スポーツを通じて社会とつながる「スペシャルオリンピックス」

スポーツを通じて社会とつながる「スペシャルオリンピックス」
知的障害のある人に、スポーツを通じて社会とつながる場を提供する国際的なスポーツ組織、スペシャルオリンピックス。
現在、活動は193の国や地域で行われています。

スペシャルオリンピックスは今、日本で、スポーツ以外の場でも、知的障害のある人とない人がお互いを知る機会を設け始めるなど、「共に生きる」社会のハブになろうとしています。

4年に1度の全国大会が4日から始まる今、大会に出場する1人のアスリートと、交流活動をしている企業への取材から、その意義を考えます。

(おはよう日本 スポーツキャスター 堀菜保子)

「スペシャルオリンピックス」とは

約50年前、アメリカで生まれたスペシャルオリンピックス。

日本(スペシャルオリンピックス日本)では1990年代から活動が始まり、全国47都道府県に支部があります。

知的障害のある人に、陸上、バスケットボール、ボーリング、スキー、スケート…夏冬様々な競技で、1週間に1度の練習会などの場を提供し、競技会としては4年に1度の世界大会やその予選を兼ねた全国大会などが開かれています。

「初めて仲間ができた 初めて目標を持てた」

スペシャルオリンピックスでは練習会や競技会に参加する知的障害のある人を「アスリート」と呼んでいます。

11月4日(金)~6日(日)、4年に1度の全国大会が広島県で行われます。

日頃の練習会の成果を発表するとともに、全国のアスリートやボランティアなどが交流する貴重な場でもあります。

私は3年前から取材をしていますが、アスリートの中には、「スペシャルオリンピックスに出会って初めて安心して体を動かすことができ、初めて仲間ができ、初めて目標を持てた」と話す人も少なくありません。

“みんな違う”のが当たり前だから

広島での全国大会に参加する1人、藤本愛史さん(26)。

神奈川県の川崎支部のバスケットボールの練習会に参加して13年。キャプテンを務めています。

「集合!」「ナイス!」「頑張れ!」

練習会を取材すると、号令をかけて練習会をリードし、誰よりも大きく声を出して仲間を鼓舞し、チームの中心となっているのが伝わってきます。
藤本さんに練習の中で一番好きなことを聞くと、「声をみんなにかけるのが楽しいです」と話してくれます。

チームをリードするという自分の役割にやりがいを感じているといいます。

そんな藤本さん。小さい頃はみんなの前で声を出したり運動したりするのが得意ではありませんでした。
1歳上の兄の所属するサッカークラブを見に行き、「サッカーをやりたい」という思いを持っても、壁に隠れて見ていたといいます。

知的障害に加えて、小さい頃は自閉傾向も強く、コミュニケーションを多数の人ととることに困難を感じ、みんなが同じペースで話したり物事を進められることが前提となっている場所には不安があったそうです。

転機は中学2年生のとき。
特別支援学級の同級生から、「スペシャルオリンピックスというのがあるけど、やってみない?」と誘われたそうです。

初めて参加した練習会。そこには安心して取り組める環境がありました。

複数のコーチやボランティアがアスリートを支えます。

ボールの触り方、ドリブル、シュート、パス。1つ1つ、できるようになるまで丁寧に寄り添って教えてくれます。全体練習をする中で、1人1人のペースも大事にされているのです。

母親の千恵子さんは「愛史は褒められるとどこまでも元気に頑張るので、コーチは彼の特性を理解して、たくさん誉めて指導して下さっていました」と話します。
母親の千恵子さん
「彼が自分らしく、当たり前に、普通に過ごせるんです。一般の社会だと、変だよ、それダメだよと、うるさいよだったり、いろいろ言われる。でも彼は言われていることもなかなかわからないし、それがストレスになっていたみたいです。でも、ここでは本当に楽しそうにいきいきやっていて、彼にとって最高の場所なんだろうなと思いました」
同年代の仲間とともに過ごす時間も、藤本さんを成長させているといいます。
母親の千恵子さん
「小さな子たちにパスを回してその子のシュートが決まった時にみんなで喜んでいるんですよ。自分だけじゃなくて周りの人たちのために何かするとか、コミュニケーションをとるためにどういうふうにしたら自分の気持ちを伝えられるとか。社会性が芽生えたっていうところがすごく大きかったかなと思います」

目標を持って努力することって楽しい

仲間とともに安心してスポーツに取り組める。

その環境の中で、「練習をすればうまくなれる」ということを知り、自ら希望して、家でも筋トレやシュート練習をするようになりました。

今も、毎日仕事終わりには必ず公園でシュート練習をしています。

その成果もあって、3年前には世界大会にも出場。

国内だけでなく海外の選手ともつながりができました。
藤本さんは「どんどんパワーアップするように頑張りたい」とさらなる成長への抱負を力強く語ってくれました。

知的障害のある人のこと 知ってほしい

このように、知的障害のある人がスポーツを通じて仲間と一緒に何かに取り組む「社会性」を育む機会を作ってきたスペシャルオリンピックス。

その理念を大切にしながらも、近年力を入れてきたのが、スポーツの場以外でも、“知的障害のある人が社会を知り、社会も知的障害のある人のことを知る”機会をつくることです。

その1つが、企業との交流会。

こちらは去年3月に行われた、大手航空会社とのオンラインでの交流会の様子です。
40人近くの社員やアスリートが参加しました。

飛行機の格納庫と中継をつないで見学をしたあとは、社員と知的障害のあるアスリートがざっくばらんに日々感じていることを話しました。

アスリートからは「自分たちが、親だけじゃなくていろいろな人に応援されていることを知って元気づけられた」などの声があがりました。

企業の社員にとっても、大きな気づきを得られる場所になりました。

参加した1人、客室業務部の福岡玲さんです。
長時間マスクをつけることが難しい人もいるということなど、すぐに会社としてサービス、業務、接客などで生かせる話はほかの社員にも共有したといいます。

ただ、それだけにとどまらず、自身の日常が変わるような、そんな交流の時間だったといいます。
福岡さん
「直接聞かないと気付きもしなかったような話が多くて、もっと知りたい、学びたいと思うようになりました。例えば通勤で電車に乗っているとき、町を歩いている時、知的障害のある人と会ったときの自分の心持ちが全く違うんです。知的障害のある人がどんな生活を送っているのか、“自分事”になりました。私たちのグループ会社は約3万6000人の社員がいます。まずは社員に、そのあとは航空業界に、運輸業界に…どんどんこの交流を横につなげていけば、空港や飛行機で接客するときなど仕事中の心持ちだけではなく、日常から知的障害のある人と接するときの心がけや態度も変わると思います。より優しい社会になれる気がするんです」
さらに、これまで作ってきた輪をもっと広げたいと考えている人もいます。

2018年に全国大会でボランティアをしたことをきっかけに、スペシャルオリンピックスの活動に、コーチや一緒に競技に参加するパートナーとしても深く関わるようになった、掛水信行さん。
取材の中では「一方的な関係ではなく、“一緒に”何かに取り組むことが大切だと思う」と、“一緒に”をキーワードに話してくださった掛水さん。

勤める自動車会社では、障害のある人も職場で増えてきているといいますが、今は「これをお願いします」とお願いをする・されるの関係にとどまっていて、それをもっと、双方向のやり取りがあって“一緒に”仕事をする関係にしていく必要があると感じるようになりました。
掛水さん
「私は、知的障害のある人と一緒にスポーツに取り組んでコミュニケーションをとることで“1人1人に合わせて接することが大事”ということを学べました。ただ、障害の有無に関わらず、みんなに個性がありますよね。だからその経験は、すべての人といい関係を築くことにもつながると思うんです」
さらに、オンラインの交流会に参加し、自身の住む地域以外のアスリートとも接するようになったことで、「もっと多くのアスリートと直接会って、スポーツの練習会以外の場でも、釣りや料理など趣味も一緒に取り組むなど、もっと交流を増やしていきたい」と思うようになったといいます。

いまこの会社では、スペシャルオリンピックスのファンクラブが立ち上がりました。

スペシャルオリンピックスのアスリートと“一緒に○○したい”と思う社員が集まって、どんな交流会を開くかアイデアを出したり情報を共有したりするネットワークとして活用していきたいということです。

~共に生きる社会のハブに~ 取材後記

私自身、3年前にスペシャルオリンピックスと出会ってアスリートやボランティアの皆さんと接する中で、“障害の有無に関わらず、みんな違うのが当たり前”という当たり前のことに気づかされました。

そこから3年。

変わったことがあります。

3年前は「知的障害のある人が社会となかなかつながれない状況があるのは、“機会”がないからできない」と感じていました。

ただ、そこから時を経て、パラスポーツ、ジェンダー、先住民族…様々な取材をする中で感じるようになったのは、「“機会”がない」だけでなく、「その社会が、“できる”人の基準で作られているのではないか」ということです。

なぜいま社会はこうなっているのか、その根本も考えていかなければいけないと思っています。

スペシャルオリンピックス日本は、今後、雇用、教育など、知的障害のある人が直面する課題を実際にヒアリングし、専門家の力も借りながら、その解決策を提示し、企業とともにその事業を企画するなど、現実と向き合って根本の解決にも迫っていきたいと考えているそうです。

そうした1つ1つの取り組みが、“できる”人の基準で作られているこの社会が抱える課題をさらに顕在化させ、誰もが生きやすい、共に生きる社会への道になるのだと感じます。
おはよう日本 スポーツキャスター
堀菜保子
2017年入局
佐賀局、札幌局を経て
おはよう日本スポーツ担当2年目
「スポーツ」と「人権」が主な取材テーマ