加速する円安 そして誰も想定できなかった【経済コラム】

今月20日、円相場は1ドル=150円台まで値下がりし、32年ぶりの円安水準を更新しました。去年の年末にエコノミストなどが予想したことしの円相場は、1ドル=118円から122円程度。専門家の間でもここまで急速に円安が進むと想定していた人はほとんどいませんでした。今回のコラムでは、想定外の円安がなぜ起きたのか、円安の原因を改めて振り返ります。市場関係者15人に取材してみるとさまざまな想定外が見えてきました。(経済部記者 仲沢啓)

想定外1:アメリカのインフレ=15人

ロシアによるウクライナへの侵攻を除くと1番の想定外は、アメリカの記録的なインフレだった。

市場関係者は口をそろえてこう語ります。

FRB=連邦準備制度理事会のパウエル議長本人も例外ではありません。

去年8月に開催されたジャクソンホール会議で「インフレは一時的だ」と説明していましたが、これが誤りだったのは皆さんご承知のとおりです。
みずほリサーチ&テクノロジーズの宮嵜浩主席エコノミストは、「市場の見通しを立てる上でFRBの影響力はとても大きく、議長がインフレは一時的だと言えばみんなそうだと信じてしまう。予測を間違えることは誰にでもあるという大前提を見落としていた」と振り返ります。

それでは想定外はどこにあったのか。

ウクライナ情勢を受けて食料やエネルギーの価格が急上昇しましたが、市場関係者が予想できなかったのはアメリカのインフレの要因となっている深刻な人手不足でした。

アメリカでは、コロナ禍が収束過程にある中でも依然として労働市場に人が戻っていません。

このグラフは、アメリカの「労働参加率」の推移です。
労働参加率とは、生産年齢人口(16歳から64歳の人口)に占める労働力人口(働きたいと考えている人)の割合をあらわしたものです。

コロナ後の景気回復に伴い、労働参加率は改善傾向が続いています。

ただ、55歳以上の労働者が戻っていないことがわかります。

賃金を上げれば人が集まるというのが経験則ですが、アメリカでは依然、人手不足が解消していません。

これがさらなる賃金上昇につながり、物価の上昇をもたらしています。

ニューヨークに駐在している岡三証券の吉田拡司さんは、みずからの想定外について次のように語ります。
「町中で『NOW HIRING=求人募集中』と書かれた車が走り、ポスターが貼られている。ファストフードから運送会社、公共交通機関など、あらゆる業種で求人の募集があるが、それでも人手不足は解消しない。コロナ禍で落ち込んだ経済を下支えするための財政・金融政策が株価や住宅価格の高騰を招き、個人の資産価値が上昇している。この影響で早期退職する人が増えたのではないか。アメリカの労働参加率の回復の鈍さはまったくの想定外だった」

想定外2:FRBパウエル議長の変貌と日銀黒田総裁の頑なさ=7人

日米の中央銀行トップがそれぞれの政策に臨む姿勢が想定外だったという声もあります。

FRBのパウエル議長は、もともと市場との対話を重視し、急激な利上げには慎重だとされていました。

ところがことし1月に開かれた金融政策を決める会合では、想定より早いペースでの利上げを示唆。

そして8月下旬のジャクソンホール会議では、家計や企業に「痛み」があったとしても、インフレの抑え込みを優先する姿勢を鮮明にしました。

市場関係者からは、インフレファイターへの変貌ぶりに驚いたという声が多く聞かれました。

一方、日銀の黒田総裁。
円相場が1ドル=150円台まで値下がりする中、一方的な円安は「日本経済にとってマイナスだ」という見解を示していますが、それでもいまの大規模な金融緩和を続ける姿勢を示しています。

長期金利が日銀が上限としている0.25%を超えても、消費者物価指数の上昇率が3%を超えて31年ぶりの水準となってもこの姿勢は変わりません。

日銀が金融緩和のスタンスを変えない以上、利上げを急ぐ欧米との金利差が拡大し、これが円安を招くこととなります。

三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野大作チーフ為替ストラテジストは、「1ドル=150円台まで円安が進み、消費者物価指数の上昇率も3%に達した。ここまでの水準に行けば多少は金融政策の修正に動くだろうと心のどこかで思っていた。それでも動かない日銀の黒田総裁ら執行部の姿勢には驚いた」と話しています。

想定外3:ミセスワタナベの動き=3人

市場関係者の中には個人投資家の動きが想定外だったという人も。

FX=外国為替証拠金取引を手がける日本の個人投資家(通称ミセスワタナベ)は、相場の流れに逆らういわゆる『逆張り』の姿勢で売り買いする傾向にあるとされてきました。

ところがアメリカが利上げに転じたことし3月以降、円安の流れにあわせるように個人の円売りドル買いが加速します。

金融先物取引業協会によりますと、9月には、FXの店頭の取引額のうち、円とドルの売買高が、2008年の統計開始以降、初めて1000兆円を突破。
コロナ前の2019年の平均と比較すると、実に6.6倍です。

これらの投資家が「逆張り」でなく、一方方向を向いていたのが想定外だという指摘もありました。

外為どっとコム総合研究所の神田卓也調査部長は、次のように述べました。

「日本と欧米で明確に金融政策のスタンスが違うこともあり、個人投資家が、円安が続くことを前提に安心して取り引きに参加している。また、物価の高騰が暮らしを直撃するなかで、生活防衛のために資産を少しでも増やそうと個人が外貨を持とうという意識に変わっている。35年間金融市場を見てきたが、このような劇的な変化は見たことがない」

想定外を想定できるか

円安が加速した背景には、このように市場のプロの間でも予想外だったという動きが重なったこともありました。

記録的な水準、歴史的な出来事といったニュースが相次ぐ中、長期的な流れのなかでみた場合に「想定外」の事象はどのような意味をもつのか。

そしてそれは本当に想定できなかったのか。

検証を続けながら時代の先を読むヒントをつかみたいと思います。
来週の最大の注目は3日です。

日本時間のこの日の未明にはアメリカの中央銀行にあたるFRB=連邦準備制度理事会の金融政策を決める会合の結果が発表されます。

市場は、FRB史上、前例のない4回連続となる0.75%の大幅な利上げを決定するとみています。

そして次回12月の会合で、利上げの幅を0.5%に縮小するのかどうか、パウエル議長の発言にも注目が集まります。

日本では、トヨタ自動車やソニーグループなど主要企業の決算が相次ぎます。