イギリス 経済政策を巡る混乱 日本への教訓は

イギリス 経済政策を巡る混乱 日本への教訓は
今月20日、イギリスのトラス首相が在任1か月半という異例のスピードで辞任に追い込まれた。

看板政策として掲げた大型減税が金融市場の混乱を引き起こし、市場からもそして国民からも「ノー」を突きつけられた形だ。

専門家は「日本も決して対岸の火事ではない」と指摘し、日本の今後の財政・金融政策の在り方について警鐘を鳴らす。

イギリスの混乱から日本が学ぶことは何か、その教訓を探る。
(経済部記者 白石明大)

日本でも大きな関心 財政審で急きょテーマに

10月13日に開かれた財務大臣の諮問機関、財政審=財政制度等審議会の財政制度分科会。
この日のメインテーマは、エネルギーや環境、地方財政だったが、前回・9月の会議で議論した「財政総論」に追加する形で急きょ、イギリスの経済政策をテーマに議論することになった。

財務省の事務局が配布した「財政総論(補足)」と題した資料には、「イギリス『成長戦略』の公表後の動き」などという項目ごとに各種データや政策の骨子、関係者の発言などがまとめられていた。

来年度の予算案に関わる財政審が、他国の経済政策をテーマとして取り上げるのは異例のことだ。

なぜイギリスの事例が急きょ取り上げられることになったのか。

関係者によると、委員からイギリスの政策をめぐる混乱を取り上げるべきだという声があがったからだという。

もちろん事務局を務める財務省としても、財源の裏付けがない財政拡張的な経済政策に警鐘を鳴らしたいという思惑があったのだろう。

財政審では、冒頭、財務省の担当者が資料をもとに説明。

委員からは、「日本も今後財政運営について脇を締めていかなければならない」「イギリスは日本と同様に自国通貨建てで国債を発行している国であり、今回のケースは日本が学ぶべき教訓だ」などという意見が出たという。

イギリスで何が起きたのか

私たちが学ぶべき教訓とは何だろうか。

それを考えるためにも改めてイギリスで起きたことを振り返ってみたい。
混乱の発端は先月23日、トラス政権が打ち出した経済政策「Growth plan2022」だった。

その中身を見てみよう。

政策の柱は5年間で450億ポンド(日本円で約7兆6000億円)にのぼる大型減税策だ。

所得税の基本税率を1%引き下げるとともに、最高税率も45%から40%に引き下げる。さらに法人税率の引き上げ(19%から25%)を撤回するなど富裕層や企業を優遇する政策だ。

このほかエネルギー価格高騰の対策として10月からの半年間で約600億ポンド(日本円で約10兆2000億円)という巨額の国費を投じることも併せて発表された。
トラス首相は、国債の追加発行によって財源不足を賄う方針を示したが、市場は財源なき財政拡張策を疑問視し、イギリスの国債の利回りが急騰(国債価格は下落)。

わずか4日で1%も上昇した。

通貨ポンドも急落し、1972年に変動相場制に移行した後の最安値を更新した。

市場が「NO」を突きつけた背景には、中央銀行のイングランド銀行がインフレ抑制のために金融を引き締めるさなかに、政府が財政拡張的な政策を打ち出すという、政策運営上の矛盾がある。
イングランド銀行は、9月22日に開いた金融政策を決める会合で7回連続の利上げを決め、「より持続的なインフレ圧力を見通した場合、必要に応じて強力に対応する」とさらなる金融引き締めもありえるというメッセージを発していた。

トラス政権が大型減税策などを発表したのがこの翌日の23日だったことも市場の不信感を増幅する結果となった。

市場の混乱を受けてイングランド銀行は、緊急対応として国債の買い入れを実施。

年金基金が担保として金融機関に提供していた国債の価値が目減りすれば、追加担保を差し入れるために資産売却を迫られ、市場が大混乱に陥るおそれがあったからだ。
IMF=国際通貨基金は9月27日、「イギリスを含む多くの国でインフレ圧力が高まっていることを踏まえると財政政策が金融政策と相反しないことが重要であり、現時点では大規模で的を絞らない財政措置は推奨しない。より的を絞った支援を提供するとともに、高所得に有利な税制措置を再考するよう求める」とイギリスに対して異例の警告を発した。

今回のトラス政権の迷走劇について、大和総研のエコノミスト、鈴木準 執行役員は次のように分析する。
大和総研 鈴木準 執行役員
「トラス政権は、大規模な減税を伴う経済政策を打ち出したにもかかわらず、財源を明示しなかったことで市場の信頼を損なった形だ。また、エネルギー価格高騰の対策についても、歳入と歳出の両面を合わせてパッケージとしなかったことで、市場はイギリスの財政の持続性に疑念を呈し、マイナスの評価を下した。トラス政権の経済政策が中央銀行や財政当局と全く連携が取れてない中で打ち出した政策だったことがはっきりしたことで市場が全く評価しなかった」

イギリスから何を学ぶべきか

それでは日本が教訓とすべき点はどこにあるのか。

まず、政府と日銀のポリシーミックス(政策手段の組み合わせ)の整合性をしっかりとっておくという点がある。
最近の政府・日銀の政策対応について、日銀が続ける大規模な金融緩和が一因となって円安が進み、それを政府が外国為替市場への介入で抑え込むという対応は矛盾しているのではないかという指摘も出ている。

これについて鈴木財務大臣は、「金融緩和は物価の安定的な上昇を目指している一方で市場介入は、過度な為替の変動に対応するために行っている。政策目的が異なるので矛盾しない」と反論する。

政府・日銀は、市場に疑念をもたれないよう、それぞれの役目やポリシーミックスの整合性についてしっかりと説明することが重要だ。

そして財源の裏付けがないバラマキ政策は、市場に見放されるということだ。

市場の信頼を失えば、あっという間に危機に陥り、国民の生活や財産をリスクにさらすこととなる。

大和総研・鈴木準 執行役員は、財政運営の課題を先送りにすれば不確実性が高まり、市場の信認を失うことにもなりかねないと警鐘を鳴らす。
大和総研 鈴木執行役員
「日本は財政改革の先送りを繰り返しており、投資家などから日本の先行きの不確実性が高いとみられるおそれがある。財政問題・社会保障問題の先行きを見通せる状況にしておかないと政府の成長戦略が信頼されなくなってしまう」

「また、日銀の異次元緩和が長期化し、金融機能も低下していることで、日本経済の構造改革が遅れ、財政規律が緩むことにもつながるという構造的な課題を抱えている。マーケットの混乱は何がきっかけで起こるかわからない。イギリスで起きたことは、対岸から眺めて自分たちには関係ないと思っていてよい事例では決してない」
イギリスのケースをテーマに議論した10月13日の財政制度等審議会財政制度分科会。

増田寛也会長代理は、この会議のあと、次のように話した。
増田会長代理
「日本とイギリスとでは背景事情が違う。イギリスで起きたから日本でも、と短絡に考えてはだめだし、債務残高、税の仕組みも違う。ただ、トータルでみればイギリスの財政運営に対する信認が下がり、マーケットが変動したということがあり、財政運営に対する信認が低下しないよう日本としてもしっかりと対応していく必要がある」
また、鈴木財務大臣は日本がイギリスから学ぶべき教訓についてこう語った。
鈴木財務大臣
「やはり財政の信認が極めて重要だ。その国の信用、信頼に直結するものだと思っている。さまざまな日本の財政事情があるにせよ、財政規律はしっかり守っていく。来年度予算に向けても、これから財政需要の大きな防衛力の整備や子ども政策、GX(グリーントランスフォーメーション)などの予算を作っていかなければならない。歳出・歳入の両面からの見直しをしっかりやり、メリハリをつけた予算を編成する。日本の財政が市場において信認を失うことがないよう財政規律もしっかりと念頭に入れて取り組みをしなければならない。トラス首相の退陣からそういうことを思う」

他山の石として

イギリスの経済的な混乱を取材する中で、イギリスでは市場機能が正常に働いた結果、財政・金融政策が迅速に修正されたという声を聞いた。市場の警告を受けて迅速に軌道修正したことは評価すべきだというのだ。
一方、日本では、日銀が異次元の金融緩和を続けた結果、金利が市場のシグナルとしての役割を果たさなくなっているという指摘がある。

また株式市場でも日銀がETFを大量に買い支えていることで、企業の本当の実力を株価から読み取ることは難しいとも言われている。

政府は物価高や円安への対応、構造的な賃上げなどを重点分野に10月末に大規模な総合経済対策を取りまとめる。

また、年末の当初予算では、防衛費などで大幅な増額が見込まれている。

そこに財源のあてはあるのか。
政策の持続性は確保されているのか。

日本経済の未来を考える上でイギリスの失敗を他山の石とし、市場のシグナルも見逃さないようにしていきたい。
経済部記者
白石 明大
2015年入局
松江局を経て現所属
金融庁や日銀担当を経て財務省を担当