの専門家は次のように話しています。
「中国より速く走るため、アメリカは半導体や技術革新に投資し最新技術の指導的立場を守る。また、中国を抑え込むため強力な輸出規制を実行する。この方針は中間選挙でどちらが勝利しても同じだ」
今回の中間選挙では、記録的な物価高の中、与野党の間でさまざまな経済政策が議論されています。

ただ、通商政策は内向きに。
そして対中国は、強硬に。

その路線は、中間選挙でどちらの政党が多数派になっても大きく変わらない見通しだと感じました。