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立っていることが困難に 私が経験した“コロナ後遺症”

新型コロナウイルスに感染した後「後遺症」や「罹患後症状」と呼ばれる、長引く症状に悩まされる人がいる。記者である私もそうした人たちの存在は知っていた。それでも「自分は大丈夫だろう」とどこかで思っていた。自分が「後遺症」になったときどうすればいいのかなど、これまで考えたこともなかった。

これは、そんな記者がつづった新型コロナ後遺症体験記。
(沖縄放送局記者 小手森千紗)

同僚はすぐに回復した きっと私も

私が新型コロナ陽性となったのは2022年8月8日。出張先の沖縄県与那国島から自宅のある那覇に戻った数日後のことだった。

37度台の熱と、のどに違和感があった。
医療用抗原検査キット
買っておいた医療用抗原検査キットを試すと、陽性だった。

当時、沖縄では連日、5000人台の新規感染者が確認されていた。医療体制はひっ迫し、若い人などは医療機関にかからずに自宅療養するよう呼びかけられていたので、ウェブシステムを使って陽性者として登録。家にあった解熱鎮痛剤を飲んで療養した。

感染したこと自体にあまり驚きはなかった。ワクチンは3回接種していたし、感染した同年代の同僚たちも問題なく回復し仕事に復帰していたので、私も数日で回復するだろうと思っていた。
体温は39度台に
実際、熱は39度台まで上がったものの、5日ほどで平熱に戻った。しかしこの頃、新たな体調の異変に気づいた。

検査を受けて「異常なし」の繰り返し

熱や風邪症状はほとんど治り、料理をする気力も戻った。

それなのに、キッチンに立つだけで全速力で走ったあとのように心臓が鼓動し、体の震えを感じるのだ。

コロナの回復が遅いのだろうか。
パルスオキシメーターで計測
県から届いたパルスオキシメーターで測ってみた。酸素飽和度は問題ない。でも心拍数が130もあった。

何度か測っていると、立っているときは、それだけで運動したときのような心拍数の上昇がみられることがわかった。横になると心拍数は80に戻る。

療養期間が終わり病院を回る日々

まず疑ったのは、持病の再発だった。

3年前にバセドウ病と診断され、2年前まで服薬治療を行っていた。バセドウ病でも頻脈の症状が出ることはある。10日間のコロナの療養期間が終わると、すぐにバセドウ病に詳しいかかりつけの内科を受診し、検査を受けた。

結果は再発なし。
念のため行った心電図検査でも不整脈などは見当たらない。

検査は寝た状態で行うので、心拍数は80台。

異常なし。
心拍数を下げる「β遮断薬」
心拍数を下げる「β遮断薬」をもらい1日に2回服用した。

しかし薬を飲んでも、立ってじっとしているだけで心拍数は115以上になる。

料理を作ったりシャワーを浴びたりするだけでも負担になった。何か別の病気が隠れているのではないかと不安になり、セカンドオピニオンとして循環器専門のクリニックも受診した。
血液検査の結果
もう1度心電図と、血液検査で心不全診療に使われる「NT-proBNP」や貧血の有無を調べてもらったが、いずれも正常値だった。

コロナの後遺症なのでは

自分の症状についてインターネットで調べてみると、立っている時だけ頻脈になる症状は「POTS(体位性頻脈)」と呼ばれることが分かった。

日本語で得られる情報は少なかったものの、英語で“POTS”、“Long Covid(コロナ後遺症)”と調べてみると、様々なニュース記事や動画が出てきて、コロナ感染後に同じ症状を抱える人が世界中にいることが分かった。
アメリカ 疾病対策センター=CDCの暫定ガイダンス
アメリカの疾病対策センター=CDCの暫定ガイダンスでも、コロナ感染後POTSに類似する症状が出る可能性が指摘されている。
コロナ後遺症といえば、けん怠感や嗅覚・味覚障害などが広く知られているが、頻脈の症状もあるということは、このとき初めて知った。

これまで医師たちには指摘されなかったが、自分はコロナ後遺症なのではないかと考えるようになった。
でも、どうしたらよいのだろうか。どこに行けば適切なアドバイスが受けられるのか。

スマートウォッチで心拍数を眺める生活が、1日、また1日と過ぎていく。

感染から1か月 改善見られず

9月になった。

感染から1か月経っても症状は改善しなかった。
1日2回の服薬では日常生活を送ることが難しかったので、かかりつけ医に相談して3回に増やした。

10月に友人の結婚式が控えていたが、1か月後に改善するなど想像もできず、欠席の連絡を入れた。

座って仕事をする分には問題がないことがわかったので、少しずつ在宅勤務を始めた。

平日は電話やビデオ通話やメールで取材。休日は家にいるか、外に出るとしてもがんばってスーパーの中をうろうろする程度だ。

それも亀のような本当にゆっくりとしたスピードで。
感染前 与那国島に出張
感染前はかなりアクティブに過ごしていた。感染直前まで中国の軍事演習が周辺で行われていた与那国島に出張し、連日早朝からの中継、朝から日没まで外での取材に奔走した。
感染前 週末は登山をしていた私
週末はいつもジムで筋トレをするか登山していた自分にとって、想像もつかないほど世界が変わってしまった。

一時は傷病休暇の制度を調べたりもしたことを思えば、在宅でも仕事ができたのは救いだ。

それでも、この生活がいつまで続くのかという不安は拭えなかった。私のような症状で仕事ができず、収入が断たれてしまった人たちの苦悩は計り知れない。

何を信じればいいのかわからない

この時期、総合病院を紹介してもらい、24時間とりつける「ホルター心電図」の検査や心エコーを受けた。
「ホルター心電図」の検査結果
しかし、やはり循環器系の病気は見つからなかった。医師には「心配することはない」と言われた。体重減少による低血圧が原因だと診断され、β遮断薬は効かないので服薬をやめるよう勧められた。

翌日、医師のアドバイスに従って服薬を中断すると症状はたちまち悪化した。結局、β遮断薬を再開した。
診療費は計3万円以上に
漢方医にもかかって様々な漢方を試したが、私の場合、効果は見られなかった。受診・検査を繰り返し、診療費の合計は保険が適用されても3万円以上にのぼっていた。

複数の医師に薬を勧められたり止められたりする中で、何を信じればいいのか分からず、精神的にも疲弊していった。

情報収集と試行錯誤

インターネットでの情報収集は、体の異変に気づいた頃から、ずっと続けていた。言うまでもなく、ネットには政府機関の情報、医師の発信、体験談とさまざまな情報があふれている。
スマホを触っている時間のほぼすべてを、コロナ後遺症について調べることに費やしていた。夜調べていると、不安と頭がさえるのとで、眠れなくなることもしばしばだった。

ツイッターで情報を集める際は、発信者がどのような人物であるか注意した。できるだけ、複数の信頼できるメディアの取材を受けている医療従事者などの発信を参考にした。
同じ症状を体験した人たちの発信も、あくまで冷静に参考として見るようにした。日本語だけでは情報が限られるため、英語で欧米の文献も調べた。著名なニュースメディアや、アドレスが「.gov」などで終わる公的機関のウェブサイトを中心に見た。

そうした中で、コロナ後遺症の診療を行なっているとしてNHKなどの取材も受けている平畑光一医師が運営するサイト「longcovid.jp」にたどり着いた。平畑医師は自らの診療での経験に基づき、症例や対処法を記していた。

試した対処法

ここまでもそうだが、特にここからは、あくまで私個人の実体験を記しているということを強調したい。こうしたことを試したという体験談に過ぎず、効果があるかどうかはわからないからだ。

私が実践、試したことは次の通り。
▽水を1日2リットル飲む
▽着圧ソックスを履く
▽呼吸リハビリ
▽ヨガなどの軽い運動
▽「Bスポット療法」
▽「鍼治療」
「Bスポット療法(別名EAT・上咽頭擦過療法)」は、耳鼻科で半世紀以上前から慢性上咽頭炎の治療などに用いられてきた治療法で、鼻や口から棒状の器具をさしこみ、鼻とのどの間=上咽頭に塩化亜鉛を塗り込むというもの。20回ほど受けるのが標準的だという。
Bスポット療法(別名 EAT・上咽頭擦過療法)
聞くだけで痛そうだが、治療法としての可能性を指摘した論文(Epipharyngeal Abrasive Therapy (EAT) Has Potential as a Novel Method for Long COVID Treatment)が、ことし出ていることを確認して、試すことにした。

ネットで検索し、県内でこの治療を実施している耳鼻科にかかった。診察ではマイクロスコープで上咽頭が腫れていることを確認してもらった。

上咽頭炎の治療として効果が見込まれると判断され、保険適用で治療が受けられた。治療は週に1回。最初の3回は、治療を受けたことを後悔するレベルの痛さに悶え、1時間ほど血の混じった痰がでた。しかし治療を重ねるにつれて痛みや出血は少なくなり、9回目には出血はなくなった。

感染から70日 回復が進んだ

いずれかの対処法が効いたのか、単に時間の経過によって改善したのかは分からない。飲水管理や軽い運動、Bスポット治療を続ける中で、次第に、頻脈から来る疲れやすさは改善していった。

脈自体も、劇的ではないものの少しずつ下がっていき、心拍数は90台で安定するようになった。1日3回だった服薬は、1回で済むようになった。

積極的な対処法をとり始めてからは、何もできずにモヤモヤしていた時期と比べれば、前向きな気持ちになることができた。療養期間の終了から2か月が経った。

いまも朝に1錠、薬を飲んでいる。まだ完治とまでは言えないが、外での取材もある程度はできるまでに回復している。

気づいた後遺症診療の課題

新型コロナのいわゆる「後遺症」を体験して気づいたのは、症状以上に精神的な負担が大きいということだ。

原因が分からず、対処法がなく、いつ改善するのか先が見えないとなれば、誰しも少なからず絶望感を抱くだろう。しかしこうした絶望感は、「情報」によっていくらか軽減できると思う。
It took 79 days,on average,for their resting heart rates to return to normal,compared with just four days for those in the non-Covid group.
(ニューヨーク・タイムスの記事より)
私の場合は「コロナ感染後心拍数上昇を訴えた人たちは、発症から平均79日で症状が消失した」とする調査結果を紹介したニューヨーク・タイムスの記事(Fitbits Detect Lasting Changes After Covid-19)や、前述の対処法を知ってからは、比較的、心が軽くなった。

ただ、自分は恵まれていたほうだとも思う。

もしリモートワークできない仕事だったら。

収入が断たれてしまっていたら。

1人で子育てしていたら…。

同じような気持ちでは過ごすことができなかったと思う。情報だけでなく、ダイレクトな支援が必要な人も少なくないはずだ。

沖縄での取材を通して

“コロナ後遺症”の当事者となったことで、私は沖縄での現状について取材を始めた。
沖縄県 新型コロナ感染確認(累計)
沖縄では、10月現在、累計で50万人以上が新型コロナに感染している。県の担当者は「1割から2割の人が長期的な症状を抱えるとされている。5万人から10万人がいわゆる『後遺症』になっていてもおかしくない」と話す。

しかし後遺症の専門外来は沖縄にはない。患者がこれほどの数となれば「1か所の後遺症専門外来ですべてを診るのは不可能」と県の担当者は説明する。

県はかかりつけ医など地域のクリニックを中心に、必要に応じて総合病院と連携しながら後遺症患者を診察する体制づくりを進めている。

一方、後遺症患者を診ている耳鼻科医は、後遺症に悩んでいる人が治療法について知る難しさや、それを試すことのできる医療機関が少ないことを指摘する。
糸満市にある耳鼻科クリニックの新垣香太院長に聞いた。
耳鼻科クリニック 新垣香太院長
新垣院長
「まだ治療法は確立されていないし、Bスポット治療なども全員に必ず効くとは言い切れない。ただ少しずつエビデンスが出てきている治療法もある。せめてこうした選択肢へのアクセスが確保されてほしい」

私の反省

本来であれば自分が当事者でなくても、社会課題解決のために問題意識をもって取材するのが記者のあるべき姿だ。
仕事の現場に復帰
そのはずが、後遺症の取材は実際に私が当事者になったことで始めたものだ。今回、当事者の1人として発信することには抵抗もあった。でも、当事者になったからこそ気づくことができた課題を、自分の中だけでとどめておくわけにはいかないと考えた。

これまで「自分は大丈夫だったから」と見過ごしてきた問題もあるのではないか、自戒を込めてこの記事を書いた。

診療体制の課題や最新の治療法など、メディアが伝えるべきことは多い。私がこの2か月余りで気づくことができた反省と学びを、これからの取材に生かしていきたいと思う。
沖縄放送局記者
小手森 千紗
2017年入局
岐阜局を経て2020年から現所属
沖縄のアメリカ軍や観光などの取材を担当

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