讃岐うどんが変わる? 地元の夢はかなうのか

讃岐うどんが変わる? 地元の夢はかなうのか
香川県民のソウルフード「讃岐うどん」にも、物価高騰の波は押し寄せています。原料となる小麦の価格などが上昇し、うどん店の経営に打撃を与えているのです。そんな中、1つの明るいニュースが飛び込んで来ました。
ひょっとしたら、香川のうどんの在り方そのものが変わるかも知れません。(高松放送局記者 富岡美帆 藤松俊太郎 楠谷遼)

うどんが“生活の一部”

この日取材に訪れたのは、高松市内の老舗のうどん店です。
周囲がまだ薄暗い午前6時、店頭にのれんがかけられると、早朝にもかかわらず、続々とお客さんが入っていきました。
常連客
「もう何十年って来ています。起きて風呂に入って、それから身支度して、まずいちばんにここで朝食」

「いつも、かけうどんと天ぷらを。子どもの時から食べている」
常連客たちのことばからは、うどんがまさに“生活の一部”になっていると実感させられます。

しかしここにも、物価高騰の波が押し寄せています。

物価高騰で…

実は、「讃岐うどん」に使われている小麦は、その多くが海外からの輸入品です。小麦をはじめ、あらゆる食材が値上がりし、店の経営に打撃を与えています。
値上がり率(※今年2月時点との比較)

小麦(輸入)15%↑
たまねぎ(天ぷら用)72%↑
にんじん(天ぷら用)53%↑
さつまいも(天ぷら用)45%↑
光熱費20%↑
うどん店では、お客さんが来てすぐに麺をゆでられるよう、営業時間中は釜の火を消すことができないため、光熱費の上昇による影響も大きいといいます。

このお店では、かけうどんの小1杯と天ぷら1つを360円で提供していますが、1か月当たりの支出額は、運営する4店舗の合計で去年より200万円以上増加しました。
店では、輸入小麦の価格上昇を理由に、昨年末にうどんの価格を一律で20円値上げしていて、常連客のことを思うと、これ以上の値上げは考えられないとしています。
坂枝さん
「できるだけ値上げは避けたい。高付加価値の新商品を開発して新たな顧客を開拓することで、少しでもコスト増分のカバーにもつながれば」
多くのうどん店が厳しい状況に直面する中、この秋、明るいニュースが飛び込んで来ました。

香川県産の小麦の品種「さぬきの夢」で、最新の品種が開発されたというのです。

地元の小麦でうどんを

「さぬきの夢」は、2000年に香川県がうどん用に開発したオリジナルの小麦です。讃岐うどんが全国的にブームとなる中、輸入小麦を代替することがねらいでした。
「讃岐うどんはさぬきの小麦で」

関係者の思いに応える形で生まれた「さぬきの夢」は、その後も品種改良が進められ、2代目となる現在の品種が開発されたのは2009年。今回の新品種開発は、実に10年以上ぶりとなります。

関係者を取材すると、「これまでで最もうどん作りに適したものだ」となみなみならぬ期待を寄せている様子。

いったいどんな小麦なのか?

農業試験場に行ってみました。

新品種 決め手は“コシ”

見せてもらったのは「香育33号」という小麦の系統です。

農業試験場は毎年およそ700種類の系統の小麦を試験栽培し、選別を進めてきました。その選別をくぐり抜け、現在の「さぬきの夢」の後継に選ばれたのだといいます。
最大の特徴は、讃岐うどんならではのコシの強さを実現する「粘りけ」と「弾力」のバランスのよさです。

実は、現在流通している「さぬきの夢」は、当初期待されていたほど、うどん店での使用が広がりませんでした。

香川県によると、県内で使用している店舗は、ことし9月時点で49店舗。県内に600店あるとされるうどん店のおよそ1割程度にとどまっています。

その理由は、この品種が抱える、ある弱点でした。

これまで多く使われてきたオーストラリア産の小麦と比べると、うどんとして加工するのに相当な技術が必要で、場合によっては讃岐うどんの最大の売りである「コシ」がやや弱くなってしまうというのです。

うどん店から県には「包丁で切る際にくっついてしまう」とか「うどんに加工しても切れやすい」などといった問題点が指摘されてきたといいます。

県産小麦 高まる期待

新品種は、こうした弱点を克服しました。

まずは、DNAの選抜技術を駆使して、うどんのコシの強さを左右する成分「グルテン」を強める遺伝子を発見。それをもとに、さまざまな種類の小麦を何度も掛け合わせることで、「粘りけ」と「弾力」のバランスが整った、よりコシのあるうどんに仕上がる小麦になったのです。
またこの品種は、現在のものよりひとまわりほど粒が大きいうえ、品質検査でより優れた等級が見込まれるということで、農家にとって収益も期待できるそうです。

新たな小麦は、来年7月をめどに品種登録を出願し、再来年・2024年の秋に種をまく分から、本格的な生産が開始される見通しです。
これまで原料の小麦は多くを輸入に頼ってきましたが、国産の、しかも“県産”の小麦の活用が広がるのではないかと、期待が高まっています。
大山場長
「これまでの課題を改善し、かなり使いやすく、消費者にとってもコシのあるうどんにつながる品種の小麦を開発できたと思う。うどん用として開発した小麦なので、香川県のソウルフードであるうどんで使うということがぜひ定着してほしい」
うどん店の職人も、期待を寄せています。
丸岡さん
「(現在の)『さぬきの夢』も改良が加えられてだんだん品質がよくなっている。さらにいい粉ができたらうどん業者にとって最高だ。新品種の開発をきっかけに、香川県内だけでなく全国でさぬきの小麦粉を使ってもらえるようになったらいいと思う」

自給率向上カギとなるのは?

このところの物価高騰は、私たちがふだん口にする食材の多くを海外からの輸入に頼ってきたことによるリスクを、改めて突きつけました。

農林水産省によりますと令和3年度の食料自給率(カロリー基準)は38%と、30年前より10ポイント近く低下。中でも小麦の自給率は17%にとどまっています。
食料を安定的に供給するため、国は小麦をはじめ農林水産物の国内生産を奨励しています。

ただ、いくら国が呼びかけても、消費者のニーズにあったものでなければ、広がりません。
こうした中で、「讃岐うどんはさぬきの小麦で」という執念で改良を進め、ようやく実用化にめどがたった新たな「さぬきの夢」。

これが、うどん店、そして消費者に広く受け入れられた時、小麦の自給率上昇に向けた大きな一歩になるのではないでしょうか。
高松放送局記者
富岡美帆
2019年入局
警察や司法を取材したのち、香川県政や選挙を担当
うどんのお供は「ちくわ天」
高松放送局記者
藤松俊太郎
2021年入局
警察や司法を担当しながら“うどん記者”として県内のうどん店を取材
すきなうどんは、今回も取材した「かけうどん」
高松放送局記者
楠谷遼
2008年入局
鳥取局、経済部を経て、2021年から故郷香川で勤務
すきなうどんは「釜玉うどん」