国産魚なのに国産魚じゃない?

国産魚なのに国産魚じゃない?
「国産魚であっても国産魚ではない感じだ」
愛媛県のマダイの養殖業者がそうつぶやいた。愛媛の海で育てているのに国産魚ではないとはどういうことなのか。取材してみると、ここにも物価高の影響が色濃くあった。(松山放送局記者 林航生)

この1年で30%値上がり

愛媛県南部に位置する宇和島市。海一面に養殖生けすが並び、60年前からマダイが養殖されている。
去年(2021年)の愛媛県の生産量は3万7800トン。全国のシェアの54%を占める地域の重要な産業だ。

ところが今、かつてない餌代の高騰に見舞われている。養殖で使われている餌の主な原料はイワシだ。もともとは日本でたくさん獲れていたため国産でまかなっていた。
しかし、漁獲高が減少するにつれて、安価で大量に確保できるペルーなど南米産のカタクチイワシに切り替わった。今では南米に加えて東アフリカなどからも輸入しているが、価格の高騰が続く。

中国など新興国で需要が高まっていることに加えて輸送コストの上昇、さらには円安の影響をもろに受けているためだ。
宇和島で養殖場を経営する清水徹さんが購入している餌は、この1年で30%値上がりしたという。しかし、出荷するマダイの価格は同じペースでは上昇しておらず収益を圧迫する要因となっている。
清水徹さん
「育てている餌はほぼ国内のものではないということ。輸入品で育っている魚なので、国産魚であっても国産魚ではないという感じ」

マダイの餌を国産に

この窮地を救うかもしれない挑戦をしている人が同じ愛媛にいる。愛媛大学の三浦猛教授だ。
養殖に関する研究を始めたのは2009年。それまでは北海道大学などで魚の生殖生理学といった全く異なる分野で研究してきたが、愛媛に来てからは地域の漁業者に役立つ研究をしようと養殖に目を向けた。

養殖業のコストの約8割が餌代だ。しかもほとんどを輸入に頼っている。持続可能な産業にするためにも餌を国産に切り替える必要があると感じていた。
養殖場ではペレットと呼ばれる固形の餌を与えている。ペレットは魚粉以外にも輸入した小麦粉、大豆かすなどを混ぜて作られている。まず考えたのがペレットの半分を占める魚粉(カタクチイワシ)の代替物を見つけることだ。

目を付けたのは良質なタンパク質を有する昆虫であった。牛や豚などに代わるタンパク質源として昆虫は世界的にも注目されている。

三浦教授はミミズやクワガタ、コオロギなどわれわれになじみのある生き物から検討を始めた。しかし、安く簡単にそして大量に用意できて繁殖させられるものは少なく、最終候補に残ったのは、ハエの仲間とミールワームという虫の一種だった。
ミールワームとはゴミムシダマシという虫の幼虫で、小鳥やは虫類などペットの餌としても利用されている。

これらで餌を作り、実際にマダイに与えて成長のペースを観測するとミールワームが群を抜いてよい結果を示した。カタクチイワシで作った餌と比べて1.7倍のスピードで成長したという。

海の生けすで実証実験

しかし、研究室の実験でよい結果が出たとしても実際の現場でもうまくいくとは限らず、むしろ失敗するケースのほうが圧倒的に多いという。

実証実験を行う場所探しも難しかった。1匹でも多くのマダイを出荷したい養殖業者にとって、貴重な海の生けすを貸し出してくれる人はそういるものではない。
ミールワームの餌が実際に養殖で使われることなく4年の月日が過ぎたとき、三浦教授に協力を申し出てくれたのが宇和島の清水さんだった。

清水さんは餌代が高騰する前から餌のほとんどを海外に依存する現状を憂え、食用のイワシを使うことにも疑問を持っていた。意気投合した2人は、今年7月から、宇和島の海でミールワームで作られた餌を使って8000匹のマダイを育てている。

今の餌のミールワームの配合比率は20%でほかにもカタクチイワシや大豆かすなども含まれている。
餌を放り込むと大量のマダイが勢いよく食いついた。将来的にはミールワームの比率を50%まで高め、完全にカタクチイワシから切り替えることを目標としている。

三浦教授はマダイの生育状態を確かめるため、毎月、特殊なカメラを海中に沈めて100匹ほどのサイズや重さを測定している。
ミールワームで育ったマダイと、カタクチイワシで育ったものを比較すると、当初はミールワームのほうが成長が遅かったが、9月の測定ではカタクチイワシのマダイよりも大きいものが多く、期待どおり成長していることが確認できた。

成長は確認したが課題も

しかし、まだ課題はある。現状では、ミールワームの生産コストが高いことだ。

適切な環境で餌さえ与えればどこでも育てることができるが、その餌というのがウクライナ情勢などで価格が高騰している小麦の殻なのだ。何とも皮肉だ。
ミールワームはもともと穀物を食べる害虫で日本各地に生息している。小麦以外で国産でまかなえる餌がないか20種類以上の穀物の殻を試しているが、現時点ではまだ見つかっていない。

愛媛では2年後にミールワームを生産するプラントを作ろうという計画も持ち上がっている。それまでに最適な生産方法の確立が望まれる。
三浦教授
「食料生産の根本を変えるような産業につながる可能性があるので、自分としてとてもやりがいのある仕事だと思っている。養殖をしている生産者の方の生活がかかっているので失敗はしたくない」

難しい脱・海外依存

ことし8月に農林水産省が発表した日本の昨年度(2021年度)の食料自給率はカロリー基準で38%だ。過去最低だった前年度を1ポイント上回ったものの依然として低い。

ミールワームで育てたマダイは来年出荷される予定だが、生産コストが下がらなければ、価格は今のものよりも高くなるだろう。
餌が国産であることに価値を見いだす消費者は購入すると思うが、大多数の消費者は少しでも安いマダイを望んでいることも事実だ。

一方で最近、社会や環境に配慮した商品は価格が多少高くても売れているという話をよく聞く。

今回の試みも、持続可能な消費である「エシカル消費」として受け入れられる余地はあるのだろうか。愛媛発の挑戦を追い続けたい。
松山放送局記者
林 航生
2022年入局
趣味はサウナと海外旅行
高校時代ガーナとアルゼンチンに留学していました

注目ポイント:佐藤庸介解説委員(食料・農林水産担当)

サンマやサケ、それにイカなど過去に例のない不漁に見舞われる中、養殖への期待は膨らんでいます。政府の水産政策の方向を定めた「水産基本計画」でも、「養殖業の成長産業化」を柱の1つに掲げています。

ただ、養殖に力を入れるのは、今に始まったことではありません。すでに1960年代には、水産業界で「とる漁業からつくる漁業へ」というスローガンのもと、養殖が推進されてきたといういきさつがあります。

ところが、日本では養殖は生産量、生産額ともに伸び悩み、漁業全体を引っ張るまでには至っていません。その大きな要因が、養殖業のコストの多くを占める餌について、「魚」「輸入」に頼ってきたことでした。

本来、人間が食べられる魚を餌にすることは、資源の効率的な活用とは言えません。また、輸入への依存は、常時確保できるかという懸念が付きまといますし、今のように円安が進むと価格が高騰するリスクを抱えています。

この面で、今回の愛媛大学の研究は、餌の課題のうち、まずは「魚」からの脱却で一歩前進した試みだと言えそうです。

もう1つの「輸入」という課題を解決するために、いわゆる「フードロス」、食品の残さで昆虫を育てる研究や細菌からたんぱく質を含む餌を作る技術の開発なども進められています。

さらに水産庁の担当者に聞くと「餌だけでなく、成長がいい魚の開発も進めている。さまざまな方法を組み合わせて養殖業の成長を目指したい」と話していました。

不漁の問題だけでなく、ロシアのウクライナへの軍事侵攻をきっかけとして、自分の国で食料を確保することの重要性も高まっているだけに、今後の展開が注目されます。