WEB特集

羽生結弦×シェイ=リーン・ボーン~響き合う銀盤の表現者~

ことし7月にプロスケーターへの転向を表明した羽生結弦さん。その演技を振り返るとき、多くの人の心にはそれぞれのプログラムの印象的な所作とともに、羽生さんのまとう空気感までもが思い浮かびます。

そうした表現の幅をプロに転向してさらに広げようとする羽生さんと、カナダ出身の世界的な振り付け師シェイ=リーン・ボーンさん(46)の対談がこの秋、行われました。アイスダンスの元世界チャンピオンでもあるシェイ=リーンさんは『SEIMEI』や『天と地と』などのプログラムをともに作り上げてきた、フィギュアスケーター“羽生結弦”の理解者の1人です。

今回、シェイ=リーンさんの呼びかけで実現した2人の対談では、その出会いから制作過程の裏側。そして、羽生さんが追い求めるものが見えてきました。
(スポーツニュース部記者 今野朋寿)

“パッション”を出せるプログラムを求めて

ことし9月、羽生さんは仙台市内のスタジオにスーツ姿で現れました。

シェイ=リーンさんとは2014年に出会い、その年に行われたソチオリンピック後、初めて振り付けを依頼しました。以来、2月の北京大会のフリー『天と地と』まで、ともにプログラムを作り上げてきました。

新型コロナの影響もあり、2人が対面で会うのはおよそ3年ぶりでした。
笑顔でハグを交わしたあと、シェイ=リーンさんから羽生さんにあるプレゼントが贈られました。

それは2人が出会った2014年製のシャンパン。プロとしての一歩を踏み出した羽生さんの新たな門出をお祝いする和やかな雰囲気の中、対談は始まりました。
シェイ=リーンさん
「私と話をするために来ていただき、非常に感謝しています。何から話していいか分からないのですが、手短にお話しします。2014年に初めて電話がかかってきたとき、ブライアン(オーサーコーチ)だったと思うんですが、オリンピックの直後に『ゆづが、君とロングプログラムをやりたい』と言ってきたんです。私は、あなたがまだ競技を続けることに1つの衝撃を受けたんです。というのも、あなたはもう究極の演技を終えているのに、私と一緒に仕事をしたいと言っているんだと思ったからです。私は興奮と恐怖、そして圧倒されて、なぜ私なんだろうと思いました。もちろんイエスと答えましたよ。だって怖かったんです。あなたを失望させたくないとか、そういう気持ちのほうが強かったんです。でもいつも“なぜ?”という疑問があったんです」
羽生さん
「僕がクリケット(当時、カナダの練習拠点)に移って、初めて試合のプログラムの振り付けをしてもらったのが、デヴィッド(ウィルソンさん)だったんですけど、正直、クリケットにいるときは、たぶんブライアンとしてはデヴィッドとジェフ(ジェフリー・バトルさん)に振り付けをしてもらいたかったんだと思います。そのときにシェイっていう選択肢は正直、僕らの中というか、ブライアンの中になかったと思うんですけど、僕がすごくパワフルな、もっとパッションを出せるプログラムを作ってもらいたいって、すごく思ってて、初めてシェイと会ったときにシェイのパッションをすごく感じて『あ、自分はこの人に作ってもらいたい』って、そのときに思いました。だからソチオリンピックの前にはもう、シェイに作ってもらいたいなって思ってて。僕もまだ10代だったから若かったんで、力強さみたいなものを出したかったんです」
2014年 カナダで2人が出会った頃の写真
シェイ=リーンさんはうなずきながら羽生さんの話に耳を傾け、2人が初めて振り付けに取り組んだ当時のことを語り始めました。
シェイ=リーンさん
「私たちが働いていた頃を思い出します。私はあなたが初めから自分の滑りたい音楽が分かっていたということに感銘を受けました。というのも、すべてのスケーターが方向性は分かっても、正確な音楽までは分からないからです。そして、まだ競技を続けていることもそうです。もっと上達したい、もっと自分を見せたいという気持ちがある。つまり、より自分を高めて見せたいという気持ちがあった。これこそが情熱だと思ったんです。このスポーツを本当に愛している人なんだと。私はあなたから深みを感じたので、それを示したいと思ったのを覚えています。当時、あなたは軽やかだった。でもスケーティングの重さも人々に見てほしかった。そうすれば、あなたのさまざまなレベルやあなたが言うように別の感情、つまり、あなたの別の面を見てもらえると思いました」
羽生さん
「シェイに作ってもらったプログラムの中で、いちばん対比があるのが『Hope&Legacy』とオペラ座、ファントム。すごく対比があると思うんですけど、確かにシェイが言うように、僕はすごく強いスケートと、すごくライトなスケートがあって。でもそれって、前にシェイと話したときに、僕らは月でいたいよねって話をしたんですね。太陽が観客の方々だとしたら、観客の方々の気持ちが移って、僕らが光ってるようにしたいなっていうのを思っていました。観客の方がこのプログラムに対して、どう思ってくれているのかに対しての自分のスケートをしたいなって、いつも思ってました。もちろん僕たちの中ですごくいろんな物語があるとは思うんですけれど、見てる方が、どういうふうにこのプログラムを感じて下さるかっていうものが、自分のスケートに反映されたらいいなっていうのはいつも思ってます」

『SEIMEI』で紡いだ2人の絆

出会ったころからの互いの思いを伝えることで熱を帯びてきた2人の対談は、次第に羽生さんがオリンピック連覇を果たした2018年のピョンチャン大会のフリー『SEIMEI』を作り上げる過程と、その創作の舞台裏へと移っていきました。
シェイ=リーンさん
「『SEIMEI』について、あなたが音楽のプレイリスト全部を持っていたのを覚えています。そして、あなたは私にメールを送り、これに関するすべての情報を送ってくれました。その音楽はとても美しくて、私はとても驚きました。そして私は目を閉じて、作業前に、何度も何度もそれを聴きました。早く振り付けを始めたくてしかたがなかった。あの音楽にはとても深みがあり物語の歴史もありました。この物語の中で、それはもちろん、あなたがその中にいるキャラクターであり、あなた自身の人生でした。そして、あなたのことばを読んだとき、私はあなたをより理解することができました。私にとってそれは究極のものです。なぜなら、私のゴールはスケーターが誰であるか、その本当の真実、精神、魂を解き明かすことだと感じているからです。最初の日に、これはとてもよいプログラムになるだろうと思いました。まだ完成していないのにもう分かってしまったんです。だからその瞬間はとても大切で、思い出すだけでも胸がいっぱいになる。涙が出そうになるのは、あなたが魂を見せ始めたように感じたからです」
羽生さん
「さっきの話の中で、羽生結弦っていう人間がそのプログラムの中に出てるっていう話があって、それを聞いてるときにすごく思ったのが、シェイが『SEIMEI』を作ってくれるときに、いろんなことを確かに説明したし、たぶん日本人にしか分からない感覚的なものもいろいろ説明したと思います」
ピョンチャン五輪「SEIMEI」(2018年)
羽生さん
「僕が伝えたこと以上に、シェイが『SEIMEI』ということに対して、すごく勉強して下さっているのが分かってて、それプラス、僕は日本ではない国から日本を見たことがないので、どういうふうに日本というものをアピールしたらいいのかが分からなかったんですけど、それをすごく的確に振り付けにしていただけたなって思ってます。そこから僕はシェイに対して自分のことをすごく出せるようになった。日本というものであったり『SEIMEI』というものだったり、そういうことにすごく理解を深めてくれたからこそ、羽生結弦っていうものを理解してもらえるんだなってすごく安心して、素の自分を出していけるようになったのかなって思います」
2017年 シェイ=リーンさんは京都・晴明神社を訪問
伝説のプログラムの誕生とともに深まった2人の絆。

『SEIMEI』が作り上げられたのは2015年ですが、羽生さんには当初からある確信があったといいます。
ピョンチャン五輪「SEIMEI」(2018年)
羽生さん
「『SEIMEI』ができたときは、もうこれはオリンピックのプログラムだって、正直思ってました。とても自分を表現できるし、日本も表現できるし、自分が大切にしている日本という文化、カルチャーを出せるプログラムって、ここまで自分の表現したいことを表現できるプログラムってないなって思っていました」

『天と地と』の先に続く挑戦の道

対談の終盤、シェイ=リーンさんは思い入れの深い2つのプログラムを挙げました。それは2016年の『Hope&Legacy』と北京大会で演じた『天と地と』です。

4回転アクセルにも挑戦した『天と地と』は、新型コロナの影響で、直接顔を合わせることはなく、振り付けはリモートで行われたといいます。
シェイ=リーンさん
「2つのプログラムは、本当にあなたを理解したと思わせるプログラムでした。なぜならあなたはすべてを想像し、ビジョンの中にすべてがあった。そして最後のプログラムはただただ、すごいと思いました。たとえ困難なときでも、苦しいときでも、なぜなのか、何をするのか、動機が分からないときでも、そこから逃げないでいてくれたことに感謝します。最後のプログラムは、私たちが離れていても、あなたのことばが私の中に入ってきて、あなたが日本に、私がアメリカにいるようには感じられませんでした。私が氷の上にいるとき、あなたが一緒にいるような気がしたのです。あなたのオープンな姿勢のおかげで、私はあなたの存在を感じました。それは究極のものです。なぜなら、美と真実、これこそが人々の心に届くものだからです。そして、それが私の心を動かし、聴衆の心を動かすのです。だから、これらのプログラムに取り組むのは本当に楽しいことでした」
羽生さん
「僕にとって『Hope&Legacy』というプログラムに出会えたことは、本当に僕の人生の中にとって、すごく大切なことだったなって思っています」
2016年 GPファイナル「Hope&Legacy」
羽生さん
「あのプログラムは作る時に、あまりストーリーを作らないで、作ってもらったんですけど、そのときに自然の豊かさとか、人間は自然の中の一部でしかないんだなみたいなことを感じたりとか、その中で、羽生結弦っていうものが、どういうものなのかなっていうのを、すごく考えるようになったプログラムでもあります。それで、その延長ではないですけど、そうやって自分を表現できるようになったからこそ『天と地と』っていうプログラムができて、そのプログラムは、本当に羽生結弦っていう人生そのものを描いたものになったかなって思っています」
北京五輪「天と地と」(2022年)
およそ30分の対談を終えた2人は、座っていた席から立ち上がっても、羽生さんが新たに歩みを進める、これから先のことについて、ことばを交わしていました。

そして最後にシェイ=リーンさんが羽生さんにこう声をかけました。
シェイ=リーンさん
「あなたには挑戦が必要です。満足するということはないでしょう?」
この問いかけに羽生さんがすぐに答えました。
羽生さん
「挑戦していると、自分の魂を感じることができます。そして、生きていると感じることができます」

番組紹介

今回の対談をはじめ、シェイ=リーン・ボーンさんの振り付けの創作活動に迫ったドキュメンタリー番組が、11月11日、金曜日の午後10時50分からBS1で放送予定です。ぜひ、ご覧ください。
スポーツニュース部記者
今野朋寿
平成23年入局
札幌市出身
岡山局~大阪局~スポーツニュース部
2020年からフィギュアスケート取材を担当
好きなプログラムは浅田真央さんの「仮面舞踏会」

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