富士山に登山鉄道の構想 ユネスコ諮問機関が評価する内部文書

富士山の環境対策として、山梨県が打ちだしている登山鉄道の整備構想について、世界遺産の登録審査を行うユネスコの諮問機関が、「多くの課題に対応できる」と評価する文書をまとめていたことがわかりました。山梨県の長崎知事は会見で「心強い」としたうえで、構想の実現に向けて、反対意見も多い地元と意見交換を丁寧に進める意向を示しました。

2013年に世界遺産に登録された富士山は、観光客による混雑や渋滞が深刻になっていて、山梨県などは去年2月、ふもとから5合目までの県道上に登山鉄道を整備する構想をまとめました。

この構想について、世界遺産の登録審査を行うユネスコの諮問機関「イコモス」が、「環境悪化などの富士山が抱える多くの課題に対応でき、歓迎できる」と、評価する内部文書をまとめていたことが、NHKの取材でわかりました。

一方、地元には、「鉄道整備で自然を損なうおそれがある」といった反対意見もあることから、イコモスは「支持を得るには、さらに多くの作業が必要だ」と合意の必要性にも言及し、情報の共有を求めています。

山梨県の長崎知事は25日の記者会見で、「積極的かつ高い評価をいただき心強い」と述べたうえで、「インバウンドが本格的に再開していくうえで、ポストコロナの観光の在り方を地元としっかり意見交換し、認識を共有しながら鉄道構想も議論していきたい。丁寧に対話し、なるべく早く実現に移せる環境をつくっていきたい」と述べました。

富士吉田市長「自然環境破壊につながりかねず必要ない」

富士山の山梨県側の玄関口の1つ、富士吉田市の堀内茂市長は「県の鉄道構想は、地元とのコンセンサスが全く得られていない。イコモスの文書は見ていないが、この段階で構想を評価する文書が出されたことに驚いている」と不快感を示しました。

そのうえで、「大きな投資をして大きな工事をすれば、それ自体が自然環境の破壊につながりかねず、鉄道を敷く必要性があるとは思えない。こうした地元の意見を県に投げかけていきたい」と構想に反対する姿勢を強調しました。

富士吉田市の人たちや観光客などは

富士山登山鉄道の構想をイコモスが評価したことについて、山梨県側のふもとの富士吉田市では、さまざまな意見が聞かれました。

このうち70代の男性は「開通すれば冬も富士山観光が楽しめるということなので、富士五湖地域にとってはよくなるのではないか」と話していました。

一方、70代の女性は「これ以上自然を破壊したくはないので、今のかたちのままで工夫をするほうがいいと思います」と話していました。

また、80代の男性は「環境的にいいと思いますが、雪崩などから路線を守っていくことも大変だと思う」と話していました。

静岡県から観光で訪れた40代の男性は「鉄道があれば便利だと思うが、バスで十分だと思う。料金が高く設定されれば、静岡県側から富士山に行こうと考える人もいると思います」と話していました。

このほか、山梨県側の山小屋を管理する富士山吉田口旅館組合の中村修組合長は「富士山では災害が起こりうるし、現在のマイカー規制で観光客数を規制できるので、あえて鉄道を敷く必要ない」と組合として反対する意向を示していました。

山梨県の富士山登山鉄道の構想とは

山梨県がまとめた富士山登山鉄道の構想によりますと、鉄道は、山梨県側のふもとにある富士吉田インターチェンジの近くから、標高およそ2300メートルの5合目までをつなぐ、およそ30キロの県の有料道路「富士スバルライン」の道路上に整備するとしています。

車両は、富山市などで導入されている振動や騒音が少ない路面電車=LRTの導入を想定していて、既存の道路を活用でき大規模な開発が必要ないとしています。

「富士スバルライン」は、車は通れなくなりますが、緊急時には救急車など緊急車両が通行できるということです。

所要時間は、ふもとから5合目までの、
▽上りがおよそ52分
▽下りはおよそ74分
と、見込んでいて、
▽途中には景観を楽しんだり登山道などにアクセスしたりするために、中間駅を設けるとしています。

▽整備費は「精査が必要」としたうえで、およそ1400億円を見込み、
年間の利用者数は、
▽往復運賃を1万円とした場合は、およそ300万人
▽2万円とした場合は、およそ100万人と試算しています。

一方で、
▽事業を進めるうえで、官民の役割や経費の分担をどうするか、
▽雪崩や落石などの際に、安全運行に支障はないのか、
▽噴火の際の避難計画をどうするかなど、
多くの課題も指摘されていて、県などが引き続き検討を進めています。

富士山 観光客とCO2排出量の推移

山梨県の統計によりますと、山梨県側から富士山の標高2300メートル付近の5合目を訪れる観光客の数は、2012年は231万人でしたが、2013年の世界遺産登録以降、増加傾向となり、2019年には506万人に増えました。

5合目までを通行する自動車に由来する二酸化炭素の排出量を試算したところ、2012年はおよそ6000トンでしたが、2018年はおよそ9500トンとなり、1.6倍ほどに増えたということです。

世界遺産登録後のマイカー規制で、普通車からの排出量は減ったものの、バスなど大型車からの排出量が大幅に増えたことが要因だとしています。

スイス マッターホルンとユングフラウの登山鉄道

世界各地にある登山鉄道のうち、アルプス山脈のスイスのマッターホルンには、全長9.3キロの「ゴルナーグラート鉄道」という登山鉄道が走っています。

世界中から多くの観光客が訪れるふもとのツェルマット市では、環境保護のため、ガソリン車の乗り入れを禁止し、巡回バスやタクシーに電気自動車を採用しています。

また、同じくスイスにあるアルプス山脈のユングフラウでは、「ユングフラウ鉄道」という全長9.3キロの登山鉄道が走っていて、環境に配慮するため、鉄道や駅の電力を建設当初から水力発電でまかなっています。

富士山登山鉄道構想 専門家の意見は

富士山登山鉄道の構想について専門家からはさまざまな意見が出ています。

環境と経済の関係に詳しい京都大学の栗山浩一教授は「登山鉄道は環境への影響を緩和できると期待できるが、バスに比べると料金が非常に上がると見込まれる。比較的所得が高い人だけが登山を楽しめる状態になり、公平性の問題も考えなければいけない」と話しています。

山梨県富士山科学研究所の所長で火山防災に詳しい、東京大学の藤井敏嗣名誉教授は「富士山が噴火したとき、噴火口が鉄道沿線でなければ、5合目にいる観光客を避難させる有効な手段になる。輸送能力を考えると、バスでピストンするより、はるかに避難させやすいと思う」と話しています。

イコモスの審査に詳しい日本イコモス国内委員会の委員長を務める、国士舘大学の岡田保良名誉教授は「『LRTを敷設するとすれば、どうすればいいか』という議論が先行していて、そもそも鉄道がいいのかという議論が尽くされない気がしている。すべての情報をもとに多くの関係者が議論を尽くすしかない」と述べ、さらなる議論が重要だと指摘しています。