「やまとうた」表記 最古の木簡か 平城宮跡で見つかる 奈良

奈良時代に都が置かれた奈良市の平城宮跡から、今の和歌にあたる「倭歌(やまとうた)」と記された木の札、木簡が見つかりました。調査にあたった奈良文化財研究所は「日本古来の歌を『やまとうた』と記した最古の例になる」としています。

木簡は、平城宮跡のうち天皇の住まいがあった区域の近くを流れる水路の跡で見つかりました。

長さはおよそ30センチ、幅は3センチほどで、およそ1300年前の奈良時代前半ごろのものとみられます。

調査にあたった奈良文化財研究所などによりますと、木簡には古代日本を意味する「倭」と「歌」の文字のあとに、日本語の音に漢字をあてた「万葉仮名」で和歌が記されていて、冒頭の2文字は日本古来の歌を意味する「やまとうた」を示しているということです。

これまでは平安時代の「古今和歌集」が「やまとうた」と記した最も古い例とされてきましたが、今回の発見でおよそ100年さかのぼるとしています。
奈良文化財研究所の馬場基室長は「木簡が書かれた奈良時代は、唐と呼ばれた当時の中国にどう立ち向かうかを模索していた時代だ。中国の漢詩の文化に対し、『やまとうた』は自分たちの文化だと意識していたことがうかがえる」と話しています。

この木簡は、11月1日から奈良市の平城宮跡資料館で展示されます。

「やまとうた」の意味は

専門家によりますと、日本古来の歌を意味する「やまとうた」は、中国の漢詩に対して生まれたことばだと考えられています。

和歌を「やまとうた」と記したのはこれまで、平安時代の「古今和歌集」が最も古い例でした。

ひらがなで書かれた序文には、「やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことの葉とぞなれりける」と書いてあります。

この序文を漢字で記したものでは、「やまとうた」の箇所は今と同じ「和歌」の文字が用いられています。

一方、奈良時代の末ごろに成立したとされる日本最古の歌集の「万葉集」では、「和歌」の表記は「やまとうた」を意味するものではなかったということです。

例えば、ある貴族が贈った恋の歌に対する女性の返事の歌を紹介するくだりに「和歌」という文字が見られますが、これは、「応答する歌」とか「唱和する歌」といった意味で使われていたと見られています。

「倭」の文字は当時の中国が日本を指すものとして使っていましたが、奈良時代後半の日本で「倭」の代わりに「和」の文字が普及し、それ以降、「やまとうた」を「和歌」と記すことが一般化したと考えられるということです。

日本文学が専門で國學院大学の上野誠教授は、「固定電話や和菓子ということばが携帯電話や洋菓子の出現で生まれたように、『やまとうた』も中国の漢詩を意識しないと生まれないことばだろう。『倭』には『背が低い人』などマイナスの意味もあり、『和む』という意味の『和』が好まれるようになった歴史があるのではないか」と話しています。