誕生日ケーキが買えない

誕生日ケーキが買えない
「紙に描いたケーキの絵を渡し、買ってあげられないことが悔しくて悲しくて」

「誕生日プレゼントは“だっこ”でした」

私たちの取材で聞いた、幼い子を持つ親の声です。長引くコロナ禍に物価高が追い打ちをかけ、子どもの誕生日のお祝いも十分にできないといいます。

NPOのアンケート調査では、経済的に困窮する家庭の2割で誕生日ケーキが買えていないという実態が見えてきました。

こうしたなか、子どもたちにケーキを贈ろうというプロジェクトが始まりました。

(社会部 記者 能州さやか)

夫の急死で…

3姉妹の子育てに奔走する、シングルマザーのマイさん(仮名・38)です。

この日は長女の誕生会。

支援団体からホールのフルーツケーキを受け取り、みんなでお祝いしました。
マイさんの夫・拓大さんは、おととし脳出血で倒れ、50歳で帰らぬ人となりました。

三女はまだ生後3か月。

育児と目の前の現実との間で、突き落とされたような絶望を感じたといいます。
マイさん
「夫が亡くなってから、毎日が必死で、記憶がありません。絶望だったけれど、『子どもが元気なら幸せ』と考えるようになり、自分の体力のことを考えて、できる限りのことをするしかないと思っています」
正社員で働いていましたが、子育てと両立させるため、勤め先を辞め、この秋からは近くの保育園でパート勤務をしています。

収入は共働きの頃に比べて大きく落ち込み、日々の生活の中で、さまざまなことを切り詰めるようになりました。
小学1年生になった長女の遠足では、マイさん自身が子どものときに使っていた30年前のリュックサックと弁当箱を持たせました。

フードバンクを利用して食料品を手に入れているほか、近くの子ども食堂も活用。

成長が早い子どもたちに着せる服は、民生委員の助けを借りておさがりを集めています。

去年の長女の誕生日には、親族を頼ってケーキを買ってもらいましたが、プレゼントはマイさんの「だっこ」でした。
マイさん
「ことしもプレゼントは我慢してもらいましたが、親としては、誕生日ケーキは用意してあげたい。子どもが3人いる1人親なので、ふだんは長女に時間をかけられず、お手伝いを頼むことばかりです。誕生日には『この子のために』と時間を作ることは大事だと思っています。夫と死別してから本当にいろんなことがあったけれど、親になれて良かったと、子どもの誕生日に強く感じます」

経済的に厳しい家庭の2割 “子どもの誕生日が「切ない」”

誕生日ケーキを送るプロジェクトを始めたのは、NPO「チャリティーサンタ」です。

活動を進めるきっかけのひとつは、去年行ったアンケート調査でした。

支援の対象にしてきた主に2歳から10歳の子どもがいる家庭を対象に、インターネットを通じてアンケートをとりました。

その結果、経済的に困窮している家庭の切実な状況が分かったといいます。
Q.子どもの誕生日に準備したものは?
・ケーキ…81% 
・プレゼント…66%
経済的に厳しくても、8割の家庭でケーキを準備しようとしていました。

一方で、残る2割はケーキの購入を、3割余りがプレゼントをそれぞれ諦めているとみられています。

さらに、保護者を対象に、子どもの誕生日にどのような感情になったかを聞きました。
Q.子どもの誕生日を前にどんな感情に?
・楽しい…65%
・切ない…21%
大切な日に十分なお祝いを諦めざるを得ず、親がつらい気持ちで過ごしている実情も見えてきました。

ケーキがなく子どもの目に涙、紙に描いたケーキも

NPOに寄せられた声です。
「1歳のお誕生日に、食パンにヨーグルトを塗ってサツマイモを飾ったケーキを用意したが、ほかのきょうだいの分のケーキがなくて、上の子が静かに泣いていた」

「毎年、安いシュークリームでお祝いしています。もちろん、プレゼントなんて、買ってあげられていません」

「絵で描いたケーキを渡し、喜んでくれていますが、なんでお友達の家は本当のケーキが出てくるのにうちには無いの?と聞かれ、悔しくて悲しくて」
最近では、長引くコロナ禍に物価高の影響を受けているという声も。
「物価高で、食べたい物が買えない」

「なんとか生活していたが、コロナ禍に物価高で、いつか生活ができなくなるのではないか」

「大切な日ですら満足に過ごせていない家庭は多い」

こうした状況について、NPOは。
NPOチャリティーサンタ清輔夏輝 代表理事
「保護者が最も大切に考えている子どもの誕生日ですら満足に過ごせていない家庭が、思ってる以上に多いです。ただでさえ削っていた食費をこれ以上削れない、じゃあ何を削るんだというときに、あったらいいけれど、なくてもごまかせるような、『非日常』のことを諦めている状況」
NPOでは、去年から一部の地域で試験的に活動を開始。

現在は、寄付を募りながら、洋菓子店などの協力を仰いで10月から誕生日ケーキを届けるプロジェクトをスタートさせています。

今年は諦めかけていたところ…

去年とは違う誕生日を実感したという人もいました。

6歳になるハヤトくんと、母親のカオリ(仮名・37)さんです。

離婚して、今は1人で働きながらハヤトくんと暮らしています。

ハヤトくんの去年の誕生日は、ひと切れのロールケーキに100円ショップで買ったろうそくを立てました。

着ている服もフリーマーケットで購入しました。
カオリさん
「節約しても節約しても値上げが続き、もう少し自分の中で削れるところを日々探している状態。『自力でなんとかしないと』と、思っていますが、このまま頑張り続けて疲弊していくのは怖いです」
住んでいるマンションのプロパンガスは1年で3回も値上がりしました。

さらにことしは小麦粉の値段が高騰。

誕生日ケーキを諦めかけていたところ、支援団体の活動を知り、すぐに応募しました。

指折り数えて待つ「6歳」

実はカオリさん、ことしはこれまで以上にハヤトくんの誕生日を特別にお祝いしたい気持ちがありました。

発達障害があるハヤトくん。

誕生日など、年齢が変わるわかりやすい節目を大切にしてきたと言います。

6歳の目標を、自ら立てていました。
ハヤトくん
「5歳は虫が怖かったけれど、6歳になれば大丈夫になる」
カオリさん
「『あと何日寝たら6歳だよ』と、6歳になるのを毎日指折り数えて楽しみにしていました。ハヤトのことしの楽しみ方は1年前とは違うんですよね。自分はそれを知っているからこそ、より感慨深い。どんな経済状況だったとしても、この子が生まれてきてくれたことが嬉しいことだし、一つずつ年齢を重ねていけるのは、とても喜ばしい」

1か月で応募300件 365日を頑張る「特別な1日を」

募集を始めて1か月で300件の応募が寄せられた、このプロジェクト。

今は、届ける家庭を抽選で決めていますが、今後、寄付を集めながら応募の枠を拡大できるよう検討しています。

協力しているケーキ会社は。
Cake.jp 松尾慎治 執行役員
「誕生日を『祝う、祝わない』『誕生日ケーキがある、ない』というのは、いろんな考え方があっていいと思いますが、子どもが年に1度、主役になれる日です。営利企業ができることとして、こうしたプロジェクトが短命、単発で終わらないよう継続的に実行できる仕組み作りに貢献したい」
NPOチャリティーサンタ 清輔夏輝 代表理事
「1年の中でも特別なこの機会を支援しながら、もしかしたら365日分の1日かもしれないけど、その1日が、実は365日をすごく頑張るためのきっかけの日になるのではないか。本来子どもであれば、自然にできるようなことが、家庭環境に関わらず経験できるような社会にしていきたい」

“子どもの情緒”にも配慮した支援が必要

子どもの成長を祝う誕生日。

ケーキはぜいたく品という意見もあるかもしれませんが、みんなでワイワイ囲んでお祝いすると思い出に残ります。

子どもの貧困に詳しい教育経済学が専門の慶應義塾大学 中室牧子教授は、子ども時代の経験が、今後の成長に影響するという研究もあると指摘します。
慶應義塾大学 中室牧子教授
「子どものころの体験は、その後の『自己肯定感』や『モチベーション』といった、いわゆる『非認知能力』に影響するという先行研究があり、特に幼少期は非常に効果が高いといわれています。日常の中にある普通のことができなくなってしまう、その経済的な困窮のサポートをしっかりと考えていかなければいけない。最低限の暮らしができればいいというだけではなく、安定的な生活は子どもの情緒に与える影響は大きく、困窮している子育て世帯に対しては、もっと手厚く、もっとスピーディーな支援が必要です」
取材を受けてくれたカオリさんは、「スーパーで売られているスイーツでも、一番安いロールケーキでも、『おめでとう』と喜び合う気持ちが一番大事」と話してくれました。

誕生日は子ども自らが「1つ大きくなった」と、成長を実感する大切な時間です。

7人に1人と言われている、日本の子どもの貧困。

ケーキの大きさや、プレゼントがあるかないかに関わらず、一番近くで見守ってきた保護者が「切ない」と感じ、精神的にも追い詰められてしまう社会は、変えていく必要があると思います。
社会部 記者
能州さやか
2011年に入局。秋田局と新潟局を経て2017年から社会部。現在は教育や子どもの取材を中心に行う。